モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)
渡辺 千晶 4年 演奏学科 声楽専修
研修概要
研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2015年7月27日~8月8日
担当講師:Renate Faltin教授
研修目的
今、勉強している作品が生まれたヨーロッパへ実際に行き、現地で生活しながらレッスンを受けることで、様々なことを体感し、何らかの表現で演奏につなげること。また、音楽祭のために世界中から集まる音楽家や受講をする音楽を学ぶ人々の演奏を聴き、視野を広げる。
研修内容
○講習開始前日 7月26日
15:00から大学にて、受付を済ませた。その際、教授ごとのオーディションの時間と部屋が書かれた紙と赤い受講カードをもらった。続いて、オーディション前の練習室(1人30分)を確保した。この時、使用料は無料であった。
○講習会初日 7月27日
この日は、午前中にオーディションが行われた。9:00より大学の練習室で発声を済ませ、10:00からのオーディションに挑む予定だった。しかし、時間通り練習に行くと、前に使っていた気の強い人が、部屋から出てくれなかった。カードを見せて説得したが、応じてもらえず、その部屋は諦めた。もう一度事務室に掛け合い、9:30から10:00までの部屋を用意してもらい、15分程、簡単な声出しを行うことができた。オーディション前から外国人の意見の主張の強さに圧倒され、気持ちが少し沈んでしまった。
講習会の会場は3か所あった。モーツァルテウム大学の新校舎、マリオネット劇場の中、その隣のモーツァルテウム大学の旧校舎である。私は主に旧校舎に通い、新校舎の練習室を利用した。
教授は全員が受講生になれると仰ってオーディションが始まった。受講生はスイス人1人、フランス人1人、イタリア人1人、ノルウェー人1人、フィンランド人1人、台湾人1人、中国人3人、ドイツ人5人と私の15人だった。クラスに一人も日本人がいないと知り、この状況で過ごす覚悟が必要となった。
オーディションは挙手をした人から歌っていった。私は、Richard Straussの6つの歌Op.17より Ständchenを歌った。とても緊張したが、歌い始めると、ピアニストのMarcusが伴奏で盛り上げて下さり、安心して歌い終えることができた。全員のオーディションが終わると、教授からレッスンについての説明があり、お昼休憩となった。その間に、今後1週間のスケジュールが発表された。
午後はすぐに、練習室の確保に努めた。受付に行くと想像以上の行列ができており、2時間以上待ったので、変に体力を消耗した。
この日は聴講をせず、次の日のレッスンに備え練習をして寮へ帰った。
レッスンについて
全6回(45分)、スケジュールは下記のようになった。
第1回:7月28日
第2回:7月29日
第3回:7月31日
第4回:8月3日
第5回:8月5日
第6回:8月6日
クラスコンサート:8月7日
第1回(7月28日)
〈Don Giovanni〉より、Zerlinaのアリア“Batti,batti o bel Masetto”
Recitativoから見て頂いた。ピアノの周辺を自由に動きながら、心と身体をリンクさせて発声することを促された。また、アクセントが不自然なところを指導された。曲に入ると、特に“e”“i”母音が平たくなってしまうこと、単語でぶつぶつ切れてしまっていることを指摘された。教授が、私の歌い方を真似しては、お手本を歌ってくださり、先生の口元を凝視しながら、聞こえてくる発音を近づけるよう必死に心掛けた。この日は主に母音を直すことを徹底的に行った。また、何かを伝えようと歌うのは良いが、その時に首や頭が固まっていることを指摘された。後頭部を楽にするよう、触りながら指導された。リラックスと何度も言われた。
第2回(7月29日)
〈Don Giovanni〉より、Zerlinaのアリア“Batti,batti o bel Masetto”
前日に引き続き、Zerlinaのアリアを歌い、後半を中心に見て頂いた。細かく動く旋律を倍の速度で歌い、長いフレーズを意識し歌った。また、子音を必要以上に発音しすぎていること、nがnnに聴こえ音楽の流れを止めていることを指摘された。レガートに歌う指導をされた。後半は特に、全て全力で歌いすぎだと言われ、同時に長いフレーズを歌うとき身体が硬直していることを指摘された。教授の下腹部に手を当て、息の送り方やその時の体の状態を感じながら歌ったり、手で息の流れを表しながら歌ったりした。
第3回(7月31日)
Richard Straussの6つの歌Op.17より Ständchen
この日はオーディションで歌ったシュトラウスの歌曲を見て頂いた。Liedでもレガートも重要だと言われた。ドイツ語で会話する時、常に子音を強く出すことは決してない様に、歌でも必要以上に子音を飛ばすのは、かえってドイツ語に聴こえず不自然だと指摘された。また、nとmやウムラウトの発音についてと、発声のポジション、要となる単語の歌いまわしを指導された。
第4回(8月3日)
Richard Strauss5つの歌Op.32よりIch trage meine Minne
講習会は二週目、レッスンも回数を重ね、自分を取り巻く状況にも慣れてきた。この日もシュトラウスの歌曲でIch trage meine Minneを見て頂いた。一度歌い終わると、教授が「暖かくて心地よい歌だった」と言ってくださり、聴講していた皆がと拍手をしてくださった。ここに来て初めて、お褒めの言葉を頂き、素直に嬉しかった。全体を通して、“e”母音を気にしすぎて、アクセントが不自然な位置についていることを指摘され、それを直すことを主に行った。また、ウムラウトを発音するとき、二重母音に聴こえることを指摘され、解決法を教わった。
第5回(8月5日)
〈La Bohème〉より“Donde lieta uscì”
この日は、何かアリアを持ってきてと指示されたので、La Bohèmeからミミのアリアを歌った。主に、緩急法を使った歌い回し、ポルタメントの指導をされた。“i”“e”母音について、子音を飛ばし過ぎて少々乱暴に聴こえてしまうこと、m・nを鳴らしすぎてレガートに聴こえないことを指摘された。また、ある音域になると、“u”母音が狭くなってしまうので、全て“o”だと思って歌うよう促された。また、表現面では内側にこもることを指摘され、アウトサイド!と何度も言われ、苦戦した。
第6回(8月6日)
Richard Strauss5つの歌Op.32よりIch trage meine Minne
レッスン最終日は、ピアニストが到着されるまで、レッスン前半は発声法を見て頂いた。様々な発声練習でポジションの確認し、レガートを意識し母音を繋げていく訓練をした。後半はクラスコンサートで発表する、Ich trage meine Minneを歌った。教授からは「綺麗な発音になってきたから、もっとドラマを持たせて歌ってごらんと」言われた。テキストに大げさに重さの対比をつること、わざと無機質に歌うことなど、様々な歌い方に挑戦した。本番に向け、主に表現の指導を細かに受けたレッスンだった。
クラスコンサート(8月7日)
13:00よりプログラム順にリハーサルを行い、そこで一人ずつディプロマが教授の手より、授与された。本当に最終日なんだなぁ…と実感し、寂しく思った。しかし、教授が「ここからは、あなたたちのショータイムよ、自由に歌ってちょうだい!」と満面の笑みで言われコンサートへの気持ちが昂った。
18:00にコンサートが開演した。みんなの演奏を聴きながら、自分の番が来たら前に出る形で進められた。本番は、とても温かい環境だったので、のびのびと歌えた。ずっと聴講していてくれたドイツ人の友人がディクションの上達を認めてくれたことや、先生から講評を頂いたことから、更なるやる気が湧き、すぐにまた練習したくなった。
終演後は、教授とピアニスト、受講生全員で打ち上げをした。共感し合える悩みや、互いの進路を話し合ったりした。みんなの優しさのおかげで、なかなか言葉が出てこない私に対して、こんな感じのことが言いたいの?と親切に会話をつないでくれ、コミュニケーションをとることができた。とても有意義な時間だった。
レッスン以外の生活について
大学からバスと徒歩で20分ほどのFranz-von-Sale-Kollegという寮に滞在した。陽当たりがとても良く、部屋の中にキッチン・トイレ・シャワーがついていた。地下に2つ練習室があったが、ピアノがなく、携帯電話のアプリで音の確認をし、声出しや曲の練習をした。洗濯機はデポジットで借りたが、寮に1台しかなく、大変だった。バス停の近くにショッピングセンターが2つあり、買い物をして自炊ができた。また、各国の様々な分野の学生が集結していたため、いろんな人々がおり、毎日とても愉快だった。また、バス通学では、講習会に参加している子と友達になる機会となった。
この時期ほとんどの劇場がオフシーズンなのだが、ザルツブルク音楽祭のため、オペラを観劇することができた。また、受講生によるアカデミーコンサートとクラスコンサートを観賞した。多くの演奏にふれることで、たくさん刺激を受けることができた。
今回、なんと幸運なことに、帰国してから初日が始まる『Der Rosenkavalier』のオケ合わせと、チケットが完売していたJonas Kaufmanが出演している『Fidelio』のGPを現地で知り合った方に、お誘いしていただき見学することができた。オケ合わせは、指揮者・演奏者・演出家で、更により良い完成を目指し、試行錯誤する過程を見ることができ、舞台への情熱を感じた。そして新演出の『Le nozze di Figaro』をどうしても観たく、現地のチケットセンターでチケットを購入した。3作品とも、ウィーンフィルと世界的に有名な指揮者の演奏は、序曲や間奏曲もいつも以上に楽しめた。また、祝典劇場の前を通ると劇場の練習室の窓が開いており、なかなか聴けない歌手たちのウォーミングアップの発声練習も、楽しみの1つだった。
研修を終えて
講習会でのレッスン、コンサート、オーストリアでの生活では多くの人たちに出会い、話をして視野が広がり、演奏を聴き刺激を受け、幸せを感じながらたくさん笑って、想像以上の素晴らしい日々を送ることがきた。
その上、歌の技術面、語学力において、どんなに強い思いがあっても手段を備えていなければ、その思いは伝わらないことを痛感した。おかげで、課題が明確になり、それにしっかり向き合っていこうと思った。
そして、違う場所で音楽を学ぶ中、新しい発見やそれに対しての喜びを、素直に感じることができた。時々見失ってしまう、音楽と歌への純粋な気持ちを思い出すことができた。この感情があったから、ここまで歌うことをやめなかったし、これからも、この思いを大切に、日々の練習を惜しまず歌い続けたい。
最後に、貴重な学びの機会を与えて下さった大学関係者の皆様、研修に関して最初から最後まで全力でサポートして下さった学生支援課の皆様、心配しながらも親身に相談に乗ってくださり、励まして下さった先生方、友人たち、家族に、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
本島阿佐子先生のコメント
今年のモーツアルテウムの夏期国際音楽アカデミーは私も個人的に受講していたので現地で渡辺さんにはしばしば出会い、話をすることができた。
残念なことに私が現地入りした時には彼女の講習期間は終わっており、レッスンを聴講することはできなかったが、Renate Faltin女史のレッスンは2年前に聴講しているので、日本人の母音の浅い発音が気になり、大層細かく直されていたことを思い出した。渡辺さんの話によると、かなり厳しく指摘されたようで最初は迷って辛かったそうだ。また、日本人受講者は彼女一人で、随分心細い思いをしたようだし、レッスン以外にも受講態度や、習慣の違いなど、国際的な場に一人で身を置かなくてはならない状態では戸惑いや恐れも感じたようだ。2週目以降はそれにも慣れてきて、とにかく怖じ気ず、「自分流」で行くと肚を決めて乗り切ったそうだ。笑顔で語ってくれたその彼女のタフさに大変心強い思いがした。歌はもちろんのこと、人間関係、国際的感覚、自分を見つめることなど、様々なことで大きく成長できたのではないかと確信している。
今後はこの貴重な経験を踏まえて、よりしなやかに柔軟に力強く羽ばたいて欲しいと願っている。