ムジークアルプ夏期国際音楽アカデミー(フランス・ティーニュ)
浮津 祥代 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関:ムジークアルプ夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2015年7月31日~8月11日
担当講師:パスカル・ドゥヴァイヨン教授、村田理夏子教授、オルタンス・カルティエ=ブレッソン教授
研修目的
その地での生活や自然、コミュニケーションなど様々なエレメントからも沢山吸収できるように五感を震わせる事と、音の響きや音色を追究するだけにとどまらず、教授方に指導していただく事による空気感やリズム感を体験することで、色彩豊かな音楽性を身につけて帰国後も極め続けることを目的に定めました。
研修内容
この講習会では10日間で基本的に5回のレッスンを受講する事ができ、私は2人の教授にお願いをしたので、10回のレッスンを受講しました。ドゥヴァイヨン教授クラスは人数が多かったため、ドゥヴァイヨン教授の奥様でピアニストの村田理夏子教授のレッスンも受けることが出来ました。ドゥヴァイヨン教授が4回、村田理夏子教授が2回、ブレッソン教授が4回、合計10回あり、毎日レッスンというスケジュールでした。
7月31日の17時頃ティーニュに到着し、その日の夜にホテルにてレセプションと教授方のご紹介がありました。講習会の主催者であるドゥヴァイヨン教授は、自分の専攻楽器以外のレッスンを聴講することはとても大切で、そこから得たものも積極的に活かしてほしいと仰っていました。
8月1日 (Prof.Hortense Cartier‐Bresson)第1回レッスン
◎C.Debussy:ImagesⅠ“Reflets dans l’eau”
まず、空間と響きの範囲をもっと大きくして広がりを持たせなければ、Debussyの曲が活きない。あなたは高い音域しか聴いていないので、バランスが悪い。重要なのはバスの音なので、バスをよく聴いてと1曲弾き終わった後に仰り、実際にBresson先生が弾いてくださいました。そこで驚いたのは、こんなにも高音域の和音を軽くして良いのだという事です。私が音を軽くしようとした時はただモヤモヤした響きになりがちですが、Bresson先生は流れの中でも輝きある三和音の響きが非常に美しく、左のメロディーとの差と絡み合いがひとつにまとまっており、揺らめき加減やrubatoの波の緩みがとてもフランス人だと思いました。とにかくバスが大切だと何度も仰っており、Debussyの曲は特に、ソプラノだけを際立たせて歌の旋律のように歌うのではなく、背景となるバスの響きや、沢山の和音の中でどの声部を浮き立たせるとどんな効果がでるのか、研究しなければならないと思いました。丁度レッスン室からは、大きな窓越しにティーニュ湖が見えるという絶景スポットだったので、まさにこの湖の輝きをイメージして弾くに適しているわね、と話してくださったので、この景色は忘れまいと思い、ティーニュに赴く意味を肌で感じられました。曲の後半のfやffの所で、あなたはpの時は柔軟な音色があるけれど、fの時は硬くて縦の音になってしまっているので、下に向かって押し付けないでと注意してくださり、ある和音をfで何度も弾く練習法を試して、良くなかった響きの時はNon.とはっきり言ってくださり、Bien!と言ってくださった感覚をもって曲のfを弾いてみると、今までよりも開放されたfの響きを実感しました。又、Debussyの曲は普通行くであろう和音に行かないところが彼の素晴らしさなので、そのハーモニーを頭で理解して、弾く前に聴いてから弾くように、と言われました。聴けていても感じ方が足りないとご指摘いただき、聴くこと=感じることなのだと思いました。
8月2日 (Prof.Pascal Devoyon)第2回レッスン
◎C.Debussy:Douze Études pour les degréschromatiques
1曲弾いた後、この曲で1番難しいのは何かと問われました。タイトルでもあるクロマティックのテクニックだと思いますと答えると、勿論そうだけれども、そのクロマティックをppで弾くことが何よりも難しいとおっしゃり、指先の感覚をもっと敏感にもって指で弾くことと、水面のようにペダルを入れてみてと言われました。Debussyが楽譜にペダルの指示を書き込まなかった事を踏まえた上でのペダルだと仰り、自分でペダルを細かく微調節しながら踏むために奥まで響きを聴かなければならないと思いました。又、fの部分が体も音も硬くなってしまっているので、力は必要なく、腕で弾くと重たい音になるのでとにかく指で弾くことが肝心で、腕は弓の動きのように動かすと良いとアドバイスをいただきました。黒鍵と白鍵のポジションを手で掴むこともクロマティックのコツだと教えてくださり、後日の練習で確かに鍵盤の起伏の感覚は助けになる事を実感しました。
◎A.Scriabin:Sonata-Fantasie Nr.2
全体的に芯がないのではっきりと発音すること。Debussyのような感覚とは異なる、Scriabinの世界をもっと全面的に出すこと。そして上行と下行、3連符の柔軟性などの関連性を強く持たせて、ポジティブな要素とネガティブな要素を表わせるように、と仰り、音楽の流れやニュアンスを、ジェスチャーをまじえて歌ってくださいました。Scriabinのかっこよさの感覚が凄く伝わり、ドゥヴァイヨン教授の音楽性とエネルギーに鳥肌が立ちました。
8月3日 (Prof.Hortense Cartier‐Bresson)第3回レッスン
◎C.Debussy:ImagesⅠ “Hommage à Rameau”
1曲弾いた後、あなたの演奏はDebussyが曲の頭に表記したサラバンド風の3/2拍子が感じられないと仰り、Bresson先生が実際にサラバンドのダンスステップの感じを見せてくださり、2拍目が伸びて強調される感覚を掴むことが出来ました。Sansrigueur と書いてあるのにも関わらず、テンポや拍が正確すぎるのでもっとフレーズを長く考えて、ペダルはDebussyだからといって濁りすぎないようにと仰いました。また、ペダルを使って響きの実験を行い、低い音域の弦は太くて長く、高い音域の弦は細くて3本なのでペダルの効果に差がある事を踏まえて、ペダルを踏みかえたり深さを調節するとバランスのいい綺麗な響きになるとアドバイスをいただきました。また、プロコフィエフのようなfにならないように柔軟性を保つように言われました。
”Mouvement”
この曲はほとんど出来ているけれども、デュナーミクの変化をもっと明らかにすることと、中間部のハーモニーがはっきりとわかるように、と仰いました。又、Bresson先生がお手本を見せてくださった際、ゆったりしたテンポの曲でも速いテンポの曲でも、呼吸を意識して空間を生み出すことは忘れてはならないと思いました。
8月4日 (村田理夏子 教授)第4回レッスン
◎C.Debussy:ImagesⅠ “Hommage à Rameau”
もっと音に緊張をもたせて、テンポは前向きに。今のままでは、ホールで弾く時に遠くで聴いている人に届かないので、ppやpと書かれていても音が小さくなりすぎないように、とご指導いただきました。ハーモニーの変化をとてもよく感じながら、移り変わりや独特な和音の響きを自分の耳で聴いてみて、とアドバイスをいただき弾いてみると、さっきよりも自然と音量が増えたように感じました。すると先生は、pと書かれていてもハーモニーを聴かせるにはこのくらいの音量が出ていいのよ、と仰りppやpの響きの感覚や解釈のレパートリーを増やすことが出来ました。
8月5日 (Prof.PascalDevoyon)第5回レッスン
◎A.Scriabin:Sonata-Fantasie Nr.2
フレーズを長く捉えるには、目的はどこなのか、その目的のハーモニーが待っていることを前もって理解しておく必要があると仰り、どの曲も柱になるのはテンポなのでテンポは絶対になくさないようにとご指導いただきました。何故クレッシェンドが1小節ごとにしつこく書かれているのか、何故ここにスフォルツァンドが存在するのか、このrubatoはどこまで続くのか等、楽譜から読み取って浮かんだアイディアを実行していくことが重要だとアドバイスをいただきました。ナチュラルに弾いてしまうと、Scriabinではなくなってしまうと仰り、個性を発展させる研究をしていこうと思いました。
8月6日 (Prof.Hortense Cartier‐Bresson)第6回レッスン
◎C.Debussy:Prléudes 2elivre
◎La Puerta del Vino/Les Féessont d’exquises danseuses”/General Lavine-eccentric
3曲通した後、ほとんど理解できているけれども細かいところを追及するべきだとご指摘いただきました。現実的にならずにミステリアスな感じを表現出来るように、リズムで歌うことが重要だとアドバイスをいただき、どんな曲でもリズムに対して意識を高くもとうと思いました。ppからfffまでの幅をもっともっと広げて、コントラストをはっきりさせる必要もあると仰りました。また、和声だけを取り出してハーモニーの移り変わりを聴いて感じる練習も大事だと仰り、Bresson先生がお手本を見せてくださった後自分も実践してみると、どれだけハーモニーが力を担っているかという事が大いに感じられました。
8月7日 (村田理夏子 教授)第7回レッスン
◎A.Scriabin:Sonata-Fantasie Nr.2
Scriabinの世界は、彼にとってはリアルな世の中では足りなくて宇宙でも足りないくらいの高く猛烈なエネルギーが特徴。登場人物=モチーフがpで出てきてもfで出てきてもわかるようにキャラクターに特徴づけることが肝心だと仰いました。火山やマグマのような危険なエネルギーを出すために、一瞬重なり、後から加わる不協和音をよく聴くと迫りくるアクションが出せるのではないかとアドバイスをいただきました。現実世界と、実際行ったことのない雲の上の天国の世界をつくると規模の大きい空間になっていくと仰り、自分は生半可な知識しかないことを痛感し、自分が思っているより遥かにScriabinの音楽について深く理解すべきだと思いました。ペダルで色が混ざらないように、かなり浅く細かいぺダリングが必要な部分が多いので、キャラクターを保ったまま発音をはっきりとさせてよく耳で聴くようにご指導いただきました。
8月8日 (Prof.Pascal Devoyon)第8回レッスン
◎C.Debussy:Prléudes 2e livre
◎Feux d’artifice
花火とはどういう物かを想像してみると、速いスピードで上に打ち上がってとてもカラフル。つまり花火とは色だと思うと仰り、花火そのものに加えてシチュエーションもDebussyは取り入れていて、夜空を背景に花火を見に来ている人々のざわめきもイメージできると仰り、想像は無限に近いのだと思い、柔軟に想像する時間を日常に設けようと思いました。突然のfの部分は自分でびっくりするくらい実際に驚いてと仰り、Devoyon先生はジェスチャーとアクションで説明してくださいました。指づかいもご指導いただき、黒鍵の2度の重音を先生は手をグーにして弾いていたので、私にとって衝撃的な奏法でした。
8月9日 (Prof.Hortense Cartier‐Bresson)第9回レッスン
◎A.Scriabin:Sonata-Fantasie Nr.2
もっとScriabinという性格を出さなければならない。ロマン派とDebussyの間に位置していてChopinのような要素も持っているけれどもChopinではないという事を説明してくださり、またブラームスのような弾き方もよくないと仰り、他の作曲家と混ざらずにScriabinとして極めていく必要があると思いました。精神的なものや神経質っぽさをもって、ミステリアスなハーモニーの全部に色をつけて、スープみたいにならないようにとご指導いただきました。先生がバスのラインとメロディーを弾いてくださり、自分がバスをちゃんと聴けていなかった事を痛感し、また、バスのお陰でフレーズがひとつにまとまり綺麗を生み出し、時には恐ろしさも生み出すのだと思ったので、音域のビジョンを広く感じられるようにしようと思いました。
8月10日(Prof.Pascal Devoyon)第10回レッスン
◎A.Scriabin:Sonata-Fantasie Nr.2
和音を弾く時に、小指だけが強くならないようにバランスを聴きながら弾くようにと仰り、Devoyon先生がお手本で弾いてくださると非常に共鳴しており、綺麗に調和した響きでした。自分が弾いている和音と先生が弾いている和音が、別の和音に感じるほどの差があり、ハーモニーのバランスが握る力は大きいという事を学びました。また、腕の重さが鍵盤に伝わらなければいけないと仰り、先生の腕に重みをかけてと言われて乗せてみると、全然重さが感じられないと仰りました。そして、ピアノの蓋の上で腕の重さのかけ方、感じ方をご指導いただきました。手の平を伸ばして肘から指先までを蓋に置いて、ゆっくりと指を立てていき、指の力で徐々に腕を上げていくという方法をその場で教えてくださいました。指だけで腕を支えるとはこんなにも重さを感じると知り、上手く身体を駆使することは全てにおいて必要だと強く思いました。
研修を終えて
私にとってフランスは夢見ていた場所であり、いついつまでも憧れの国です。その地に赴いて音楽と向き合い、学ぶことに集中できる貴重な機会を与えてくださったことに、心より感謝申し上げます。
自分の頭上だけに冷たい豪雨が降っているような錯覚に陥りそうな日や、心の支えとなる愛を感じるなど、非常に味わい深く、カラフルな毎日でした。ティーニュやパリに広がる自然、芸術のパワーによって、この世界が放つ輝きを目の当たりにして、魂が震えました。全ての経験をこれからの人生に活かしていき、濃厚な研究を積み重ねていきたいです。学生支援課の皆様、大学関係者の皆様、そして、敬愛なる先生方に心から感謝しております。
濱尾夕美先生のコメント
浮津祥代さんは、ムジークアルプ夏期国際音楽アカデミーに、明確な目的を持って参加され、充実した10日間を過ごされました。
今回、ドゥヴァイヨン教授、村田理夏子教授、ブレッソン教授の3名による計10回のレッスンを受講し、同じ作品を異なる視点やアプローチで捉えることができ、発見や収穫の多いものとなりました。教授の方々の演奏に触れ、バスのラインや音響の大切さ、各声部のバランスの取り方やハーモニーの移り変わりと色彩感などを再認識するとともに、非常に浅く細かなペダリングなど新たな技術も学ばれました。さらにこれからじっくりとそれらの課題に取り組むことで、自分自身の音楽をより高めていかれることでしょう。音楽の本場に身を置き、豊かな自然を肌で感じることで、フランス音楽の輝きを実感することができました。
この貴重な経験は、これからの音楽人生に必ずや大きな影響を与え続けていくことでしょう。