モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)
山極 遥香 四年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2015年8月10日~8月22日
担当講師:Prof.Aquiles Delle Vigne
モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミーは、毎年開催されるザルツブルク音楽祭の一環として、国際モーツァルト財団とモーツァルテウム音楽大学が開催する、ヨーロッパ最大規模の音楽講習会である。前期・中期・後期の全三期から成り、私は第三期を受講した。
研修目的
私はこの研修で、自分の音楽性の視野を広げ、自分の演奏の可能性を最大限にのばすことを目指した。現在の大学での学びに加え、実体験として西洋音楽の本場に赴き、その音楽環境にひたり、西洋音楽の根底にある文化や歴史、精神を肌で感じること。また、海外の受講生とコミュニケーションを取ることや、演奏を聴き合うことで、刺激を受け、自分の視野を広げること、そして表現の幅を広げたいと思い、これらを研修目的とした。
研修内容
オーディション
講習初日、アキレス・デル=ヴィーニュ先生のオーディションが行われた。前日に予約した練習室で、短時間の練習を終えると、10分前から続々と受講生が部屋の前に集まりだしていた。半数以上がイタリア人で、日本人3人を含む、20名程が集まった。「オーディションには絶対受からなければ。」と、緊張気味であった。最初に、先生から、次の日に遅れて参加する受講生が何名かいる、との説明を受けた。そして、先生が指名した人から、全員の前で6分ぐらいずつ演奏した。私は緊張が高まる中、最後に呼ばれた。大学、師事している先生を聞かれた後、何を弾きたいか聞かれ、スクリャービンのピアノソナタ第5番を演奏した。終了後、先生からお話があり、全員がレッスンをしていただけることになりほっとした。2時間後にレッスンの予定表が張り出され、2週間で40分のレッスンを5回受講できることになった。
第1回目レッスン:L.V.Beethoven Piano sonataNo.18 Op.31-3
私は、自分のベートーヴェンの演奏に疑問を持っていたため、是非とも今回先生に習いたいと考えていた。
まず1楽章を弾いたところで、先生からこのソナタについてどんな曲であると思うか聞かれた。私は、このソナタはユーモアがあり、チャーミングな曲想であると答えた。すると、「一見あなたが答えたように思われるが、この曲はとても劇的でもっと奥深い。あなたの演奏は、ベートーヴェンにしては、いつも指がおとなしく、感じが良すぎる。ピアノの部分でももっと、輝かしく1音1音明瞭に発音するように。」と仰せられた。また、「このソナタはしきりに表情が変わる。キャラクターを劇的にする必要がある。また展開ももっと劇的に。」とおっしゃられた。これらを中心に、タッチや、アーティキュレーションなど細かな指導をしていただいた。自分が思っている以上に、表現しなければならないと実感した。また、「あなたは細かい固まりで音楽を捉えている。もっと全体の流れを見ること」とも指摘された。2楽章は、テンポが速くならないこと。そしてリズムのキレを鋭くすることの指摘があった。
最後に「ベートーヴェンは日本人でもないし、ちっともかわいくないからね。」と笑いながら念を押された。曲に対するイメージと、音の出し方、表現が変わった。録音を聞き直すと、改めて自分の音と先生の音の違いに驚かされた。
第2回目のレッスン:L.V.Beethoven Piano sonataNo.18 Op.31-3
まず、2,3,4楽章を通して弾いた。2楽章が一番良いとおっしゃられ、3楽章からレッスンが始まった。「3楽章は、もっとカンタービレが好ましい。トリオをイメージして、弦の柔らかさを出すように。」と仰せられた。そして、先生はカンタービレのタッチを指の感覚で教えて下さった。また、音の種類を多様にする必要があることを指摘され、「音は叩いたような音だけではない。機械に、音を作ってと命令しても機械は何も思わないし、考えない。だからあなた自身が、考えて、音をイメージして出さなければならない。心と脳で考えなさい。」とおっしゃった。クラウディオ・アラウの弟子である先生は、彼がこう教えてくれたとお話され、私の手を持ち、ショパンのポジションに手を置き、Fisの音で何通りもの音を出した。「洋服を選ぶように、音も楽器の中から、頭を使って選びなさい」とおっしゃられた。いつも自分は何気なく音を出していたのではないか、と自分の弾き方を見返すきっかけにもなった。
4楽章はテンポが速過ぎると指摘があった。「テンポではなくて、中身を語る必要がある」と仰せられた。4楽章は、ロッシーニのオペラのような明るさがある。先生は、「この曲はイタリアでビールを飲んで踊っている感じ。決して真面目な日本人ではないよ」とおっしゃった。その表情を出すために、効果的なペダルの使い方、またタッチの仕方を教わった。
また、私は表現しているつもりでも、先生には伝わらず、まだできていないと言われることが多かった。ここで、自分の表現の未熟さを実感するとともに、自分が思っている以上に表現する必要があるのだと感じた。自分で感じる大げさぐらいが、やっと伝わるのだと感じた。
第3回目レッスン:A.Scriabin Piano sonata No.5 Op.53
まず1回通して弾いた。すると、「あなたは私の好きなピアニストだが、スクリャービンの表現とは少し違う」と仰せられた。「この曲を弾くとき、いつも銀河や宇宙をイメージし、表現しなければならない。スクリャービンは奇抜」とおっしゃった。目には見えない激しさの表現の仕方、音を際立たせるための効果的な指使いや、タッチを主に教わった。何かを臨む意である「con voglia」という指示表記を、スクリャービンは殆ど「accelerando」を意味すると習った。またテンポの感じ方が難しかった。私は変拍子の拍を意識するあまり、単調な感じが出てしまっていた。「そこで、次々と現れる指示記号を、全て連動させて表現しなければならない。」とおっしゃった。レッスンを通して、小さな枠組みの中での表現ではスクリャービンの表現に近づく事ができないと実感した。
また、スクリャービン特有の指示表記の意味について聞かれたとき、日本語では理解しているが、英語で上手く説明することができず、もどかしさや悔しさが多かった。しかし、伝えたい一心で、ジェスチャーを交えながら話すと、先生が笑いながらくみ取って下さった。わからなくてもどうにか伝えようという気持ちが大切だと感じた。
第4回目レッスン:F.Chopin Ballade No.4 Op.52
まず1回通して弾いた。「部分的にはとても好ましい。しかし序奏とコーダの部分は良くない」と指摘される。まず、ペダルについて指導を受けた。「楽譜に書いてあるペダルを使うのは良くない。なぜなら、現代のピアノだと濁ってしまうから。そのため、耳で踏むように」と、ペダルの深さや、細かなペダルの使い方を習った。まだまだ、ペダルの深さのコントロールや、耳を研ぎ澄まして踏むことが課題であると感じた。
次に、序奏の部分を段階に分け、音楽を組み立てていく表現を教えていただいた。また、先生は、形式や出てくるテーマは何を意味しているかなど問いながら、レッスンを進めた。
そして、「レガートはどうしたらレガートになるのか」と聞かれ、私は指のことばかり考えていたが、先生は「大切なのは、いつも頭でイメージすること。出したい音色、次の音へのつながり、もちろんレガートも、イメージして考えて心から意識すること」とおっしゃった。ピアノは機械であるから、自分が本気で変えようと思わなければ、変わらないのだと実感した。
第5回目レッスン:F.Chopin Ballade No.4 Op.52
前日のレッスンの続きから見ていただいた。「あなたはよく弾けるが、テンポがゆれすぎる」と言われた。「全てのバラードに、バルカローレのリズムが表れている」とおっしゃられ、テンポの一貫性と、その上で部分毎にバルカローレ、ワルツのリズムを意識することを指摘された。ショパンの曲は、美しさや繊細さと共に、力強さが秘められている。私はその表現の幅に自信が無かった。隣で弾いて下さる先生の音は、時には優しく切ない美しい音色であり、またフォルテのところでは、深い響きで歌いきるという感じの音であり、感動した。かたまりごとに、左右で立体的にきこえる出し方や、充実したハーモニーの出し方など教えていただいた。そして、弾きにくいパッセージがあると、「どのように練習しているか」を問い、効果的な練習方法や指使いを提案して下さった。先生は、「何を練習したのか」ではなくて、「どのように練習したのか」を重視していらして、これらの必要性を他の受講生にも、何度もおっしゃっていた。
そして、「練習でも、レッスンでも、いつでもあなたのベストを尽くしなさい。大体良い、まあまあ良いは駄目。一番いいところを目指しなさい。」と言われたことは、一番私の心に響いた。
クラスコンサート
デル・ヴィーニュ先生のクラスコンサートは、第1週目と、講習会最終日の2回開催され、私は2回目の講習会最終日に出演した。会場は学校内のスタジオであった。私は、スクリャービンのピアノソナタ第5番を演奏した。後半だったため緊張したが、お客さんがあたたかく見守って下さり、思い切り演奏することができた。デル・ヴィーニュ先生のクラスは、ほとんどの受講生が先生の生徒や、以前に師事したことのあるという方であった。年齢も様々だったが、レベルが高く、聴いていて魅了された。コンサート終了後、先生の助手のピアニストであるマニュエル・アラウージョ氏が「おめでとう。あなたのスクリャービンはとても良かった」と言って下さり、とても嬉しかった。
レッスン以外の過ごし方
○練習
練習室は、講習会初日のオーディション後に予約することができ、3時間まで予約可能であった。私は9時から11時、16時から17時を確保することができた。しかし、午前中は空調装備の無い部屋しかとれず、暑い中での練習が辛かった。しかし、練習室のほとんどがスタインウェイかベーゼンドルファーで、とても贅沢な練習環境であった。ここに留学されている方にアドヴァイスをいただき、予約をしている時間以外でも、空いている練習室で毎日2時間は練習することができた。
○聴講
レッスンは全て公開であったため、毎日他の受講生のレッスンを聴講することができた。同じクラスでは、オーディションの時に、上手だなあと感じた方のレッスンを聴きに行っていた。デル・ヴィーニュ先生はスペイン語が母語であり、クラス生はイタリア人が多かったため、スペイン語でのレッスンが多かった。そのため、聴講の際に話す内容がわからなかったのが残念だった。受講生の中でも、英語でレッスンをしている人や、通訳をつけていた人もいたため、それらのレッスンにも進んで聴講に行っていた。ピアノ以外にも、よく歌やヴァイオリン、チェロのレッスンを聴講した。楽器は違っても、音楽は共通しているのだと感じた。
○コンサート
研修期間中、毎日のようにコンサートがあり、沢山のコンサートを聴くことができた。大学主催の生徒によるアカデミーコンサートや、教授によるコンサートはほぼ聴きに行っていた。またザルツブルク音楽祭でのコンサートでは、歌のコンサート、そしてバレンボエム指揮のウィーンフィルハーモニーのコンサートを聴くことができ、とても感動し、心に残った。
○交流
この講習会では、多くの素晴らしい出会いがあった。私は、海外の受講生とコミュニケーションを取ることを目標としていたため、拙い英語ではあったが、自ら積極的に声をかけた。レッスンを聴講し、とても良かったと話しかけると、そこから仲良くなり、お互いのレッスンを聴講するようになった。生まれも育ちも違って、お互いのことを何も知らないけれど、その場の演奏を通して、心がつながる。留学の良さだと感じた。自分の中にある他国の人々との壁を、勇気を出して積極的に英語を使って話してみることで、乗り越えていく大切さを学んだ。そして、英語力を更に高めたいと思った。
また、海外の受講生の演奏を聴いていて感じたのは、演奏に芯があり、自信をもって表現していたことである。演奏に説得力があるというか、表現の幅も大きく、心に響いた。これが私に足りないところだと刺激を受けた。
研修を終えて
多くの聴講をさせていただいたが、デル・ヴィーニュ先生のレッスンは、とても魅力的で、それぞれ個人にあった指導には、心をひきつけられた。先生の母国語であるスペイン語が話せない私に対しても、英語でわかりやすく話され、時には厳しく、またある時にはユーモアを交えながら、納得のいく演奏ができるまで、熱心に指導してくださった。先生のレッスンを通して、自分の音楽の表現の薄さを痛感した。上手く音にして表現できず、落ち込むことも多かったが、レッスンの時に何度もおっしゃっていた、「心と脳を使って音楽を奏でる」ことの大切さを改めて感じることができた。この2週間で学んだことを胸に、精進していきたい。
毎日、町に響き渡る鐘の音を聞いて、空気を吸う。ベンチで本を読んだり、木陰で寝そべっていたりする人々がいる。そこでは、ツァルツァッハ川のように、人々も時間もゆったりと流れていた。日本では味わい得ない、何とも言えない充実感を得ることができた。西洋音楽発祥の地で、実際に生活をすることの大切さを実感した。
恵まれた環境で、練習に励み、素晴らしい先生に習い、沢山の受講生に刺激をもらい、改めて自分の音楽と正面から向き合うことができたと思う。
最後になりましたが、国内外研修奨学生としてこのような機会を与えて下さった、大学関係の方々や、学生支援課の皆様、指導して下さる久元祐子先生をはじめ、お世話になっている先生方、いつも支えてくれる家族、友人、また現地でお世話になった方々全てに、心より感謝いたします。本当にありがとうございました。
進藤郁子先生のコメント
モーツァルテウム夏期国際アカデミーに参加された山極遥香さんは、目標意識が高く、また非常に意欲的に何事にも取り組まれ、たくさんの収穫を得られました。毎回のレッスンからは、感性豊かに、大切な事を深く感じ取り、学び前進していく様子がよく伝わってきました。
デル=ヴィーニュ先生のレッスンでは、以前から自分の演奏に疑問を持っていたという、ベートーヴェンを、まず聴いて頂き、曲に対するイメージと、自分が思っている以上に、表現しなければ伝わらない事を、実感されました。また先生に、音の種類を多彩にする必要性を指摘され、「あなた自身が、考えて、音をイメージして出さなければならない。心と脳で考えなさい」の言葉は、自分の音に対する意識を見直す機会となりました。また「練習でも、レッスンでも、いつでもあなたのベストを尽くしなさい。一番いいところを目指しなさい」の先生のお話は、山極さんの心に響き、今後の指針となりました。
海外の受講生とも、積極的にコミュニケーションをとり、勇気を出して英語を使えば、心がつながる事も実感されました。この自らから開いていく山極さんの姿勢に、音楽はもちろんのこと、今後の益々の成長が楽しみで、大いに期待しております。