サレルノ夏期国際音楽講習会
島田 優理子 4年 演奏学科 声楽専修
研修概要
研修機関:サレルノ夏期国際音楽講習会(Corsi internazionali di perfezionamento musicale)
研修期間:2014年8月18日〜8月24日
担当講師:葉玉 洋子教授
研修目的
- 歌唱技術の向上、発声時の体の使い方の把握。
- 違った視点での指導を受け、新たな観点から自分の歌をより深化させる。
- 精神的なステップアップ、イタリア現地の生活に触れて国民性の見地からベルカント・オペラをはじめとするイタリア作品への理解を深める。
研修内容
研修先について
ナポリ近郊、中世の街並みを色濃く残すカーヴァ・デ・ティッレーニという街で開催される。
年齢制限なしで開講されるコースは幅広く、声楽、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ギター、トランペットのほか、珍しいところではアコーディオンやマンドリンなど。
教授陣には、ローマ・サンタチェチリア音楽院声楽科教授を務めるベルカント唱法の葉玉洋子、1980年のパガニーニ国際コンクールで第3位に入賞し、超絶技巧作品を得意とするヴァイオリニスト、ソニグ・チェケリアン、チェロ界のヴィルトゥオーゾ、アンドレア・ノフェリーニ、イモラ国際ピアノアカデミー教授レオニード・マルガリウス、DeccaからCDを出すギタリスト、エドアルド・カテマリオなど、主にイタリアやヨーロッパを中心に第一線で活躍する演奏家たちが顔を揃える。
コース期間は一週間で、レッスン最終日には修了コンサートが開催される。
講習会はドン・ボスコ校という小学校を借りて行われ、各教室の中にグランドピアノを入れてのレッスンだった。私はドン・ボスコ校の道を挟んで隣にあるホテル・ヴィクトリアに宿泊し、行き来は1〜2分だったため、昼休みにはホテルに戻って休憩することも多かった。スーパーマーケット、バール、コピー屋も近く、水や軽食の購入、楽譜のコピーなどもスムーズに行うことができた。町ぐるみの講習会といった趣で、受講生はホテルの料金が割り引かれ、会場で購入できるチケットと引き換えに通りのレストランとビュッフェでも通常より安く食事ができる仕組みだった。
時間は毎日朝8時半〜13時半、16時〜20時。今年の葉玉クラス受講者は全9名で、1人20〜30分程度のレッスンをローテーションしていき、他の受講生がレッスンを受けている時は聴講するという形だった。レッスンは午前と午後に2回〜3回ずつ順番が回ってきて、朝と午後の最初のレッスンでは発声を、その他の時間には曲を見ていただくという大変充実した内容だった。
また葉玉教授の旦那様で元テノール歌手のクラウディオ先生が教室に見えた際にはディクションの指導を受けたほか、男性陣は発声や表現についてのコメントをもらう時もあった。
日本人5名、中国人4名というアジア人のみのクラスだったが、全員が理解できる言語がイタリア語、伴奏をしてくださるピアニスト2名もイタリア人だったことからレッスンは全てイタリア語で行われた。聴講している間に、先生のコメントの中で分からない単語があった時には辞書を引いて書きとめ、また自分のレッスンを録音してホテルで聞き返し、その時理解したつもりでも単語を調べなおす事で改めて発見することもままあった。
また、中国人受講生のうち3人は中国の音大で声楽を教えている方達だったため技術のレベルも高く、多くの刺激を受けた。
発声法について
女声は一点ロ音(男性はロ音)が発声の切り替え点である。
一点イ音までの低い音ほど上の空間を意識し、一点ロ音以降はアペルトで喉を開け、あくびのように
(発声練習1)
半音ずつ上行し、変イ音(As音)まで同様にした後下行。
- 常に息が流れていることを意識する。
- 口先で発音をせず、頭の後ろから声を出すイメージ。
(発声練習2)
半音ずつハ音(C音)まで上行。
- 常にレガートで、音の切り替えで息の方向が変化しないように行う。(ma-ha-haのような歌い方にならない。)
- 発声練習1と同様に、まっすぐ吐きだした息の上で音程のみが変わる。
- 下行する際にイメージは上にのぼっていく。
- 最後のフェルマータ、一番低い音でも息が上へとのぼるイメージを持つ。
(発声練習3)
1フレーズを半音ずつ上行し、開始音変ロ音(B♭音)まで同様にした後、開始音一点ハ音まで下行。
一点イ音までは「me」、一点ロ音以降は「o」の発音で伸ばす。(「m」の発音は「v」でもよい)
- 伸ばす音の「o」はmolto dolce、あくびをするような感覚で、後ろの空間を意識する。クレッシェンドしてもよい。
- 上行するにつれ喉を開けていき、イメージは下におりていく。
- 発声練習2と同様、下行する時にイメージは上にのぼっていく。
- 開始音、最初のアタックは音の高低に関わらずいつも額から声を出すイメージを持つ。
(発声練習4)
1 フレーズを半音ずつ上行。上行時、一点ロ音を境に発音が「o」に変化。練習方法は3パターン。
- 上記譜表4のフェルマータでは伸ばさず、レガートで
- 譜表4のフェルマータで伸ばし、かつその間クレッシェンドする
- スタッカートで歌い、最後の音のみ伸ばす
- 下行形を歌う際は(発声練習に限らずどのよpうな曲においても)ディミニエンドする。
- この発声練習の場合、最後の伸ばしは必ずpで終わる。
- 下行形ではリタルダンドしてもよい(2番)。
- 力まず、体を柔らかくすることで高音が出る。
- 特に3番のスタッカートで歌う際、フェルマータの高音では腹筋を使う。足を踏み込む(体を下におろす)イメージで。勢いをつけてレバーを下に引くように。
- 高い音は(イメージが)下におりるだけ。
- 重心や顎が上がらず、高い音になるほど喉を開けて下におろす勇気を持つ。
- 体は常にリラックスしている。
(発声練習5)
スケール。1フレーズを半音ずつ上行する。高音域は半音階のスケールで練習する。一点ロ音を境に発音が「o」に変化。
- 発声練習4と同様、下行形でディミニエンドし最後の伸ばしはpで終わる。息に音程が乗っており、響きは高音よりも上にあるイメージ。
- 上行するにつれて発音が「a」に近くなってもよい。
- 半音階では、グリッサンドのようにならず音程は正確に、かつレガートに聞こえるように息の方向に注意する。
イタリア語の発音について
- ディクションをする際に言葉をのみこまないよう、語尾の母音を強調するイメージをもって発音する。
- 発声練習と同様、息の上に言葉を乗せる。
- 額から声を出す感覚で、裏声に近い場所で発語する。
その他・総じてどの曲にも共通する注意点
- 作った声を出さない(先生や歌手などの声を真似しない)。自分の元々持っている自然の声、ディクションと同じ声で歌う。
- 常に息が直線に流れ、その息の上で歌う。
- 全てレガートで歌えるようになった後、音の強弱に注視する。
- fで歌いすぎない。高音はまずpで歌う。押し出すfではなく広がりのあるpであれば劇場でも聞こえる。
- 上行形は自然とテンポが上がり、クレッシェンドになるが、上行した到着点ではpになるよう意識をする。
- 高い音は、喉を開け、肩から背中をリラックスさせる。「高い音を出している」と思わず勇気をもって迷いなくイメージを下におろす。
- 低い音ほど上の空間に音が漂っており、息が流れるよう意識する。
- 音の高低に関わらず、額から声を出すイメージでアタックの音を出し、常に息の流れを感じて音の辿りつく方向に集中する。
レッスンを受けた曲についての詳細、また個人的に受けた指導
プッチーニ作曲、オペラ『ジャンニ・スキッキ』より“O mio babbino caro”を歌った時には、「O、mio、bab、binoと全部切れているように聞こえる。レガートに歌うことができて初めて、強弱にも注意を向けることができる」という注意を受けた。日本でも、自分がレガートで歌っているつもりでもぶつ切りに聞こえるという指摘をされたことがあったため、これが自分の一番の課題であるように感じた。次の日の発声でレガートに細心の注意をはらって歌ったが、母音によって響きがバラバラになると途切れているように聞こえる、発音は口で言わずいつも同じ場所で、と指導していただいた。発声練習の時にいいポジションであたると先生が「そこ!」と言ってくださり、その時には前の歌い方とどう変えることができたのかちゃんと理解できない事があったが、何度も練習し録音を聞き返しているうちに以前よりもレガートで歌うということがどのような事か把握することが出来た。
ドニゼッティ作曲、オペラ『連隊の娘』より“Convien partir”を歌ったときには「pで、息の流れの上で歌って」とのご指摘を受けた。集中しているつもりでも、発音や他の方に注意が逸れてしまいそうになpると先生が手振りを交えて常に息が一直線に流れるように気づかせてくれた。高い音をpで歌うことが苦手で、今まで押し出しているような感じがあったが、「リラックスして、腹筋には力をこめて弾むような勢いで出せば、あとは息にのせるだけ」という指導を受けるうちにだんだん掴めてきた感覚があり、先生にも「2回目に歌ったらとても良くなった」と言っていただいた。
また“addio!”と歌う場面では「もっと涙まじりに、表現を声に乗せて」、最後の“per pietà...per pietà”というところはmolto legatoでディミニエンドしていくと良いとのことだった。
ドニゼッティ作曲、オペラ『リタ』より“この美しく清潔な宿よ”を歌った時には、今まで疑問に思っていた箇所について「なぜ彼女(リタ)は“ah!”と言うのですか?彼女は宿の客にキスをされそうになった事に対して怒って、あるいは怒ったふりをして声を上げたのですか?」と尋ねたところ、「彼女は自分の暮らしの全てに満足しているから、Io sono io、自分が自分であるということと、自分がルールそのものであるということの喜びで歓声をあげている」とおっしゃっていた。この台詞には音価がないためどのトーンで言えばよいのかいつも迷い、解釈のしづらい場面であったため初めて納得できた。
また、一点Hでtrした後にFisまで跳ね上げる箇所については、Fisではなく一オクターブ上のHまで上げた方が良い、trも最後のHも笑い声のように歌うと良いとのアドバイスをいただいた。
一点ロ音が発声の切り替え点である、というオクターブの解釈を今まで考えたことがなかったためとても新鮮に感じ、また基準となる音が出来たことで非常に歌いやすくなった。
毎日レッスンしていただいていると、前日には褒めていただいたはずの箇所で注意を受けることもあり、体で覚えきれていない点について未熟さを感じたが、「上の方の音域の出し方がちゃんと分かったね」「感覚が掴めてきたね」と言っていただけた箇所も多く、励みになった。上記以外の歌曲やアリアもいくつか見ていただき、発声のところで記した注意点について繰り返し指導を受けた。
ディクションのご指導を受けた際には「Brava!」と言っていただき「そのポジションで落とさずに歌えばどんなメロディーでも言葉がはっきり聞こえる」と言われ、歌ってみると非常に発声もしやすくなっており、また言葉が明確になっていることに自分でも驚いた。
修了コンサート
修了コンサートはレッスン6日目の19時から、町の端にある教会で行われた。前日スーパーマーケットで買い物をしていた際、町の人に「講習会に来ているんだよね、発表会はどこでやるの?」と尋ねられ「明日の19時、教会で」と答えると「どこの教会?○○?□□?この辺りには教会が沢山あるから」と言われ、確かにそうなのだが当日まで教会の場所も名前も知らなかったので困った。
コンサートでは〈リタ〉を歌い、歌い終わると暖かい拍手をいただき客席で聞いていた先生もBene、とやってくださった。少し緊張したが注意された点には特に集中でき、楽しみながら歌えて納得のいく演奏ができた。コース生やピアニスト、お客様から個人的に「素晴らしかった」と言っていただけたのも嬉しかった。7日間毎日一緒にレッスンを受けていたコース生の歌を聴いていると先生のご指導でますます素敵になっていて涙が出てしまった。
最後にコース生全員でヴェルディ作曲『椿姫』より“乾杯の歌”を歌い、お客様が喜んで聞いてくださったのが幸せだった。
研修中の生活について
町の人々はとても暖かい方ばかりだった。これは講習会を終えて他の都市に行った際にも感じたが、特にサレルノでは色々な方に親切にしていただき、皆フレンドリーだった。日中、町は閑散としており、ジェラテリアですら閉まっていたが、昼食を食べに行ったビュッフェのオーナーに尋ねてみると、「夏は暑いので日中住民は皆寝ており、客がいないので店は閉まっている。店が閉まっているので住民も外には出てこない」とのことでおかしかった。快晴が続いたが湿度は低く過ごしやすかった。
一転して夜になると通りは人で溢れていた。全ての店が開き、レストランのテーブルやソファーの数々が歩行者天国になっている道にまでせり出して賑わっていた。日付が変わるような時刻でも小さな子供が外を走っていたり、至る所で音楽が奏でられていたりと、南イタリアでは往々にしてこのような習慣なのかと思ったが葉玉先生によるとこの町は中でも特殊であるとのことだった。教会での結婚式に遭遇したり、花火を見ることができたりと貴重な体験もあり、なにより町の雰囲気が昼も夜も魅力的で大好きだった。
滞在中は沢山の人に話しかけられ、イタリア語の力も必然的に上達したように感じる。英語には自信があったため、ホテルでは多くの要望を英語で伝えていたが、外に出れば店でもイタリア語を使った。講習会期間の後半の夜は、ドン・ボスコ校の前の道でビール祭りが4日間開催されており、修了コンサートの後にコース生でそこに行ってみると、最終的に現地の学生たち10人ほどと長い時間喋って、以前からの友人であったかのように盛り上がることになった。頭では理解していても日本ではすぐに思い浮かばなかった簡単な語句のいくつかも、口をついて出るようになり非常に良い経験だった。
声楽コース以外の受講生たちと話す機会もあり、この講習会を知ったきっかけやこれからの進路など、様々な事を聞くことができた。ピアニストの二人にも良くしていただき、レッスン中歌い終わると「Brava!」と言ってもらえたり、先生の注意をうまく活かせない時に励ましてもらえたりと心の支えになった。ピアニストのうち一人は音楽院でピアノを学んだあと現在はドイツでエンジニアとして働いており、夏の期間は講習会のピアニストをしに来ていると聞き、音楽への関わり方には色々なアプローチの仕方があるのだと感じた。
研修を終えて
有意義で充実したレッスンを受け、得たものが非常に多いためにあっという間の研修だった。
自分の歌唱技術、語学力の未熟さを痛感し、辛く感じた時もあったが、だからこそ学べたこと、これから学ぶべきことが明確に見えるようになり、ますます音楽というものに魅力を感じた。
初めてヨーロッパで勉強したことで、小さなことでくじけず更なるステップアップの糧とする精神力と、日本人の傾向に即して遠慮がちになるのではなく、自分が歌いたいという意思をはっきりと表す積極性も以前より身についたのではないかと思う。
ヨーロッパの人々と同じ舞台でプリマとして何度となく歌ってこられた葉玉先生に指導していただくなかで、マエストラの音楽に対する熱意と芯の強さを間近で見ることができたのも自分にとって大きな意味があると感じた。
一週間のレッスンで全ての欠点を克服するということは当然不可能で、これからまた新たに躓く問題も発生するだろう。しかしながら、今回の研修で教えていただいたことを改めて一つ一つ噛み砕き、しっかりと自分のものにしていく努力を怠らないことで、これからも着実に精進していけたらと思う。
最後に、国内外研修奨学生としてこのような素晴らしい機会を与えてくださいました大学関係者の皆様、親身に相談にのってくださった学生支援課の皆様、いつも暖かくご指導くださる小川哲生先生、諸手続きの際サポートしてくださったアルダ・ナンニーニ先生はじめ語学のご指導をいただきました先生方、ご尽力いただいた全ての皆様に心より感謝申し上げます。本当にどうもありがとうございました。