国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー

栗田 桃子 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2014年7月28日〜8月9日
担当講師:ディーナ・ヨッフェ教授
アシスタント講師 ダニエル・ヴァイマン

研修目的

私は自らの音楽性に対する自信が無く、今後演奏活動や指導を行うことを目指している身として、今回の研修を通して自身の拙い実力を思い知ろうと考えていた。

自分の演奏の欠点は分かりきっているつもりだが、西洋音楽が実際に生み出された場所で西洋文化に触れ、そこで音楽に触れることでしか得られないものや、他人の作り出す音楽に揉まれること、世界的ピアニストである教授に教えを乞うことで、自分の演奏に対する更に足りない面が見え、新しい発見があると思った。そしてそれを知ることによって冷静に自分を見つめ、自分が今後どうしていくかという将来の方針を定めていきたいと考えた。

研修内容

各自、自分の担当の先生につき、自分の先生は勿論、他の先生のレッスンも自由に聴講ができた。各クラスから推薦された生徒はアカデミーコンサートに出演ができたが、先生によってその推薦の条件も様々のようだった。そのアカデミーコンサートや、先生方のコンサートはチケットを買うことができ、私は通し券を買ったため、そこでも刺激を受けた。大抵のクラスには講習会の終わりにクラスコンサートがあり、公開されていた。練習室のピアノはスタインウェイかベーゼンドルファーが多く、割高であったがスタインウェイでの練習は嬉しく、空いていればどこでも使ってよかったため、5時間は優に練習時間を取ることができた。

私は幼い頃から憧れていた、世界的ピアニスト、ディーナ・ヨッフェ教授に習うことができた。オーディションが厳しい先生として知られているが、今年は先生がお弟子さんを連れてきていなかったこと、応募者が20名に達さなかったことからオーディションは無く、全員レッスンを受けられることになった。ヨッフェクラスは18名、その内6名が日本人だった。また、アシスタントとしてヨッフェ先生の御子息であるダニエル・ヴァイマンのレッスンも受けられた。ヨッフェ先生が3回、ダニエル先生が2回、合わせて5回のレッスンを受けた。一週目にレッスンが集中し、交互に三日連続でレッスンがあることもあった。

最初に英語で話すかドイツ語で話すか聞かれ、英語を選択したが、ヨッフェ先生はドイツ語になるとなめらかに沢山お話しなさるので、自分の勉強不足が悔しく、歯痒く感じた。しかしながら英語も簡単な英語で聞き取りやすいように話してくださり、思っていたより支障を感じることはなかった。

ヨッフェ先生のレッスンもダニエル先生のレッスンも楽譜にとても忠実、厳格で、楽譜からの音楽の読み取り方を主に学ぶこととなった。ダニエル先生には特にリズムや楽譜の記号、テンポの設定を細かく指摘され、自分の読譜の甘さ、音楽作りへの視点の甘さを痛感した。ヨッフェ先生のレッスンは、その音楽が一体どう在るべきなのか、そしてそれならばどう作っていくべきなのか、という観点から見たレッスンで、テンポを決して揺らさないのにも関わらず音楽が自然に流れていく様は圧巻だった。

ヨッフェクラスのクラスコンサートは、出演できる生徒が11名で、私も出演することができ、ほっとした。年上の方が多く、沢山の人の演奏を聴き比べることで沢山の刺激を受けた。

一回目のレッスン

指導:ダニエル・ヴァイマン
曲目:ハイドン ピアノソナタ第60番

ハイドンのソナタを見てもらった。一回通した後、楽譜を開こうとすると見ないでと言われ最初の表現記号が何かと問われた。Alleglloと答えると、正解だけど、あなたの演奏は果たしてこの表記に合っているだろうか?と先生は言った。続けて、どうやってテンポを設定したのか問われた。最初はもっと遅いテンポだったのだが、ピアニスト、ランランの録音を聴きイメージに合っていたので参考にしたと答えると、先生はランランはなんでもショパンのように弾くとおっしゃって、ロマンティックなハイドンを弾くランランの真似をして見せた。先生は、奇抜な演奏をするのではなく、楽譜を忠実に再現することが大切だと滔々と語り、楽譜に書いてあることをすべて見逃さず演奏に生かすようにとおっしゃった。

例えば、ハイドンのソナタには一つのフレーズに細かなスラーが幾つも表記されている。ひとつのフレーズにまとまりをもって演奏することも大切だが、そこに細かなスラーが書かれていることを忘れてはいけない。フレーズのまとまりはそのままに、しかし、細かなスラーのディテールを出さなければいけない、と注意をされた。
そこからはスラーが切れている部分の細かなブレスをどう入れるかを教わった。また、魅力ある演奏にしようと、フォルテが大袈裟だったり歌い方をしつこくしたり一回目と二回目のテーマの歌い方を変えたりしていたが、余計なことはしなくていいと言われた。「ハイドンがそんなことを書いているだろうか?」と聞かれ、個性的で魅力のある演奏を目指していたが、演奏の方向性を間違えていたと気づくことができた。

二回目のレッスン

指導:ディーナ・ヨッフェ
曲目:ラヴェル作曲 ラ・ヴァルス

一番弾ききれていないと思っていた曲だったが、どうしてもヨッフェ先生に指導してもらい、何か取っ掛かりを見つけたく、見てもらった。

一回通すと、緊張してテンポが上がったこともあり、終わりに向かう盛り上がりでさらにテンポが上がり弾き終わった時には息が上がっていた。

ヨッフェ先生はくすりと笑って私の呼吸を真似して笑った後、あなたがこんなに疲れてしまうのはゆっくりさらっていないからだと指摘した。大学でついている先生にも毎週のように言われていることを指摘され大きなショックを受けたことは言うまでもない。先生は、例えば、と言いながら左のあるパッセージを取り出した。

このパッセージはただの音階のアルペジオが素になっている。指使いを変えなさい。ハノンの指使いにすれば粒が揃うはずだ。このように、楽譜を見逃して指を流している箇所がいくつもある。と他の箇所も指摘された。

そのあとは件のアルペジオのパッセージの場面に移り、この指使いで弾くようにとの指示や、まだ粒が揃っていないと何度もやり直しをさせられた。

そのうちに時間が来てしまい、レッスンは終わった。

三回目のレッスン

指導:ダニエル・ヴァイマン
曲目:ハイドン作曲 ピアノソナタ 2楽章 3楽章

一回目のレッスンで1楽章を詳しく見てもらったので2楽章、3楽章を見てもらった。今までどんな練習をしたかと聞かれ、テンポが速すぎると言われたため、メトロノームでゆっくりなテンポで練習したと言うと「ノンノンノンノンノン......」。メトロノームで練習は良くない。とダニエル先生は言った。自分で拍を数えて練習したことはあるか。小さい頃はあっただろう。多くの人は成長するとその練習をやめてしまう。

しかしこの練習は非常にいい練習方法で今も続けるべきだ。メトロノームで拍を数えるよりも自分でどこの拍のタイミングで音が入ってくるのか、どこに拍としての意味があるのかが即座に理解できる。自分で拍を意識して演奏することは大切なことだ。

そして延々と拍を数えながら練習し、ここは拍によってここには大きなアクセントをつけるべき、もしくはそこにはつけるべきではない、などの指導を受けた。
そして最初に戻り、最初から、雰囲気や全体の注意をされた。

最初のpppはもっと小さく微かに震えて、波打たないで。トレモロは流れるように、アクセントを最初に付けないで。左はずっとワルツの三拍子を刻み、流れを作ること。盛り上がりからのdecrescendoの仕方と、序奏の後のテーマの提示のつなぎのうねり、そしてそのまま勢いを失わないまま再提示に向かうためにここでブレスをしないように、などの指示であった。

四回目のレッスン

指導:ディーナ・ヨッフェ
曲目:ハイドン作曲 ピアノソナタ第60番

引き続き、ラ・ヴァルスを見てもらおうと思ったが、他の曲を聴かせてほしいと言われた。

ダニエル先生のレッスンを受けているため、ハイドンはヨッフェ先生には聞いてもらわない予定だったが、急遽聞いてもらえるものがハイドンしかなく、聴いていただいた。演奏が終わると驚くことにヨッフェ先生は何度も褒めてくださった。ラ・ヴァルスの時とは大違いだと言われ複雑であったが、憧れのピアニストからのお褒めの言葉はとても嬉しかった。

そして少しだけ注意することがあると言われた。

1楽章はフォルテがきつすぎる。ハイドンにはそんな強いフォルテは必要ない。もっと温かい響きで、そう例えば太ったおじさんみたいに。また、ダニエル先生と同じことを注意された。スラーで繋がってない箇所にほんの少しの隙間を作るべきだ。第二主題の左のトレモロの粒揃えの注意もされた。また、全体的にもっとシンプルに、やたらとペダルを使わぬようにとの注意も受けた。2楽章は、わざとらしく歌いすぎて間延びしていることの注意だった。それによってテンポが揺れていることの指摘。あなたは大きな絵の細かいところばかりを見ていて全体像が見えていないようだ、と言われ、フレーズを細かくみすぎているのではないか、もっと長くフレーズを捉えなさいとおっしゃり、全体の構造を丁寧に整理してくださった。また、2楽章も細かなスラーのニュアンスをもっと出すようにと言われた。

3楽章は細かなスラーのニュアンスをもっと付けることと言われた。

1楽章と3楽章は良い、しかし2楽章は少し間延びしすぎている。と全体の講評を最後になさり、また、クラスコンサートではこの曲を弾くことになるだろうとおっしゃり、次はまた違う曲を見せてくれと言われた。

五回目のレッスン

クラスコンサートの後、ヨッフェ先生と
クラスコンサートの後、ヨッフェ先生と

指導:ディーナ・ヨッフェ
曲目:ラヴェル作曲 古風なメヌエット

一回通したあと、CDを聴いて、ピアニストの演奏を真似て取り入れるのではなく、自分の目で楽譜を読み自分の耳で音を作らなければならないとの注意をされた。また、この曲が、ラヴェルが作ったことと共に、「古風な」メヌエットであるということを忘れてはいけない、テンポが早すぎてはいけないとおっしゃった。

細かい注意として、スタッカートが書かれていないのに音を切ってはいけない、古風、ということを意識し、歌いすぎてはいけない、など楽譜に書いてあることを何ひとつ見逃さないようにと指示された。

すべての声部を聴き、バッハのようにバランスを調整するように言われ、先生はこんな例え話をなさった。

ハンバーガーは美味しくないでしょう?機械によっていろんな材料をただ乗せて挟む。比べて日本のお寿司はどう?職人さんがご飯も注意深く握り、そっと美味しいネタを乗せる。大切なのはバランスと丁寧さである。あなたの今のメロディー、内声、バスのバランスはまるでファストフードのようだ......。

大変初歩的な注意をヨッフェ先生にさせてしまったことが申し訳なく情けなかった。それでも最後にありがとうございました、と言い、握手を求めると笑顔で応じてくださった。

クラスコンサートについて

始まる30分ほど前にヨッフェ先生に会い、レッスン室で練習する許可をもらい、練習の後、笑顔で「トイトイ!」と声をかけられ肩を叩かれた。友達に後で聞くと、ロシア語で、励ましの言葉だとのことだった。

私はハイドンの2、3楽章を弾いた。観客の人数も少なくなく、緊張したが、楽しんで弾くことができた。2楽章は中々流れがつかめてなかったのだが、細かなスラーを意識したためか響きを愉しみながら音楽を作ることができた。弾き終わった瞬間に拍手が上がり、久しぶりに味わう感覚に痺れ、更なる研鑽を積もうと決意を新たにした。

演奏が終わると、先生がディプロマを手渡ししてくださるのだが、先生が駆け寄り、小声でとても良かった、と伝えてくださった。

最後の講評の時も、今までで一番良かったとの言葉をもらい、これまでの頑張りが少しでも認められたようで、心から嬉しかった。

研修を終えて

他の受講者の演奏に触れたり、レッスンで課題を提示されることによって自分への情けなさや悔しさを普段の生活よりさらにたくさん味わった。今回の受講では自分の演奏、練習法、楽譜との向き合い方についての課題を見つけ、これからその改善に努めるつもりである。

また、実際に作曲家が生きた場所や大きな美術館、自然、歴史ある建造物に赴くことができ、より西洋音楽を身近に感じることができたのは大きな収穫である。
そして、音楽漬けの生活の中で、やはり私は音楽が好きで一生の中の出来るだけ多くの時間を音楽に費やしたいと思い、そのための努力は惜しまないことを決意した。

沢山の色々な思いを忘れずにこれからも勉強していきたい。

学校の支援が無ければ、達成することができませんでした。学生支援課の皆様、及び関係者の皆様、ご支援をありがとうございました。試験の時に親身になってくださった末松先生、弱気だった私を激励し、具体的なアドバイスをくださった宮谷先生、そして講習会に間に合うのかと気を揉みながらも見守り応援してくださった恩師、草野明子先生に感謝します。

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