モーツァルテウム夏期国際アカデミー
岡本 有紀 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(フルート)
研修概要
研修機関:モーツァルテウム夏期国際アカデミー
研修期間:2014年8月8日〜8月30日
担当講師:Prof. Peter-Lukas Graf
研修目的
クラシック音楽は西洋の文化であることから、私は一度はヨーロッパという現地で音楽を学んでみたかった。そして今回の研修で現地での暮らしや学ぶ環境について知ることは大きな経験となり、将来にも大いに役立つだろうと考えた。短期間ではあったが、日本ではなかなか学ぶことのできない事、例えば実際にその国の文化や暮らしと音楽がどう関わっているのか、また建物や空気など環境の違いから日本で演奏するのとはどのように音楽表現が変わってくるのかといったことを学びたかった。そして今回研修先に選んだ講習会には世界各国から受講生が集まっているため、様々な国の人の演奏を聴く機会にも恵まれるだろう。そこからたくさんの刺激を受け、自分の音楽性を広げたい。また大学から出て、世界では自分の音楽がどう評価されるのか自分の実力を試したかったのと同時に世界の水準を知りたかった。そして日本でクラシック音楽を学ぶということに関して客観的に考え、日本と外国で学べることの違いから留学についての自分の気持ちや考えを再確認したかった。
研修内容
今回私はPeter-Lukas Graf先生のレッスンを受講した。講習会前日にstudent officeで受け付けをし、初日に行われるオーディションやレッスンについての説明を受け、指定された時間にレッスン室に向かった。受講生は25人程と多く、そのうち日本人が10人、台湾人が8人、その他イタリアやキューバ、スイスなどからも受講生が集まっていた。ほとんどが音大の学生や院生であったが、既に音大を卒業している人や高校生、指導者として働いている人もいた。
初日は簡単な自己紹介をした後、一人ずつ好きな曲を1曲演奏した。クラスに公式伴奏者が手配されていたため伴奏つきの曲も演奏できた。これがオーディションのようであった。オーディションといってもただ先生がクラスのレベルを計るだけで落とされることはなく、全員レッスンを受講することができた。
レッスンは公開レッスン方式で行われ、クラスみんなで曲を研究していこうという感じであった。朝の10時から夕方の18時まで昼休憩を除いてはずっとレッスン室で聴講していた。どの順番で自分が回ってくるのかは先生の気分次第であったため常に緊張していた。そのレッスン方式のため他のクラスに聴講に行くことが出来ず残念であったが、何十曲もの曲を先生がどのような解釈をもって演奏しているのかを知ることができ、とても勉強になった。
私は全部で3回レッスンを受けることができた。8曲程準備して講習会に臨んだが、そのうちレッスンではMozartのKonzert G-durの3楽章とBachのPartita a-mollとDemerssemanのOberonを見て頂いた。またそのレッスンとは別に毎朝基礎練習のレッスンもあった。
第1回目レッスン
初回のレッスンではMozartのKonzert G-durの3楽章を見て頂いた。全楽章準備していったが他の受講生が1、2楽章をやっていたので、私は3楽章をやることになった。この曲はほとんどが音階とアルペジオで構成されているため、とても単純な曲だがだからこそ解釈がとても重要になってくる。コンクールなどでしばしば演奏されるこの曲は私もたくさんの人の演奏を聴き様々な解釈を検討してきた。しかし先生には私の吹いたアーティキュレーションや強弱とは別のやり方を提案された。先生がおっしゃった解釈は私にとって新鮮なものであったが、ひとつの方法として今後の研究に生かしていきたいと思った。そしてもうひとつ指摘された事は、演奏中に無駄な力を使っているということ。「ただ音階を吹いているだけなのになぜそんなにたくさんのことをやろうとしているのか」と先生に問われ、確かに私はたくさんのことを表現しようとした結果、表現に無駄が多く、また身体に余計な力が入っていたのかと気付かされた。かえってそれが演奏の妨げになっていたようだ。ある箇所ではそれが原因でテクニック的にも上手くいっていなかったが、先生の指摘を受けてシンプルに吹いてみると簡単に出来るようになった。私は身体が小柄ということもあり、普段から身体をいかに効率よく使うかを常に考えているつもりであったが、今回のレッスンでまだまだ余計な力を使ってしまっているところがあると気付かされた。これからも改めてこの問題と向き合っていきたいと思う。
第2回目レッスン
2回目のレッスンではBachのPartita a-mollを持っていった。この曲は以前から先生の演奏を聴いてレッスンを受けてみたいと思っていて、Allemandeをメインに見て頂いた。先生は無伴奏のこの曲にピアノで和音をつけてくださり、そこから和声やモチーフを研究した。単旋律のフルートにとって和声を学ぶ事はとても重要なことなので、今回和声から表現の仕方を考えるというレッスンはとても勉強になった。
第3回目レッスン
3回目のレッスンではDemerssemanのOberonを見て頂いた。特に表現の点では指摘を受けなかった。しかしこの曲はテクニック的に難易度が高いため、その対処法として重要な音を抜き出して和声を理解し練習する方法を学んだ。難しく考えすぎず、基本となる音に飾りが付いているだけでそれを頭と身体が理解できれば問題なく演奏できると先生はおっしゃった。今後の練習にとても役立つ内容であった。
基礎練習
毎朝個人レッスンが始まる前にクラス全員で基礎練習の講義を受けた。毎日内容が異なり、呼吸法や運指、タンギング、ヴィブラートなどを先生の出版している「CHECK-UP」という本に沿って学んだ。普段から基礎練習のためにこの本を参考に練習してきたが、書いた本人から指導を受けることで練習の意図を理解し、より効果的に練習に取り組めるようになったと実感した。特に呼吸法は今までいろんな先生に注意を受けていて、なかなか自分の中でも改善できなかったため改善のための大きなヒントをつかめた。
クラスコンサート・アカデミーコンサート
今回の講習会で受講生のためにクラスコンサートとアカデミーコンサートが設けられた。
私はその中のクラスコンサートに出演し、MozartのKonzert G-durの3楽章を演奏した。Mozart生誕の地でヨーロッパの空気や文化に触れながらこの曲を演奏できた事はとても幸せだった。また様々な国の人の様々な楽器の演奏を聴く機会にも恵まれ、勉強になることがたくさんあった。外国人の演奏を聴いてまず感じた事は、聴衆に対するアピール力の強さである。比較的繊細にまた正確に演奏する日本人に対して、外国人の演奏はとても大胆でとにかく聴衆に対するアピールが強かった。その中に混ざって日本人が演奏するとお客さんと演奏者との間に壁があると感じてしまう程である。もちろん正確に演奏することにも十分価値があると私は思っているが、お客さんに対するアピールが人一倍足りない私にとっては外国人のそうした演奏はとても衝撃的で、今後自分が演奏する際に取り入れなければならない要素だと感じた。そしてそんな演奏に引き込まれていくお客さんの様子を目の当たりにして音楽とは何なのか、演奏家として表現すること、伝えることとはどういうことなのかを考えさせられた。やはり実際に舞台に立ちお客さんがいる中で演奏すること聴く事は何よりの勉強であったと思う。そして様々な国の文化を演奏を通して感じることが出来たことは私にとってとても刺激的なことで、今後日本で勉強する際に生かしていけたらと思った。
生活について
8月8日、日本を出発してオーストリア到着初日はウィーンのオペラ座近くのホテルに宿泊した。あちらは20時になっても明るいので着いて早々時差ぼけも気にせずウィーン市内を散策した。空気や建物など目の前に広がる日本とは全く違う世界に感動した。オペラ座付近を歩いているとチケットの売り子に今晩開かれる演奏会の誘いを受けた。日本語で話しかけられたことやチケットの値段が少々高めだったことから警戒していたが、到着初日早くこちらの音楽を聴きたいと思っていた私にはとても興味深いものであったから、結局演奏会に足を運ぶことにした。演奏会はJ.StraussのワルツやMozartのオペラなどオーストリアを代表する音楽家の名曲にバレエの演出を加えた今まで私は見たことのない面白いものであった。そして空気の違いから生まれる日本で聴いていた音との響きの違いに驚いた。早く自分も演奏したいという気持ちになった。
到着から2日目にザルツブルクに向かった。講習期間中は学校からバスで20分程の場所にある学生寮に宿泊した。寮にはたくさんの受講生が宿泊していて、学校以外でもいろんな国の人と交流を持つことが出来た。また各部屋にキッチンが備えられていたので、講習期間中は自炊をして生活していた。普段実家暮らしの私にとっては初めての一人暮らしでとても楽しかった。練習室も2部屋あったので、学校に向かう9時までの時間や帰宅後はここで練習していた。しかし部屋数が少なかったので念のため学校でも有料の練習室を予約し、レッスン終了後1時間は学校で練習していた。
ザルツブルクは毎年この時期に音楽祭が開催されているため、様々なコンサートを聴きに行く機会に恵まれた。受講生が出演するアカデミーコンサートやシュロスコンサート、ウィーンフィルの演奏会など。また休日や昼休みには教会でミサやオルガンコンサートを聴きに行った。中でもウィーンフィルのコンサートは本当に素晴らしかった。オペラ「Don Giovanni」をウィーンフィルの演奏で鑑賞でき、私が個人的にとても尊敬しているフルーティストが首席で演奏していたので、興奮は更に高まっていた。オペラの演出は最近流行の現代演出で、とても迫力があり圧倒された。またオーケストラの他の楽器と音を溶かし合って生まれる美しい音色に感動し、それぞれの楽器がオーケストラの中のひとつの部品としてどのような役割を持っているのかを演奏から学ぶことができた。この体験は今後オーケストラや室内楽などアンサンブルを勉強する際に生かして行きたいと思う。もうひとつ私が深く考えさせられたのは教会での演奏であった。あんなに高い天井も美しい天井画も実際に見るのは初めてだったので、言葉を失うくらい感動してしまった。そしてそんな教会で聴いたオルガンは忘れられない響きがして、その響きを聴いてここから生まれた様々な音楽の原点を肌で感じることができた気がした。毎週日曜日にミサが演奏され、音楽家でも何でもない街の人たちが神様への祈りのために教会に訪れていた。そんな姿を見て、ヨーロッパでは音楽が生活の一部となっていて切っても切り離せないものとして扱われているのだということを目の当たりにしたようだった。これが日本と決定的な違いを生んでいるのだと感じた。日本ではそうした音楽と生活がつながる場がない。それが音楽がどうしても娯楽として扱われてしまう原因のひとつなのではないかと考えさせられた。ヨーロッパのこの地に来て実際に文化に触れることで日本の音楽の現状について気付くことができたように感じた。
講習会終了後はずっと興味を抱いていたドイツを周遊した。ミュンヘン、ベルリン、ライプツィヒを回り最後にウィーンに戻って帰国するという行動計画だった。ヨーロッパの国々は密集しているため国境を渡った気がしない程であった。ミュンヘンでは少し教会を巡り、比較的近くにあるノイシュヴァンシュタイン城を訪れた。ドイツを代表する音楽家であるワーグナーと関係が深いこの場所でルートヴィヒ2世との関係やオペラ作品について学ぶことができた。ベルリンではベルリンの壁など今でも残されている戦争の跡を見たりまた博物館に行ったりして、ドイツの歴史を学ぶことができた。そして私が行った街の中で最も楽しかったライプツィヒではメンデルスゾーンとバッハの博物館やバッハが眠る聖トーマス教会に行った。ライプツィヒはバッハやメンデルスゾーンの他にもワーグナーやシューマン、リストなど様々な音楽家とゆかりが深く、またゲーテが通った大学もあり、芸術家にとってはとても興味深い土地である。博物館ひとつの情報量も膨大でここを訪れるまで知らなかった事を知ることができ、大変勉強になった。
こうしていろんな都市を巡ってみたがどの都市でも感じた事はやはり、クラシック音楽がとても大切に扱われているということだ。この国で生まれた音楽を人々はとても大切にしている。音楽の都と呼ばれるだけあって、常に音楽が溢れていた。そんな文化に実際に触れることができたことは私にとってとても大きな経験となった。今回こんなにも素晴らしい環境下でヨーロッパの文化に触れながら音楽を学ぶことができたこの経験をこれからの演奏に生かして行きたい。
研修を終えて
今回の研修は初めて経験することばかりでとても充実していた。一人で海外に行く事は初めてであったため、出発前は語学やレッスン、生活面などでやっていけるかとても不安だった。しかしこの約3週間の生活は夢のような毎日で、このような環境の中で、実際に現地の文化に触れながら音楽を学べる事ができたのは本当に貴重な体験であった。レッスンはもちろんであるが、コンサートや他国の人との交流もとても刺激になった。様々な国の人の十人十色な演奏を聴いて、今までよりも自分の表現の幅が広がったように思う。それと同時に自分が持っているもの、これからも大切にしていかなければならないものにも気付くことができた。たくさんの人に出会い関わることができたことは私にとってとても大切な宝である。今回のこの経験はきっと次へのステップにつながるので、この3週間を忘れずにいたい。そしてこれまで続けてきた音楽を絶対にこれからも続けて行きたいと改めて思うことができたので、これからもその気持ちを大切に誠実に音楽と関わって行きたい。
最後になりましたが、国内外研修奨学生としてこのような貴重な機会を与えてくださった大学、学生生活委員会の皆様、たくさんのサポートをしてくださった学生支援課の皆様、いつも熱心にご指導くださる先生方、そしていつも私を支えてくれている家族や友人に心から感謝申し上げます。この経験を生かし、これからも感謝の気持ちをもって勉学に励んで行きたいと思います。本当にありがとうございました。