国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー 研修報告書

赤松 理恵 3年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

  • 研修先:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)
  • 担当教授:Prof. Pavel Gililov
  • 研修日程:2009年8月10日~8月22日

レッスン打ち合わせなど

講習初日、オーディションに受からなければと、少し緊張して部屋に入った。部屋には受講希望者が20名程度いた。私はオーディションは行われるものだとばかり思っていたので、先生が「オーディション無しで希望者全員を取ろうと思うけど、いいかな。そのかわり私のレッスン3回とアシスタントのポリャンスキーのレッスン2回と言う形になるけどね。」と仰ったのには驚いたが、レッスンが受けられると安堵した。ギリロフ先生は小柄でとても穏やかな先生であった。言葉(英語)も聞き取りやすく、これなら大丈夫だと言葉の心配はなくなった。

レッスンの予定を決めていくにあたって私は最初に呼ばれた。「明日の9時30分からでもいいかな?」と聞かれたので、朝早くて少し嫌だなと思いながらも「はい。」と答えた。私のスケジュールはこのようになった

  • 8月11日 09:30~ ギリロフ先生
  • 8月12日 09:30~ ポリャンスキー先生(アシスタント)             
  • 8月15日 09:30~ ギリロフ先生            
  • 8月16日 09:30~ ポリャンスキー先生         
  • 8月19日 09:30~ ギリロフ先生             
  • 8月22日 14:00~ クラスコンサート          

登録の時にもらった赤いカードに先生のサインをもらい、今日から2週間の練習室の予約をした。毎日4時間スタインウェイピアノの練習室を借りることができた。

レッスン

ギリロフ先生(1)

レッスン前に練習したいと思い、早めに大学に行って空いている部屋で練習してからレッスンに臨んだ。初回のレッスンには自分のベストな曲を持って来るようにと言われていたので、弾く前は少し緊張していた。先生に「緊張しています」と言ったら、「音楽に集中しなさい」と言われた。私はBeethoven: Sonate op.110を弾いた。弾き終わると先生は「とても気に入った。良いところが沢山ある。アイディアやイメージがとても良いと」仰った。「しかし強弱の変化はあっても音色の変化があまりないのが駄目だ」とも仰った。

レッスン内容はとても細かく、丁寧であった。冒頭4小節の四声を温かみのある音で演奏する為に細かく指導して下さった。最初の音は鍵盤に指をつけたまま、腕を使って鍵盤をアタックする音が入らないように弾くことが重要で、その続きは指のレガート(圧力をかけて簡単に鍵盤から指を離さない。)を怠らず、楽器との繋がりを感じ、腕を使って音と音とを繋いでいく事が重要だと先生は熱心に指導して下さった。先生のアドバイスを受けて弾くと、音に息が吹き込まれ深みが増し、歌っているような響きと流れが生まれて、音楽が生き生きした。このレッスンで、腕を固めずに動かして響きを作ること、鍵盤と指(自分)との繋がりを常に感じること、肩を上げたりせずにリラックスすること、そして音と音とをいかにしてレガートにするかがとても重要なポイントで、今後の課題だと強く思った。

レッスン中にこうだよと先生が弾いて下さる演奏は腕と指と鍵盤とのつながりが自然でしなやかで、そこから作り出される音、和音の響きは透明で美しかった。私の音へのイメージがさらにふくらんだ。

曲の解釈でも、細かいフレーズの取り方やフーガの部分の一回目は神への問いかけ、二回目は神からの答えだと言うことと、3楽章にあるAの連打は全て弾かずタイを守り、指をかえることで表現する事を学んだ。

ギリロフ先生(2)

前回に続きBeethovenをみていただいた。最初の出だしの音は良くなったけど、同じ音を続けて弾く時のレガートと音質が十分でないと指摘された。3楽章の雰囲気は前より良くなったが、和声の変化を感じる間が短すぎると指摘された。フーガの部分は表現が単調すぎると指摘された。フーガの部分ではテーマを表現しようとするあまり跳躍の音形に対して私はクレッシェンドをかけて弾いていた。でも先生は「気持は高まるけれど、それを表現する音はディミヌエンドだよ」と仰った。私の新たな発見であった。そして音は常に次の音に向かうエネルギーを持ち合わせていて、そのエネルギーを心と体で感じ、音楽が停滞しないように表現することが重要だと思った。

Etwas langsamer の所のテンポが速すぎる事も指摘された。「ここのテンポは穏やかでいて、ワクワクした気持ちの表現だ」と先生は仰った。そのテンポで弾いてみるとまたイメージや曲の感じが変わって、ここも新たな発見であった。

最後にSchumann: Carnaval op.9の一曲目だけ弾いた。私の演奏を聴いて先生は、「よく弾けているし、強弱の付け方、テンポの揺らし方も良いけどシューマンの響きではない」と仰った。「もっと細かい和声の変化にも耳を傾けて、和音の響きは重すぎずに」「シューマンはベートーヴェンの様に壮大な響きではなく、どちらかと言うとショパンに似ている」と仰った。私は自分のイメージをもっとエレガントで繊細なイメージに変えなければと思った。

先生に、「冒頭のffは音量や響きが不十分だと思い頑張っていた」と言ったら、「ffは心の中にあって、決して力で表現してはいけない」と言われた。私の曲に対するイメージは変わり、練習に取り組む意欲が湧いた。

ギリロフ先生(3)

Carnavalを音の響きとバランスに注意して弾いた。先生は「良くなった」と仰った。一曲ずつそのキャラクターの表現を十分にするために細かいアドバイスをいただいた。10曲目までしかみていただけなかったが、「その方向性で練習していくように」言われた。

ポリャンスキー先生(1)

Chopin: Etude op.10-10とDebussy: Etude “Pour les quartes”を弾いた。「ドビュッシーは良く弾けているが、ショパンのテクニックが間違っている。特に左が問題だ」と言われた。「ポジション移動の時の動きが大きすぎて、ミスタッチをするリスクが高くなるから小指の準備を早くするように」と何回も言われた。言われた弾き方に直すのが難しくて、なかなかできなかったけれど、先生は根気よく付き合って下さった。(最初の8小節を何回も何回も・・・・。)「このテクニックが身に着けば、あとの所も同じだからゆっくりペダル無しで丁寧に練習するように」言われた。

全体的に弾きにくいではなくて、どの部分が良くないのかを細かく分析してちゃんと見つけて、直さないとエチュードは上達しないと思った。そしてこのレッスンでも音と音との間を聴き、ゆっくりでもレガートになるように練習することが重要だと思った。

ポリャンスキー先生(2)

Carnavalを弾いた。ギリロフ先生にシューマンの響きではないと言われた事を話すと、「じゃあ一緒にやってみよう」と言って下さった。レッスンは細かいニュアンスの付け方を丁寧に教えて下さった。主に休符の感じ方、細かいアーティキュレーション、キャラクターのイメージについて等だった。

この曲はテクニックが難しく、曲が長いので、いつの間にか自分の中で、弾くことに重点が置かれていて曲の本質を忘れてしまっていたと反省した。新たな気持ちで曲と向き合っていく必要があると感じた。

クラスコンサート

講習最終日にはギリロフクラスのコンサートがあり、私はBeethoven: Sonate op.110を演奏した。少し緊張していたが、会場の雰囲気も良く、最初のレッスンで言われた、「音楽に集中しなさい」と言う言葉を思い出し、落ち着いて演奏することができた。アイディアが無くてつまらないと言われたフーガは講習の合間に行った教会で体験したミサと聴いたオルガン演奏をイメージして祈りの気持ちで演奏した。自分の演奏以外は他の受講生の演奏を聴いていた。普段のレッスンの聴講でも感じたが、ギリロフクラスはレベルが高く、みんな素晴らしい演奏だった。みんな自分の演奏スタイルが確立されているように見えて、私はうらやましいと思った。コンサートは3時間以上かかったが、それぞれが自分の持ち味を出し演奏していたので、とても有意義な時間で、あっという間に過ぎた気がした。コンサート終了後、聴いていたお客さんに「あなたベートーヴェン弾いた子?すごくよかったわよ。」と声をかけてもらえて、感激だった。東洋人の私でも西洋の音楽を感じ取り表現すれば、伝わるのだなと嬉しく思った。

その後はクラスパーティーが開かれ、みんなシャンパンで乾杯をして、それぞれの演奏をたたえ合いながら、お菓子をつまみ、国際交流の楽しい時間を過ごした。クラスは日本、韓国、ロシア、オーストラリア、ドイツ、トルコ、イタリア、スペイン等、様々な国の学生が集まっていた。

ディプロムをもらう時に先生に私の演奏はどうだったかを尋ねると、「全体的なまとまりはよかった。でも時々伴奏系がうるさかった」とコメントをいただいた。「まだまだ練習が必要ですね。」と言ったら、「そうだよ。常に良くしていこうとして自分でやり方を探しながら練習していく事が重要なんだよ。」とのアドバイスを受けた。私は、肝に銘じて練習に励もうと心に決めた。

寮について

講習期間中はモーツァルテウムの学生寮で暮らしていた。寮は宮殿を改装して創られていて、ヨーロッパの雰囲気溢れる外観の建物であった。近くのバス停までは寮の門を出て、真っ直ぐな並木道を歩いて5分で、そこからバスで約15分で大学に着く。土日以外はバスが頻繁に出ているので街中や、大学への交通の便はとても良かった。寮は個室でトイレとシャワーが部屋にあり、広く快適であった。庭も綺麗で周りは緑に囲まれたのんびりとした良い場所だった。キッチンは共同だった為お世辞にも綺麗とは言えなかった・・・。食器を洗うスポンジが清潔ではなかったので、それを買うことから始まる始末であった。掃除の人はキッチンには入らない為、食器が山積みになっている事も度々あった。しかしキッチンはみんなが集まる国際交流の場所であった。話が盛り上がり隣の部屋のピアノを囲んで夜遅くまで過ごした事もあった。良い思い出も悪い思い出もある場所となった。敷地の中には練習棟があり、グランドピアノが置いてある部屋が5部屋ぐらいあったので練習したい時に練習することができた。

レッスン以外の過ごし方 

自分のレッスン以外は聴講と練習をしていた。大学の練習室はほとんどがスタインウェイかベーゼンドルファーと言う何とも贅沢なものであった。自分の予約時間以外も空いている部屋を見つけて練習をする事も出来た。部屋は広く、天井が高い。また乾燥した気候も影響して音が響きやすく、弾いていて心地よくて練習が楽しかった。(日本に帰ってくると音の響きが違って残念だった。)ザルツブルクは猛暑続きで、部屋にエアコンはなく、窓を閉めて練習するようにと張り紙がしてある為、扇風機一台で暑さをしのぎながら練習しなくてはいけなかったのは少し大変だった。練習の合間の息抜きには大学の隣のミラベル庭園を訪れたり、橋を渡り旧市街に行って街並みを楽しんだ。お昼は大学の学食を利用していた。メニューは日替わりで、時々不思議な料理にも出会ったが、レストランより安くボリュームがある事を考えると利用しない手はなかった。

アカデミーコンサート

講習生が出演するアカデミーコンサートもほぼ毎日聴きに行った。会場は旧モーツァルテウム音楽院の中のホールで、とても雰囲気のあるホールであった。出演者はピアノ、ヴァイオリン、声楽が混ざっていて、毎回楽しいプログラムであった。特にピアノのレベルはかなり高かった。曲に入る雰囲気作り、しっかりした強いタッチと聴衆を引き込む力と個性を持っていて、プロ同然の演奏を聴くことができた。特にSkrjabin: Sonate “Black Mass” op.68を演奏したスペインの学生は、会場の雰囲気を一瞬にして変えていた。何かにとりつかれているかのような演奏だった。そしてAstor Piazolla: Suite para piano op.2を演奏した香港の学生の迫力とテクニックに圧倒させられた。彼らの演奏は強く印象に残っている。このような演奏は日本では聴くことができないものだと思った。同年代の刺激的な演奏を聴き、練習意欲を掻き立てられると同時に自分に足りない物が見えすぎて、不安にもなった・・・。

研修を終えて

クラスコンサート終了後、ギリロフ先生と
クラスコンサート終了後、ギリロフ先生と

ギリロフ先生は本当に素晴らしい音を持ったピアニストであり、指導者であった。その先生のクラスで学ぶことができて、毎日が勉強で得るものが沢山あった。先生のアドバイスと他の受講生のレッスンを通じて、指だけでなく腕を伴い、体を使ってピアノを弾く意識を前より強く持つようになり、それにより音のエネルギーと響きを前より感じられるようになった。ギリロフ先生の演奏を聴いたこと、レッスンを受けたことで、よりロマン派音楽の和声の変化と旋律の美しさを好きになり、表現したくなった。その為にも、鍵盤の上で自由に歌える弾き方を見つけるべく、常にどうしたらいい音になるかを探求していきたいと強く思った。

振り返ると、とても恵まれた日本にはない贅沢すぎる環境で音楽とピアノと向き合う充実した日々を過ごすことができた。音楽を学ぶ喜びと、美しい音を探求していく面白さを感じると同時に、学び続けていく不安、難しさも痛感した。厳しい環境に身を置き音楽と正面からぶつかったこの夏は、これからの私の財産になることは間違いないと確信している。

最後になりましたが、このような機会を与えて下さった、大学関係者の皆様、学生課の皆様、いつも熱心にご指導くださる近藤先生、感謝の気持ちでいっぱいです。本当に有難うございました。

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