ニース夏期国際音楽アカデミー(フランス・ニース)
丹澤 まりえ 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関:ニース夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2015年7月27日~8月10日
担当講師:アンヌ=リーズ・ガスタルディ教授、マリー=ジョゼフ・ジュード教授
研修目的
2人の教授からレッスンを受けられるこの講習会に参加することで楽曲を多面的に学び、表現の幅を広げることを目的とする。また、質の高い演奏会やレッスンの聴講、世界から集まる受講生との交流を通してたくさんの刺激を受けてきたいと考える。そして現在ピアノ指導コースに所属しているため、先生方がどのようなアプローチで教えているのかを学び取る良い機会にもしたい。
研修内容
7月28日 第1回レッスン (Prof. Anne- LiseGastaldi)
J.S.Bach/ The Well-Tempered Clavier book 2no.14 (fis moll)
ガスタルディ先生のクラスは受講生が12人ほどおり、多くをフランス人が占め、そのうち3人が日本人であった。ガスタルディ先生は子供教育にも定評があるため、小学生くらいの受講生も数人いた。レッスン打ち合わせはなく、直接先生に伺ったところレッスンは45分を4回であり、日程、時間すべて先生が予め決めて下さっていた。英語でレッスンして頂けるか伺ったが、その前に少し先生とフランス語で話したため、大丈夫、ゆっくり話すのでフランス語でレッスンにしましょう、とのことになった。
まずプレリュードを通した後に言われたことは、ディテールを気にしているのは良いが、音楽が細かく小さすぎる。もっと大きなラインを描くことが重要だ、とのことだった。楽譜に書きこんだたくさんのことを気にしすぎると大きな4分の3拍子の躍動性が見えてこないという指摘を受けた。そのため、左手で3拍子指揮をとりながら、右手で弾く練習の提案をして下さった。また、指示が書いていないバッハの曲を弾く際の大きな問題は沢山の可能性があり得るということである。あなた自身がどのように方向づけるか決めて、それが聴く人にはっきりと分かるように弾かなければいけないという指摘を頂いた。
7月29日 第2回レッスン (Prof. Anne- LiseGastaldi)
Scriabin/ Sonata no.10
まず曲を通すと、「この曲はとても複雑な曲。何よりまず大切なのはポリフォニーを理解すること。」とおっしゃった。この曲は別名「昆虫ソナタ」と言われていることから、「すべての声部がすべての生き物のようにそれぞれ常に動いている、それを認識したうえで音色の違いを出さなければいけない」とのことであった。また、2つの似たメロディーが連続する際、同じことの繰り返しにならないよう、あなたはどのようにしたいか、と常に先生から質問を受けた。あまり明確に答えられない部分も多くあったため、自分で音楽を構築していくという意識の低さを痛感した。途中でレッスン室に大きなバッタがいるのを先生が発見し、「あなたのソナタのために来てくれたのよ!」という楽しい場面もあった。レッスンは非常に丁寧で、24ページ中4ページしか進まなかったため、次回も同じ曲を持ってくるよう伝えられた。
8月1日 第3回レッスン (Prof. Anne- LiseGastaldi)
Scriabin/ Sonata no.10
まず冒頭部分を弾き、前回の復習をしたうえで、曲の続きをレッスンして頂いた。前回より良くなった。次に大切なのはどのような音色にするか自分で選択すること。またフレーズが絡み合っても最後まで聞き続ける、すなわち歌いきることが大切だという指摘を頂いた。構造を理解するために主旋律を色鉛筆で塗るとよい、というアドバイスを頂いた。また、ポリフォニーを練習するときには、ペダルなしで非常にゆっくり弾き、また声部を取り出して弾いたりして音色の違いを耳でよく確認することが大切だとおっしゃった。また、「どの旋律がどこに向かっているのかをしっかりと把握しなければならない。オーケストラではそれぞれの楽器の奏者がそれぞれのパートを本気で演奏している。あなたがそれを理解してよく構築しなければならない」ということを教わった。
Scriabin/ Sonata no.10
前回もスクリャービンが途中まででレッスンが終わってしまったため、今回で最後まで行くことを目標にレッスンが始まった。
まず前回の続きから弾き始めたところ、前回よりも声部のラインがクリアになってきたとおっしゃっていただいた。ただ、長く伸ばす音、タイの音などに対する歌う意識が足りないというご指摘を頂いた。また、片手で2声になっている部分の音色の違いの出し方の体の使い方や練習法を教えて頂いた。いかに緻密に少しずつ構築していくことが重要かということを再確認した。先生はお手本を弾きながらたくさんよく歌ってくださり、どんなに複雑な部分でも常に歌心が必要だということが分かった。
ガスタルディ先生には、いかに緻密な音楽づくりが大切かということを教えて頂いた。非常に丁寧なレッスンであり、妥協しないという姿勢は学ぶところが非常に大きかった。
8月4日 ミーティングと第1回レッスン (Prof. Marie=Joséphe Jude)
ジュード先生の生徒は10人で、日本人が私1人で、スペイン人1人と8人がフランス人だった。ミーティングで私は今日の昼にレッスンとなった。そして、希望者は4回のレッスンのうち1回か2回ジャンフランソワ・エッセ先生のレッスンも受けられるということだったので、1回分のレッスンをエッセ先生に見て頂くことにした。
A.Scriabin/ 2 Poème op.69
まず通して言われたことは、きれいに弾けているが、ノーマルに聞こえる。もっとスクリャービンのエキゾチックで、ミステリアスで色彩豊かな音色のコントラストが欲しい、とのご指摘を頂いた。特に練習ではかなり大げさに表現してみることが重要だということをおっしゃって頂いた。また、絵画のように、主人公と背景とを区別するイメージを持つことで、平坦でなく立体的にしていくことが重要だと教えて頂いた。その際、ベートーヴェンやモーツアルトのような出すべき声部が明確な曲の場合は良いが、スクリャービンのような作曲家の作品の場合、強調すべき声部を自分でよく考えて選ばなければいけないということを強調されていた。
また、曲中のpでスタッカートを弾く際の体の使い方、特に手首の使い方について懇切丁寧に繰り返し手本を見せながら教えて頂いた。
8月6日 第2回レッスン (Prof. Marie=Joséphe Jude)
A. Scriabin/ Sonata no.10 op.70
曲を通して弾いた後、言われたことは、ポエム同様、コントラストが足りないということである。よく弾けてはいるが、表情が薄く、ドビュッシー的に聞こえてしまうというご指摘を頂いた。「もっと楽譜に書いてあることを濃く表現しなければいけない。一見変だと思う譜面を見て、どういう意味なのか?と常に自問することが大切。指だけでなく、あなた自身の内側に感じるものがなければ人には伝わらないのよ。」とのお言葉はとても印象に残っている。また、8分の3拍子で5連符、4連符とでてくる箇所について、「あなたの5連符、4連符のリズムは正しいけれども、まるで当たり前のことのように聞こえてしまう。ここはある種のゆがみを表現しているところ。だから測ったように弾くのではなく、おかしなもの、変なものとして自由さを表現することが大切です。」とおっしゃり、どのように歌うか手本を弾いて下さった。また、スクリャービンは多くの指示を楽譜に示しているが、そのニュアンスを汲み取り、キャラクターを描きだすためには自分なりの解釈が必要不可欠だということがよく分かった。
8月7日 第3回レッスン (prof. Jean-François Heisser)
C. Debussy/Etude pour les agrements
まず一曲通して弾き、言われたことは、「全体的にはよく弾けているが、この音楽はすこし複雑だから、ディテールをかなり丁寧に見ていく必要がある。」ということであった。
まずこのレッスンでは多くの箇所の指使いの提案をしていただいた。他の受講生のレッスンを聴講している時もそうであったが、エッセ先生は頻繁に指使いについて細かく教えて下さる。それは、メロディーを浮き立たせるため、移動上の問題、内声をきれいに歌うため、技術上の問題を小さくするため、手の都合、手の個人差など様々なことを加味して提案して下さっていることが分かった。時に楽譜通りであることを勧めたり、またときに楽譜とは異なる指使いをいくつか提示してくださったりした。指使いが表現の大きな助けになることが分かり、今後はより慎重に指使いを考慮していこうと思った。
8月9日 第4回レッスン (Prof. Marie=Joséphe Jude)
Prof.Marie-Josephe Jude
A,Scriabin/Sonatano.10
この日はスクリャービンの復習をしてからドビュッシーを見て頂くつもりでいたが、結局ソナタを非常に丁寧に見て頂き1レッスンを終了した。
まず、スクリャービンのミステリアスな雰囲気が足りない、ということをご指摘頂いた。そして、冒頭部分のペダルについて、「ミステリアスな雰囲気と音響を作り出すためにあえてペダルを細々変えずに響かせてみて。」と提案して頂いた。また、楽譜にある伸びる1音に与えられたクレッシェンド、つまりある意味では不可能な指示を表現するためには、ペダルを効果的に使うとともに、自分自身が呼吸することが必要だと教えて頂いた。そして、「何より大切なことは最後まで責任をもって音を聴き続けることよ。指で音をつないでいると思ったら大間違い。音楽が台無しになってしまうわよ。」とのことであった。
ジュード先生のレッスンは言葉も体の使い方の説明も非常にわかりやすく、また教え方も丁寧であった。コンサートを数多くこなす現役のピアニストであることから、多くのお手本も弾いて下さり大変ためになった。明るいお人柄とユーモラスな例えで、レッスンも聴講も非常に濃厚かつ楽しい時間であった。
現地での生活
ニースでは学生寮があり、かなりコンパクトではあるが、学生どうし交流でき、良い環境であった。学校までは15~20分静かな森の中を歩いていく。食事は3食とも学校で提供されていた。週に2、3回学校近くの修道院でコンサートがあり、講習会の先生方の演奏を間近に聴くことのできる素晴らしい機会であった。講習後に訪れたパリやリヨンでは美術館や教会に行き、ヨーロッパの文化に触れることができた。
研修を終えて
今回の研修を通して、素晴らしい先生方や良い友だち、そして良い音楽とたくさん出会うことができました。また、語学がいかに大切かを痛感しました。レッスンの中では、いかに緻密に、かつダイナミクスレンジを幅広くするか等、新たな課題を見つけることができました。
このような貴重な経験をさせて頂き、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。この経験を生かし、さらに精進して参ります。
日頃からご指導頂いている近藤伸子先生、学生支援課の方々、応援して下さった全ての方々に感謝申し上げます。
濱尾夕美先生のコメント
丹澤まりえさんは、ニース夏期国際音楽アカデミーに、明確な目的を持って参加され、充実した2週間を過ごされました。
今回、ガスタルディ教授、ジュード教授、エッセー教授の3名による計7回のレッスンを受講して、演奏はもちろんのこと、現在、丹澤さんが、ピアノ指導コースで研究している指導法を学び取る上でも非常に良い機会となりました。音楽に対して決して妥協しない丁寧なレッスンを受けられ、自問自答しながら自分ならではの表現を見つけていくこと、指使いと音楽表現との密接な関係を再認識されました。また、いかに緻密にダイナミクスレンジを幅広くするかなど新たな課題も得られました。
ニースの森の散策や修道院でのコンサート、パリやリヨンの教会と美術館巡りなどフランスの自然と文化を大いに満喫するとともに先生方の演奏や受講生との交流なども通して多くの刺激を受けられました。
これらの貴重な経験を生かして、音楽家として、さらに成長され、良き指導者を目指していかれますよう願っています。