国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー

小笠原 華子 4 年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2014年8月11日〜8月23日
担当教師:アンドレアス・ウェーバー教授

研修目的

一つ目は、西洋音楽の原点であるヨーロッパの雰囲気を肌で感じたい、という思いである。日本人には日本人のアイデンティティがあるように、ドイツ人やオーストリア人には彼らのアイデンティティがあるはずである。それは実際に現地に赴き、人々の様子を目の当たりにしてこそ理解し得るものだと思った。街並みや歴史的建造物、食べ物や風習、音楽の表現の仕方や解釈の仕方など多くの事を感じ学び取り音楽に生かしたいと思い、オーストリアでの研修を希望した。

二つ目は、自分の殻を破りたいと考えたことである。海外研修は様々な国の人々と出会い、多様な音楽性や考えに接することができる貴重な場である。新たな刺激は、音楽の学びを深めていく大きなエネルギーになるだろうと考えた。

三つ目は、自分自身の音楽を見つめ直したいと考えたからである。新たな先生の指導の下、今まで自分が学んできたことも含め一つ一つ吟味し、消化しながらレッスンを受けていくことは、私自身の音楽を確立していく上で大きな助けになるはずである。また、沢山のレッスンを聴講し、色々な演奏に出会う中で、新たな自分の考えにたどり着くかもしれないと思った。2週間、ヨーロッパで音楽と誠実に向き合い、じっくりと考えることで、自分自身の力で音楽をより深く考えていくことのできる力をつけていきたいと考えた。

研修内容

ウェーバー先生のクラスは初めにオーディションがあり、名前が呼ばれた順に、用意しておいた曲を1〜2分ずつ弾いていった。集まっていたのは約20名の受講生たち。日本人が一番多く、他にもアジア系からドイツ人、イタリア人まで様々だった。私はブラームスの6つの小品の1曲目を弾いた。結果、ウェーバー先生は全員を取ってくださることになった。2日に1回のレッスンで各45分ずつ、2週間で計6回のレッスンに決まった。

ちなみに先生の母語はドイツ語であるが、英語が大変堪能でいらっしゃったので、打ち合わせやレッスンは英語により行われた。先生の英語はとてもわかりやすく、言葉で困ることはなかった。また、レッスンの内容においても、ウェーバー先生はとても丁寧に細部にいたるまでレッスンをしてくださり、且つ、とても分かりやすく表現してくださったので、理解しやすかった。

レッスン1, 2, 3回目

オーディションで弾いた、ブラームスの6つの小品Op.118から最初の3曲を見て頂いた。1曲目で先生にまず注意をされたのが声部の弾き分けだった。これは全てのレッスンを通して一貫しておっしゃっていたことだが、上声部の音を豊かに鳴らすように、特に小指の音が薄くならないようにと注意された。先生の鳴らす音は輝いて聴こえ、とても充実感のある音だった。このような音が出せるように研究していきたいと強く思った。また情熱をもって弾くことが大切だとおっしゃっていた。息遣いやフレーズ、重厚な響き、勢い、これらが合わさってこそ曲が生きてくると分かった。他にもアーティキュレーション、和声感等、たくさんの事を教えて頂いた。

2曲目のインテルメッツォは旋律の歌わせ方を教えて頂いた。特に印象に残っているのが、「そこに木があるとする。葉っぱがきらめいたり、風がざわついたりするのはもちろん良いが、木の幹がぐらついてはいけない」という言葉だった。私は日頃から歌いこんでしまう節があり、テンポが崩れてしまっていたが、先生の言葉を聞いて心にしっくりときた。メロディーラインをとにかく豊かな響きで、そして色彩のある音色で、そしてフレーズ感をしっかりともって弾くことで、過度なルバートをせずとも表情豊かな演奏になると教えて頂いた。ピアニッシモや、やさしい音色の中でも芯がしっかりとした響きの豊かな音色を出すのは私にとってとても難しかったが、地道に練習していこうと思った。

3曲目のバラードは右手と左手のバランス、和音のバランスを中心に注意された。ここでもいかに上声部をクリアに弾くかが最も大切で、指使いを直すところから丁寧に教えて頂いた。また、中間部との二面性をもっとはっきりと表現すると良いとおっしゃっていた。中間部は、和声の美しい色彩をやさしい音色で表現することを教えて頂いた。右手、左手、または声部で分解して弾き、丁寧にレッスンしてくださったので、とてもよく理解できた。一つ一つ改善し、それが積み重なることで全体がぐっと良くなるという過程がはっきりと感じられ、ピアノの指導法についても大変勉強になった。将来ピアノを教えるときにはウェーバー先生のように丁寧に教えることのできる先生になりたいと思った。

レッスン4, 5, 6回目

ベートーヴェンのOp.109のソナタを見て頂いた。1楽章はデリケートに、決して直接的な音にならないように、よくコントロールしてタッチすること、またテンポが揺れないよう、自分で指揮をしているかのように弾くことが大切だとおっしゃった。先生の出す音はピアノもフォルテもタッチが絶妙な加減で、それを私が再現するのは大変だった。先生と私は体格も手の大きさも全く違うので、自分の耳でよく聴いて一音一音丁寧にタッチの仕方を考えていかねばならないと思った。

2楽章は、まず一音一音をもっとはっきりと弾くようにと言われた。ペダルの使い方や、指使いを変えたりした。先生の指使いで弾いてみると格段に弾きやすく、発音がよくなる所が多々あり、目から鱗だった。指使いの研究が足りないなと反省した。

3楽章は冒頭に一番時間をかけ、静かに、バランスよく、音価をしっかりと表現する弾き方を教わった。まるでヘンデルやバッハのコラールのように弾くようにとおっしゃった。シンプルな中でのエスプレッシーヴォの表現の仕方が大変勉強になった。全ての変奏を通じて、テーマの音を絶対に忘れず、根底で支えて弾くことに注意することで、統一感や、安定感が出た。

また、このOp.109のソナタについて、ベートーヴェンの事についても話してくださった。初期や中期の作品と違い独特な作品であること、二面性をもつ曲であること、詩的な曲であることなどを説明してくださった。ベートーヴェンはメゾフォルテが好きではなくほとんど使わなかったこと、代わりメッツァヴォーチェが使われていることなど、とても興味深かった。さらにツェルニーの書いた本(レッスン帳)を読んでくださり、ツェルニーのアドヴァイスや、テンポの指示(各楽章、終楽章は各変奏それぞれの)も参考として示してくださった。ツェルニーの言葉で最も印象深かったのは、「アパッショナートに、かつメランコリックに」という言葉だった。一見両立しなさそうな二つの言葉だが、先生はこの言葉が大変興味深く、かつ大切であるとおっしゃっていた。特に2楽章において、ふとした瞬間に陰りや重さを帯びる音を指し、「これがメランコリックカラーだ」とおっしゃっていた。私は何となくでしかメランコリックという感覚が分からなかったので、これからもしっかりと勉強を続けて、より深いところまで自分で理解できるようにしていきたいと思った。

試演会とクラスコンサート

ウェーバー先生のクラスではレッスンとは別に、2回の試演会とクラスコンサートがあった。試演会はクラスを約半分ずつに分け、2回とも1週目に行われた。レッスン室でたくさんの人数が集まっての試演会だったので、オーディションの時と同じくとても緊張したが、人前で弾くよい練習となった。レッスンでアドヴァイスしていただいたことを整理し、次のレッスンへ向けて改善すべきところを確認でき、大変勉強になった。

クラスコンサートは最終日の前日の22日に、少し小さめのスタジオで行われた。受講生たちは皆レベルが高く、素晴らしい演奏ばかりで、とても刺激をうけた。また様々な時代、作曲家の曲を聴くことができた上、日本のほかの大学の学生や海外の学生の個性的な演奏に触れることができ、とても面白かった。私はブラームスの6つの小品を演奏した。最後のクラスコンサートではこの2週間の集大成として、学んだことを存分に生かした演奏を目指し、コンサートに臨んだ。1曲目は流れに乗れずぎこちない演奏になってしまったのが残念だったが、2曲目は自然に歌え、最も気を付けていたメロディーラインの響きが前より良くなっていたと思う。レッスンの成果が出せたところ、出せなかったところがあり、これからの学びにつながるとても良い経験となった。

また、試演会とクラスコンサートそれぞれでウェーバー先生が弾き終わった後に一人ひとり的確なアドヴァイスをくださった。これからの学びにつながる大切なポイントを教えていただき大変ためになった。

レッスン以外の生活

練習

ピアノの練習は、大学の練習室を初日に確保し、毎日10:00〜12:00と13:00〜14:00に練習した。練習室は質によりグレードわけされており、私は一番質の良い部屋を取った。ピアノはベーゼンドルファーで、とてもよい音色をしていた。部屋もきれいで広く、エアコンも完備されており、快適に練習できた。しかし、練習室を使い始めて2日目の朝にピアノを弾き始めると、鍵盤が故障しているのに気づき、一番質の良い部屋を取ったはずなのにと、とても焦った。すぐに事務に行き、拙い英語で説明すると、明日までには直しておくと言われた。次の日には無事に直っていたので安心した。

滞在先

講習会中は歩いて大学から徒歩10分ほどのHaus Mozartという寮に滞在した。大学から近かったため、すぐに寮と大学を行き来できる上、中央駅やスーパーなども近くにあり、とても便利だった。コンサート等で帰りが遅くなることがあっても、バスの時間を心配することもなかった。内装も綺麗で広く、1週間に1度は清掃が入るため、清潔に保たれていた。そして、この寮で私が最も気に入った点はキッチンがあることだった。食器や調理器具が揃っており、冷蔵庫やコンロもあったので、ほとんど毎日自炊し、快適に生活できた。自炊するためにスーパーには頻繁に買い物に行った。品ぞろえや、商品のサイズ、レジでの清算の仕方など、日本のスーパーとの違いに初めは戸惑ったが、慣れてくると、たくさんの種類のチーズやパン、ソーセージなどを見て選ぶのがとても楽しかった。

観光

レッスン室にて、ウェーバー先生と
レッスン室にて、ウェーバー先生と

ザルツブルクは小さな町であり、少し時間があれば容易に旧市街まで足を延ばせたため、頻繁に出かけて町を見て回った。きれいな家やかわいいお店、厳かな教会などが印象的な街並みを目の前にした時は心が躍った。古い石畳を踏みしめ、日本よりも湿度が低く、冷夏だったためにひんやりと澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだとき、ヨーロッパの雰囲気を肌で感じ、喜びでいっぱいになった。一番の観光名所は何と言ってもモーツァルトの生家と住居だろう。モーツァルトが暮らしていた様子を想像しながら家を見学し、今後の学びにこの経験を生かせるようにしようと思った。また、大学のすぐ隣にあるミラベル庭園にも何度も足を運んだ。こんなに美しい庭園を見たのは生まれて初めてだったと思う。そんな中、ヨーロッパの文化を最も強く感じたのは、教会でのミサであった。神聖な雰囲気の中、お祈りし、神父のお話を聴いた。言葉の意味は分からなかったが、落ち着いた声で語り説教をする神父を前に、神の偉大さや人々の信仰心の厚さを感じとり、厳かな気持ちになった。そして、最も感動したのがミサの中で演奏される合唱やパイプオルガン、管弦楽器の音色だった。心が洗われるとはこのことをいうのだと思った。神聖で美しく天に昇るような響きが教会の中に反響し、身体全体が優しく包まれているようだった。あまりにも美しく、曇りのない響きに鳥肌が立つほど感動した。神に捧げる音楽とはどういうものなのかを、心で感じ取ることができた。

コンサート

講習会の期間は、ザルツブルク音楽祭が開催されており、四つのコンサートを聴きに行くことができた。一つ目はポリーニのコンサートで、ショパンとドビュッシーの前奏曲を聴いた。祝祭大劇場はとても大きなホールで満員の上、私は最後列近くの席だったが、ポリーニの演奏は繊細な表現もしっかりと客席に届いており素晴らしかった。二つ目はLiederabend Große Schubertiade。Mozarteum Großer Saalは豪華絢爛な内装で、本当に美しく、しばらく天井を見上げて惚れ惚れしてしまった。コンサートは合唱もソロ曲も聴きごたえがあり、素晴らしかった。複数人でのコンサートだったため、温かみのある声や、張りのある声など多彩で面白かった。三つ目は祝祭大劇場にてWiener Philharmonikerによるシューベルトとブルックナーだった。指揮はリッカルド・ムッティ。さすが、圧巻の演奏だった。四つ目はオペラ「バラの騎士」。私は生のオペラを劇場で見るのが生まれて初めてだったので、長時間の上演にも関わらず、最後まで保たれていたパワフルな歌声や、表情豊かな演技に感動した。オーケストラはWiener Philharmonikerだった。自分の初めてのオペラ鑑賞がこのような一流の演奏で幸せだと思った。

研修を終えて

2週間の講習会は本当にあっという間だった。最初は不安でいっぱいで、レッスンについていけるか心配だったが、実際にレッスンが始まると、教えていただいたことを身に付けたい、もっと学びたいという気持ちが溢れてきて、本当に楽しい時間だった。もちろん、まだまだ未熟な自分の現実に直面し落ち込むこともあった。しかし、この現実を受け止めつつ、この2週間で学んだことを糧に、精進していきたいと思っている。

また、講習会だけでなく、オーストリアの町でたくさんのことを学び、感じたことで、ドイツ語圏に留学したいという思いを強くした。ここでの経験を胸に、これからの学びに生かしていきたい。

最後に、国内外研修奨学生として貴重な機会を与えてくださった大学関係者の皆様、学生支援課の皆様、いつも熱心に指導してくださり、私の背中を押してくださった江澤聖子先生に心から感謝申し上げます。そして、いつも励ましてくれる友人たち、全力で私を支えてくれる家族にも感謝の気持ちを伝えたいです。ありがとうございました。

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