マウントビュー舞台芸術アカデミー 研修報告書
村上 悠紀 4年 音楽教育学科 音楽教育専攻
マウントビュー舞台芸術アカデミー ミュージカルシアター夏期講習について
マウントビュー舞台芸術アカデミーは、英国国立演劇教育協議会に認定されたトップランクの演劇学校である。
夏期講習では午前10時から午後1時までは歌、ダンス、演技、オーディション・テクニック、マスタークラスを含む基礎技術のクラス。昼食をはさんで午後2時から5時まではコースの最終日のパフォーマンスに向けてのリハーサル、という構成で二週間のプログラムが組まれている。何日かは一日リハーサルの日もある。
研修目的
わたしはミュージカル俳優を志している。本学からは何名もの卒業生がミュージカル俳優として活躍しているが、本学ではミュージカルは専門外であり、授業で学ぶことはできない。
また高校時代から本場で勉強したいという想いがあり、英国の優れた演劇教育制度を知って今回この講習会への参加を決めた。
研修内容
7月27日(月)
イントロダクション
諸注意を受ける。受講生は計32人で、これから行われるダンス・ワークショップとソング・プレゼンテーションによって、二日目からロミオ組とジュリエット組の二組に分かれて活動をする。
グループ分け
ダンスのストレッチをして、端から二人ずつグラン・バットマンとシェネをした。その後Hairsprayの "Nicest Kids In Town" の曲で振りをもらった。イントロ部分は自由で、「あなたのキャラクターを見せて!」と強く言われた。
昼休憩を挟んで午後は発声から始まった。発声練習なのだが、先生が素敵な伴奏を付けてくれるのでまるで曲を歌っているようだった。
ソング・プレゼンテーションはひとりひとり、みんなの前で歌を披露する。私はA Chorus Line より "What I Did For Love" を歌った。実はロンドンに到着した三日前から風邪を引いていて、外れてしまった音もあったのだが、その時のコンディションの割にはうまく歌えたと思う。それというのも持参したピアノ譜を、ピアニストの先生がその場でオーケストレーションしてくださったのでとても気持ちよく歌えたのが大きかったと思う。
第一日はこれで終了、解散となった。ダンスのレベルは私が期待していたほど高くはなかったが、歌のレベルが非常に高く日本とのレベルの違いを実感した。またピアニストの先生が全員の伴奏をその場でオーケストレーションされていたのにも大変感動した。
あとから分かったことだが受講生32人のうち約1/3はオランダ、ポルトガルなどのヨーロッパ中心の英国国外からの参加者で、東洋人は私の他に在英の韓国人の受講生が一人だった。
7月28日(火)
私はジュリエット組になった。
演技 講師:Lucy Skillbeck
講師のSkillbeck氏はストレート・プレイもミュージカルも手がける演出家。そこで最初にSpring Awakening を題材に、演劇台本とミュージカルの台本を比較した。
ぱっとみて一番明らかなのは、ミュージカルは台詞が短いこと。そしてミュージカルは基本的にシーン・歌・シーン・歌・・・とシーンと歌が交互に構成されている。
エクササイズⅠ
- 部屋を歩き回って出会った人に自己紹介
- 久しぶりに会う親戚同士として出会う
- ブラインド・デートの相手として出会う
- 教師と、呼び出された親として出会う
エクササイズⅡ
ひとりずつ、日常の動作をしながら、その一つ一つを三人称で描写する。例)彼女は蛇口をひねる、彼女はお湯が熱くてびっくりして手を引っ込める、彼女はスポンジに洗剤をつける……
エクササイズⅢ
ペアになって会話をしながら即興演技をする。先生の合図で止まって、そのとき何を考えていたのか答える。
これらのエクササイズは、その目的が頭で理解できているのに、自分の英語力が乏しいせいで全然自分の思うようにできず歯がゆかった。そしてすごく落ち込んだ。
歌唱 講師:Zuv Caplan
- 歌うことにおいて大切なのは呼吸と姿勢。呼吸は腹式呼吸。
- 一番身体に負担のかからない発声は、唇を震わせること。この唇の動きは声帯がやっていることと同じ。もし無理ならVでやってみる。
- うつぶせになって、背中にポケットがあるようにイメージをする。
- しゃがんで、唇を震わせながら立って、立ったらmmmm……に変える。
腰を回しながら歌うことも高い声が出ないときに効果的。また、首を振ったり肩甲骨を回して筋肉を弛緩させる運動もした。
最後に "Will I" という曲を用いて今までやった発声を応用して歌った。
リハーサル 講師:Stuart Pedlar, Mike England, David Lee, Jo-Lee Martin
Sweet Charityの "The Rhythm Of Life" の音取りと振り付けをした。
7月29日(水)
オーディション・テクニック 講師:Tony Timberlake
一人ずつ歌を歌い、先生が具体的に指導する。
- ミュージカルの歌には独白、背景を歌う歌、観客に向けて歌う歌、デュエットがある。
- 過去を歌っているのか、現在か、未来かを考える。
- 目の前にスクリーンがあって、そこに映っている映像を観て歌うイメージ。
- その役がどんな人生を送ってきたのか、現実的に考える。
- 大きな音よりも小さな音を大切にする。
- 歌う前に歌詞を朗読する。朗読(演技)と歌で変えない。
- 基本的に楽譜に書かれた音を変えない。
- 「これは私の舞台!私の歌を聴いてくれてありがとう!」と自信を持って臨む。
歌唱 個人レッスン 講師:Jacqueline Barron
"What I Did For Love" (A Chorus Line)
kiss, gone, sorrow, won't, th など発音の注意のみ。
"Take It On The Chin" (Me And My Girl)
コクニー訛りで歌った。コクニーの特徴は鼻声を使うこと、最後にwが付くことだと教わった。これも発音の注意のみ。次回は他の曲も持ってくるように言われた。
リハーサル
"The Rhythm Of Life" の振り付け終わる。振付師ボブ・フォッシーと、作品について調べるように言われる。とにかくresearchが大事。そして振りをもらったら紙に書くこと。
シアター・トリップ
放課後プレイハウス劇場へ、受講生全員で La Cage aux Folles を鑑賞しに行った。オリヴィエ賞受賞俳優の演技と、ダンサーの技術の高さ、また舞台と客席の近さに感動した。
7月30日(木)
歌唱 講師:Joe Atkins
Saturday Night の曲を女声三部合唱で歌う。
ダンス 講師:Cressida Carre
「ボブ・フォッシー ワークショップ」
Fosse より "Bye Bye Blackbird" の振りを習う。フォッシーの踊りの特徴は内股、手を開くことなど。
リハーサル
"Rhythm Of Life" と"Ragtime" (Ragtime) の音取り。
7月31日(金)
終日リハーサル
"Ragtime" 音取りと振り付け。
ジュリエット組+男性で "Flash, Bang, Wallop!" (Half A Sixpence) の音取り。
最後に振り付け確認。
宿題:曲の中で演じる自分の役を創ること。その際しっかり舞台になっている時代背景や階級、衣装なども調べること。
8月3日(月)
マスタークラス 講師:Stuart
講師の方はWe Will Rock Youの指揮者、ピアニスト。
発声しながら近くの人とハグしあったり、イギリスの童謡を使った発声、コクニー訛り、フランス訛りなどで発声をした。
"Radio Gaga" (We Will Rock you)
ポップス(原曲はQueen)は軽く歌う。ヴィブラートをかけない。音を伸ばさないで短めに。
"Merano" (Chess)
We Will Rock Youとは違い伸びやかに歌う。
歌の指導のあと、エージェントやツアーの話しなど、業界の裏話を聞かせてくださった。
リハーサル
発声のあと、"Flash, Bang, Wallop!" の振り付けをする。
8月4日(火)
演技 講師:Lucy Skillbeck
ジュリエット組は最初に演技、ロミオ組は最初にダンスの授業の予定だったけれど、ダンスの先生がいらっしゃらないので2クラス合同で2コマ続けて演技の授業。
ウォームアップ
- 全員に一文が配られて、それを小声でつぶやきながら歩き回る。
- 今度は同じ文を声に出さないで囁きで、あるいはニュースキャスターとして、シェイクスピア俳優として、核爆弾のスイッチを止めるために、10マイル先にいる人に届けるように、と言い方を変えて言う。
- ペアになって、一人は同じ文を声に出さずに言い、もう片方が何といっているか当てる。
Spring Awakening
- あらかじめ目を通すように言われていた、Spring Awakening の演劇台本とミュージカル台本の特徴的な違いを話し合う。
- 4,5人のグループになり、各台詞の裏の本音はなんなのかを話し合う。
- グループの二人が台詞を言い、残りの二人が「影」になり、台詞のあとにキャラクターの本音を言う。
- 最後にグループの二人が演技、二人が演出を担当して全員の前で発表する。
リハーサル
"Flash, Bang, Wallop!" を練習したあと、女性は"I Have Dreamed" (The King And I) の音取りをした。
8月5日(水)
オーディション・テクニック 講師:Tony Timberlake
一人ずつ歌を歌い、先生が具体的に指導する。
- 歌を「台詞」としてやる。
- 前奏から役になること。
- 一緒に仕事をしたい人を選ぶのがオーディションである。
- なぜその曲を選んだのかに審査員は注目する。
- 稽古場はみんながサポートしてくれる場所だから失敗を恐れないこと。そして人と比較しない。
- なぜおなじ歌詞を繰り返すのか考える。一度目と二度目の違いを表現する。
歌唱 個人レッスン 講師:Jacqueline Barron
"Wishing You Were Somehow Here Again" (The Phantom Of The Opera)
- ブレスをするとき顔を前に出さないで、背骨でしっかり支えること。そして声をだすときに徐々に息を出すようコントロールする。
- 舌をリラックスさせて、舌の裏に空間を作って響かせる。
- 最初のパートは「語る」。具体的には少し息をまぜて。
- 長いフレーズのときに切れないで、前へすすんでつなげる。
- how, n, m, sh, ga, ka の発音に気をつける。
レッスンの最後に、わたしにお勧めの曲はありますか?と先生に伺ったところ、今のままバラエティに富んだ曲、あとはキャラクターソングを練習し、レパートリーを増やしていくように言われた。
リハーサル
"I Have Dreamed" の振り付けをする。
8月6日(木)
終日リハーサル
ウォームアップの後、各曲の各キャラクターの生い立ち、背景や他の役との関わりを、その「役」でプレゼンする。たとえアンサンブルとして舞台に立つときでも、しっかりと役作りをすることでリアリティが生まれるということを痛感した。
昼食後止め通しをし、アドヴァイスを受けてもう一度通す。
8月7日(金)
リハーサル
ウォームアップのあと通し。アドヴァイスを受けて昼食後にドレス・リハーサル。とにかく本番では練習したことをやれ、何も変えるなと強く言われた。
そして15時から家族や友人を前にした本番。曲目は
- Ragtime (Ragtime)
- Cell Block Tango (Chicago)
- Flash, Bang, Wallop! (Half A Sixpence)
- I Have Dreamed (The King And I)
- Officer Krupke (West Side Story)
- Rhythm Of Life (Sweet Charity)
約25分のショウはあっという間で、反省点はあるけれど、今の自分のベストが出せたと思う。
研修を終えて
今回の研修を通して、英国演劇の質を高めるために、いかに演劇学校のプログラムが効率的に組まれているかを実感した。
とくにオーディション・テクニックの授業ではどのように音楽を通して物語を語るか、感情を表現するか、ということを具体的に学ぶことができ、大変勉強になった。
それから様々な英語の訛りで楽曲を学んだり、英語で即興演技をしたりすることで、母国語の日本語で演技をすることに対して、今まで無頓着ではなかったかと自分と向き合うことができた。
また講習会以外でも、劇場でなるべく多くの作品を鑑賞したり、シェイクスピア・グローブ座博物館を訪れたり、演劇美術館を見学したり、またオープンクラスのダンススタジオでレッスンを受けたりと本当に多くのことを吸収できた研修だった。
末筆ながらこのような貴重な機会にわたしを導いてくださったすべての方に感謝いたします。この経験を活かしてこれからも精進していきたいと思います。