国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー

横倉 悠香 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2014年8月11日〜8月23日
担当講師:ユラ・マルグリス教授

この夏期国際音楽アカデミーは毎夏モーツァルトの生地ザルツブルクで開催される有名なザルツブルク音楽祭(今年度は7月18日〜8月31日の間開催)と並行して国際モーツァルト財団とモーツァルテウム音楽大学が実施するもので、1916年の開設以来今年で98年目を迎え、国際的に著名な教授や世界の一流演奏家の指導を受けられる事でも広く知られている。

研修目的

私は音楽の勉強をする中で、音楽には日本では感じることのできない空気感、音色、精神などがあるのではないかと考えた。実際に以前、海外の教授に教えていただいた際にそれらについて考えさせられる場面があった。私は海外に行った経験がなく、実際に海外で感じることで自分の音楽の表現の幅を更に広げたいと考えた。また国際的に著名な教授に指導していただくなど、同じようにクラシック音楽を学ぶ様々な国の人々との交流、さらにはヨーロッパの文化や歴史に触れることで多くの刺激を受け、自分の音楽を改めて見つめ直し、音楽は勿論様々なことで視野を広げたいと考えた。

研修内容

オーディション・レッスン打ち合わせ等

講習会開始前日の講習会の登録手続きの際にオーディションの日時と部屋番号が書かれた赤い受講カードを渡され、オーディション前の30分間、大学の練習室をとることができた。

私のクラスのオーディションは講習会初日、8月11日の12時からの予定であった。受講希望者は15人程度だったのだが、オーディションはなく、全員とってもらえることになった。

ユラ先生に受講カードにサインをしてもらい、レッスンの日時の打ち合わせをした後、受付で講習会中の練習室を予約した。(練習室は1人1日3時間まで予約可能だった。)

レッスンは全4回で、スケジュールは下記のようになった。

  • 第1回レッスン:8月13日
  • 第2回レッスン:8月15日
  • 第3回レッスン:8月18日
  • 第4回レッスン:8月22日

第1回レッスン(8月13日):Prokofiev / Piano Sonata No.6 Mov.1

最初のレッスンはオーディションで弾く予定であったプロコフィエフのピアノソナタ第6番の第1楽章を持って行った。

弾き終えると、「全体を通して弾けているが、性格のとらえ方が少し違う。この曲は戦争ソナタという副題がついているので、戦争をイメージしてもっと全体的に強く演奏すると良い。ペダルも踏みかえなくて良いところがたくさんある。汚い音があっても良い」と言われた。確かに私自身もこの曲を弾けば弾くほど小さくまとまっていくのを感じていた。

最初にこの曲のフォルテやフォルテッシモの弾き方を教えてもらった。私自身は強く弾いているつもりであったが、隣でユラ先生が弾いた音を聴いて驚愕した。同じピアノから出たとは思えない、突き抜けるような、張り裂けるような想像もしていないくらい大きい音が鳴った。そして腕の使い方、手首の使い方について教えてもらった。「ヨーヨーを投げるように、姿勢を正して腕と肩は力を入れずに手首から先は固めて鋭い音を出す。押すのではなく、弾むように弾くと良い」と言われた。挑戦したが、なかなかうまくできない私を見て、どのくらいの強さ、速さ、そして腕の重みがどのように指先まで伝わるのかを伝えるために、私の腕にこの曲にふさわしいフォルテッシモのタッチでユラ先生に押してもらった。正直骨が折れるのではないかと感じるほどの強いタッチだった。しかしそのおかげもあり私は少し感覚を掴むことが出来た。

更に、歌うところはロマン派の歌い方のようにならないように注意するようにともいわれた。ペダルについては今まで濁ると思って細かく踏みかえていたところを踏みかえなくて良いと言われ驚いたが、実際に踏みかえないで演奏すると不思議としっくりきた。

最初のレッスンから驚きの連続であったが、良い意味で色々と考えさせられるレッスンであった。少しでも戦争のイメージに近付けるようにしていきたい。

第2回レッスン(8月15日):Rachmaninov / Piano Sonata No.2 Mov.2

2回目のレッスンはラフマニノフのピアノソナタ第2番の第2楽章だった。

この作品は練習中から歌い方が課題だと感じていたが、やはり歌い方について重点をおいたレッスンとなった。「君は歌うこともでき、細かいパッセージなどもよく弾けていて良いが、この曲にふさわしくない歌い方をしている。メロディーは常に止まることなく動き続けており、そこにハーモニーや装飾音がついているということを忘れてはいけない」と言われた。そして、歌うということは重さを乗せ換えることだとも言われ、腕の使い方を教えてもらった。腕から手首はひとつで、手首は上げすぎず、重さを乗せ換える。不自然にならないようにひとつの腕の動きで弾くようにと言われた。「これは日本人に限らずどの国の人でも非常に難しいことだ。しかし1,000回練習すればきっと出来るようになる。1,000回なんて3か月もあれば出来るだろう。そして君はあと80年位生きるんだから3か月なんて短いものだ」と、ジョークを交えながら言われた。

そして1拍目に重みがくることも忘れないように弾くように、しかし音楽が止まらないように注意して弾くようにとも言われた。

第3回レッスン(8月18日):Rachmaninov / Piano Sonata No.2 Mov.3

3回目のレッスンはラフマニノフのピアノソナタ第2番の第3楽章だった。

この作品については練習の時からミスタッチなどに不安があることをユラ先生に伝えたら、「日本では度々ミスタッチや間違いを重要視すると聞くが、間違えることは音楽にとって重要なことではない。君は技術もあるしよく弾けている。音が多いところ、速いところは勿論難しいが、音楽は作り易かったりする。意外と音楽を作るうえで難しいのはテンポが遅いところ、叙情的なところだ。この曲についても同じだ」と言われた。

そして練習する時に注意するポイントを教えてもらった。

1つ目は、音楽はリズム、ハーモニー、メロディーから出来ており、フレーズは止まらずまわっていき、1拍目に向かっていく。それを意識して弾くこと。
2つ目はハーモニーの色を常に考えること。Iの和音など、解決する音を意識して弾くこと。モーツァルトは解決しないと気が済まなかった。
3つ目は自分で考えて、自分の意見で弾くこと。楽譜に書かれていることをそのまま弾くだけではなく、読み取り、考えること。

これらのことについて練習すると良いとアドバイスを貰った。そしてユラ先生にもう一つ言われたのが、「僕はこの様にアドバイスをしていて、君はよくそれに納得し頷いているが、勿論自分の考えが違っても良い」と言われ、私は必死になるあまり、自分の考えを持つことを忘れていることに気付いた。そして、自分の考えを持つことの重要さを改めて感じた。

第4回レッスン(8月22日):Prokofiev / Piano Sonata No.6 Mov.4

最後のレッスンではプロコフィエフのピアノソナタ第6番の第4楽章を持って行った。この日は最後のレッスンだったので他に用意していたベートーヴェンのソナタを持っていくか悩んだが、ロシアの先生ということもあり、折角なのでやはりロシアの作品を見ていただきたいと考え、この作品を持っていくことにした。

この第4楽章は第1楽章と同様に、私の演奏では少し性格が違うということで、やはり戦争のイメージを持つことが大事だと言われた。そしてユラ先生のイメージでは、この第4楽章では戦争を知らない少年が戦争に参加し、徐々に戦争の恐ろしさを知っていくというようなイメージがあると言われた。はじめの方に出てくる明るい部分は、少年は「ピーターと狼」のピーターのように、戦争がどういうものかをまだ知らないから楽しいが、徐々に戦争とはどういうものかを知り、段々と苦悩(とまどい等)していくというイメージだと言われた。更に激しい戦争を表現していると考えるところは、「カラシニコフ(銃)を撃つイメージで」と言われ、腕の使い方や効果的な指番号など教えてもらった。冒頭の部分などはまだ戦争は遠くで行われているため、出来るだけ小さく弾くと良いと言われた。

そして全体を通しては、「速い曲だが自分の中に指揮者が一人いる様なイメージで弾くことを忘れずに」と言われた。どんなに良い楽団があっても指揮者が上手くまとめないと良い音楽にはならないとも言われた。

ユラ先生はとてもユニークで、レッスンでは多くの良い刺激を受けることが出来た。良い演奏につながるため、帰国したらベートーヴェンの全てのオーケストラのスコアを見ながら楽器ごとに聴くことを薦められたので是非聴きたいと思う。

研修中の生活

寮について

ユラ先生と
ユラ先生と

講習会中は大学が用意した学生寮の中のひとつの「シュロス・フローンブルグ学生寮」に宿泊した。最寄りのバス停は25番バスの「Kleingmein」で、モーツァルテウム音楽院の最寄りのバス停「Mirabellplatz」から15分程のところにあり、さらにバス停から10分程歩いたところに学生寮があった。他の学生寮に比べると少し遠く感じた。

学生寮の外観はとても雰囲気のある建物で、学生寮付近は自然が多く山などが見え素晴らしい景色だった。この学生寮には練習室があり、グランドピアノが2台の部屋が1部屋、グランドピアノが1台の部屋が10部屋程あり、部屋が空いていれば練習することができた。共同キッチンだけは清潔とは言い難かったが、それを除けばとても快適に過ごすことができた。

研修中の生活について

大学の練習室は音響もよく、ピアノはベーゼンドルファーやスタインウェイで、とても快適に練習することができた。

レッスン以外の時間は他の受講生の聴講や、講習会期間中大学で行われていたコンサートやザルツブルク音楽祭等含めた学外のコンサートの聴視、観光等をして過ごした。特に教会で行われた六つのオルガンのコンサートの音色の響きはとても印象深く、ミサに参加するなどとても貴重な体験になった。

残念ながら私が参加した期間は雨の日が多く、気温も寒い日が多かったが、晴れた日はとても過ごしやすい気候であった。ザルツブルクの街はそれほど大きくなく、徒歩で様々な場所をまわることができた。街全体が歴史を感じさせるような建物が多く、音楽があふれており、とても有意義な生活をおくることができた。

研修を終えて

私は講習会に参加したことも、海外に行った経験もなかったので行く前は不安が多かったが、多くの支えもあり、とても充実した研修生活を送ることができた。講習会で同じように音楽を学ぶ仲間たちからもたくさんの刺激を受けた。特に印象に残っているのは演奏中に間違えて演奏が止まっても、音楽が続いていると感じられるような素晴らしい演奏に出会ったことだ。練習していると間違いやミスタッチに気をとられやすいが、素晴らしい音楽、人が感動するような音楽とはそれだけでは計ることの出来ないものだと改めて考えさせられた。

そして海外での生活、レッスン等を通じて自分の意見を持つこと、そして伝えることの大切さについても痛感した。

この研修では自分の音楽について考え直すきっかけとなったのは勿論、ほかの意味でもとても充実したものになった。

最後にこのような有意義な機会を与えてくださった大学関係者の皆様、学生支援課の皆様、日頃から熱心にご指導頂いている近藤伸子先生に心より感謝しております。今回得た様々なことを生かしてより一層精進していきたいと思います。本当にありがとうございました。

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