国立音楽大学

第30回霧島国際音楽祭 研修報告書

星野 沙織 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(ヴァイオリン)

研修概要

  • 研修先:第30回霧島国際音楽祭
  • 担当教授:藤原 浜雄 教授
  • 研修日程:2009年7月26日~8月10日

今回で30回目という節目を迎えたこの霧島国際音楽祭は、日本の誇る大規模な音楽祭として国内外でも認知されている。私がはじめてこの音楽祭に参加するため霧島の地を訪れたのは一昨年のこと。あのときの感動は今も忘れてはいない。普段ではおおよそ考えもつかないほど豪華なアーティストたちが繰り広げるコンサートが、昼夜を問わず幾度も開催され、それを無料で聞ける贅沢さ。地元の方の暖かいもてなし、充実したレッスン。初めは緊張となれない環境下で焦り狼狽していた私も、最終日には帰りたくないと思っていた。あの居心地の良さが、霧島国際音楽祭が伝統ある音楽祭へ成長した理由なのかもしれない。

研修目的

先にも書いたが、一昨年参加させていただいた霧島での知識や経験は私にとって大いに刺激になり、また勉強になった。去年はさらに国外に目をむけようと思い、パブロカザルス夏期国際音楽アカデミーに参加したが、その経験を通じて、私はいかに霧島国際音楽祭が他の音楽祭にひけをとらぬものであるかを知った。講師陣の充実、コンサートの多さ、宿泊施設の良さ、国内外の他研修生との交わり。国内、国外の講習を経験して、いま一度行きたいと思ったのが霧島であった。そこで私は私に足りない、勉強することへの貪欲さ、音色の変化、フレージング能力を身につけ、他の研修生との交わりによりもたらされる刺激や発見、語学の上達を目的としようと決めた。

研修内容

スケジュール等

鹿児島空港からバスでおよそ30分、音楽祭の拠点となるみやまコンセールに到着すると、音楽祭全体の説明と室内楽を組む受講生らの顔合わせなどがあった。私の属する藤原浜雄先生のクラスは他と違い、そのときすでにレッスンの時間が決まっていたので、掲示板に見に行った。(他の教授のクラスはその翌日クラスミーティングで決めていた)レッスンは期間中4回。藤原先生クラスは全16名で、先生に選ばれた受講生数名が出演できるロビーコンサート(1人につき1回)、クラス内コンサート1回、最終日近くにある、若い音楽家たちのコンサート1回がある。
初日に開示されたスケジュールは以下である。

  • 7月28日 第一回レッスン 
  • 7月30日 第二回レッスン 
  • 8月 3日 第三回レッスン 
  • 8月 7日 第四回レッスン 
  • 8月 8日 クラスコンサート 
    (期間中数回ロビーコンサート有り)

レッスン

第一回レッスン~Beethoven:Violin Sonata No.9 1mov.~

初めてのレッスンには、当初、イザイのバラードをもっていくつもりだった。しかし、伴奏をしてくださる先生が次のレッスンにこられないことから、急遽ベートーベンのソナタを見ていただくことになったのだった。すっかりバラードに時間をさいてソナタの練習を満足にしていなかったことと、霧島での最初のレッスンという緊張が相まって、残念ながら出来はあまりよくない結果になった。先生はまず展開部手前までで一旦とめ、最初から丁寧に教えてくださった。

この9番-クロイツェルは、何がいやって最初の数段が一番いやだ、と私は思っている。その苦手意識が如実に表れていたのだろう、先生は特に最初の数段を念入りにみてくださった。「最初の開始音の準備を、ちゃんと弓を弦につけてからやってご覧。しっかりと弦をならして、焦らずに。」おっしゃりながら、先生は実際に弾いて見せてくださった。それまで私は、開始音をならす直前まで弓を弦につけず弾いていたので(丁度激しい和音などを弾くときのように)、それは衝撃的だった。なぜその選択肢が私の頭に浮かばなかったのか不思議だが、あらかじめ弓をつけて開始音をだすというのはまさしく目から鱗で、実際に真似てみるとそれまでの苦痛や苦労の1/3ほどですんだのだった。それから先生は、全体のテンポをもう少し落とすことを提案した。「最初に弾いたテンポだと、ベートーベンの重みが出にくいと思うよ。もう少し落ち着いて、どっしりとした感じをだしてもいいかもなあ。」これも私には意外な言葉で、というのも、先生はとてつもなく指がまわるのでクロイツェルなどは特に早く弾くのがお好きなのではないかと思っていたのだ。だがこの御言葉により、先生が自身の超絶技巧を中心にして音楽を作っているのではなく、音楽にあわせて自身の技巧を調節しているのだというのをまざまざと感じて、私はより一層先生のファンになった。

そのほかに、弓も数カ所手直ししていただき、よりスフォルツァンドがでやすくなるボーイングに仕上がった。しかしこのレッスンの手応えにより、私はロビーコンサートへの出演はないかもしれない、とぼんやり感じていた。レッスンがおわってから復習と、他の曲の譜読みをしてこの日は終了した。

第二回レッスン~Ysaÿe:Violin Sonata No.3 Ballade~Beethoven:Violin Sonata No.7 1mov.~

この日は伴奏の先生が不在だから無伴奏の曲をみせたほうがいいとの事で、初回に見ていただくつもりだったイザイのバラードをもっていった。バラードを一通り弾き終わると、「よく弾けてると思うよ。もうこれやって長いんだろう?」と先生がニヤリとしながらおっしゃった。はい、まぁ、と緊張しつつ返事を返したが、長くやっている割には弾けていないなと思ったのか、長くやっているから弾けているのは当然だと思ったのか、どちらの意味を含んだ笑いだったのか私には解らなかった。そして、今度も先生は最初から丁寧に指導して下さった。

先生のバラードは、一言で言うとスピード感がある、と私は感じた。学校では、もっと自由に歌ってもいいと教えていただいていたので、私は割と自由にテンポを揺らしていた。だが、先生はテンポを守り、リズムを守る、それまでの私の演奏と対極に位置する音楽作りを提示してくださったのだった。インテンポの中でのびのびと歌う、ということは、私にとってたやすいことではない。歌おうとすると間延びし、テンポを意識するとフレーズの終始音がおざなりになってしまう。これは今後の課題になりそうだ。今回のレッスンでは、「和音の手前の音を大事にしてご覧。大事な音の前の音を大事に弾きなさい。」この先生の言葉がとても印象的だった。大事な音を弾くためには、それなりの準備が必要なのだ。大事な音の前ですでに心と体の準備が出来ていなければ、いい音がでるわけがない。私は、このことは肝に銘じて今後どのような曲であっても応用しなければならぬと感じた。

他に、ちょっとしたフレーズの感じ方を教えていただき、あまった時間でベートーベンの7番のソナタ1楽章の、ボーイングと指使いをみていただいた。先生のボーイングは他の先生とひと味違うように私は感じて、そこが好きだ、と思った。レッスン後、復習と他の曲をさらってこの日は終了。

第三回レッスン~Beethoven:Violin Sonata No.9 1mov. / 2mov.~

三回目のレッスンの2日前あたりだったろうか、伴奏の小森谷先生からいきなり「星野さんロビーコンサートでられるんだってね、クロイツェルでいいかしら?」とお電話をいただいた。まさかでられるとは思っていなかったので、聞いた瞬間は驚きと喜びで顔が思わずほころんだ。しかしややあってクロイツェルが間に合うのかという焦燥感にかられ、続いて先生にも「ちゃんと練習しておかなきゃね」と言われ、その日からクロイツェルを重点的にみた。三回目のレッスンはロビーコンサート前の最後のレッスンだったので、クロイツェルをみていただいた。先生は「OK。あとはテンポが早くなりすぎないようにね。」とおっしゃって、二三点ピアノについての指示をだした。そのあとに2楽章を丁寧にみてくださり、ボーイングや指使いを教えてくださった。

クロイツェルの2楽章はヴァリエーションになっており、ひとつひとつがとても難しい。まだまだ音楽的にみていただける状態ではなかったので、指やボーイングを教えていただきながら、それでもピアノと一緒に弾けるのはとても勉強になった。ぎりぎり2楽章の最後まで見てもらって、この日は終了した。

ロビーコンサート

ロビーコンサートは13時から、私の泊まっていた霧島観光ホテルのロビーにて行われた。私は一番目で、同じ藤原門下の子が一番最後だった。藤原門下でサンドイッチになっているなあ、なんて思いつつも時間が近づけば緊張もして、人もそこそこ集まってきた。

本番では、テンポは落ち着いて冷静に、しかし音楽は熱く激しく、なにより聞いている方々に楽しんで喜んでいただける演奏をしようと心に決めて弾いた。結果として、裏返ってしまった音があったり若干音程が外れた部分を作ってしまったが、それ以上に音楽を伝える演奏が出来たと自負している。小森谷先生も「うまくいってよかったわね」と終了後お声をかけてくださって、とてもうれしかった。また、久方ぶりに会う高校の時の友達からは「音がきれいになったなあ」と言われ、なんというかスカっとした本番だった。やはりクロイツェルはかっこよくて、素敵な曲だなあと再認識したし、大好きな曲のひとつだということを改めて感じることができた。

第四回レッスン~Beethoven:Viloin Sonata No.9 3mov.~

この日は最後のレッスンで、クラス内コンサートの前日であった。実は私はぎりぎりまでクラス内コンサートで何の曲を弾くか迷っており、保留させてもらっていた。なのでこのレッスンで先生に相談し最終決定してもらおうと思っていたのだが、その前日先生にお会いしたとき、「星野さん、パンフレット出来たよ」と先生から渡されたコンサートのパンフレットには「クロイツェル 3楽章」としっかり記載されていた。「先生、わたしまだ決めかねていて・・・」というと、「もう刷っちゃったし、いいよね」と笑いながら言われ、私は血の気が引いた。3楽章はこちらにきて譜読みを始めたし、まだ先生に一度もレッスンしていただいていなかったので、そんなのを弾いて大丈夫なのかと目を白黒させてしまった。

そんなわけで、最後のレッスンは3楽章をみていただいた。弾き終わると先生は「これ以上は早くなるなよ。」とおっしゃって、あとはいくつかの山やフレーズの作り方を指導してくださった。私がシャープをひとつおとして譜読みしているところがあって、そこもご指摘していただいた。「譜面みながらだし大丈夫だろう」と先生が笑いながらおっしゃったので、不思議なことに私も大丈夫な気がしてきた。その日はその後3楽章をさらって終了した。

クラス内コンサート

いよいよクラス内コンサートで、私は4番目であった。それまでの方はみんなバッハの無伴奏で、私が口火を切る感じだった。どうせ技術的にまだ弾けないのなら、せめて音楽を演奏したい。そう思って、私は精一杯クロイツェルを楽しむことにした。

終わってみれば心配していた技術的に難しいところもクリアできて一安心ではあったが、間違えたくないとかきっちりと弾かねばという気持ちがどうしても強くなって、あまり楽しんで弾けてはいなかったように感じた。終わってから先生に、「やっぱりテンポが速過ぎたかな。あとはピアノをもうちょっとアンサンブルとして聞いてやりとりができたらなあ。でもあと言うことといったらそんなもんだよ」と講評を頂き、自分では速くなった自覚がなかったので、試験やふつうの演奏の時も知らず知らず速くなっているのだろうな、と思った。しかし、結果としてクロイツェルを小森谷先生と全楽章共演出来たことはとてもありがたく光栄なことであった。録音機器のデータがいっぱいで録音出来なかったのが心残りであったが。

研修を終えて

二度目の霧島であったが、今回は見知った友達との4人部屋で生活し、ビュッフェパーティーや門下の集まりにも積極的に参加したので、一昨年とは全く印象の異なる講習会となった。たくさんの音楽会を無料で聞けること、オーケストラやソロでの演奏出来る機会を与えられること、海外の方との交流はさることながら、こんなにも日常生活の面で楽しく和気藹々と過ごせるとは正直思っていなかった。毎日、何を食べるだの、何を買いに行くだの、いつお風呂にいくだの、そんな他愛のないことや会話で笑ったり怒ったり。集団生活は時に制約を感じるけれど、それでも一人きりの一昨年よりずっとずっと楽しかった。ずっと友達も増えたし、ずっと親しく海外の方とお話が出来た(これは昨年のフランス講習の成果かもしれない)。そしてなにより、霧島の地元の方の暖かさがとても身にしみた。タクシーの運転手さんだって、ランチを作ってくださる方々だって、スーパーの方々だって、コンサートをききにくる方々だって、みんなとても暖かく私たちを迎え、歓迎してくださった。そしてその方々はみんな、「音楽」を愛している方々だった。

勉強にあけくれていると、ふとしたときに「音楽」というものを失いそうになるときがある。勿論、音楽を奏でるためには勉強は不可欠であるし、絶対怠るべきではない。だが、音楽とは本来、楽しむべきものである。悲しみに浸る時に聞くものである。人と、自分の感じている気持ちや思いを共有したい時に奏で、聞くものである。そういった、「音楽」を、霧島の人々は知っており、そしてまた、霧島音楽祭に参加なさっている数々のすばらしい先生方はそのことすら-技術面、音楽性は勿論だが-受講生である我々に教えてくださったのだった。

あんなにもすばらしく、国内外で活躍する一流の先生方が一堂に会す音楽祭に参加出来たというのは、終わってみるとなんだか夢のようで、しかし期間中はそれが当たり前だったわけで、いかに私が恵まれた環境のなかで二週間過ごせたかということをまざまざと今になって感じている。この音楽祭に参加出来て、藤原先生に教えを請うことが出来て、本当に幸せだった。

最後に

今回、国内外研修奨学生として貴重な機会を与えてくださった国立音楽大学、学生生活委員会の先生方、学生課の皆様方、ご指導くださる先生方、そしていつも私を支え見守ってくれている家族や友人に心から感謝を申し上げます。皆様のおかげで無事に研修を終え、またたくさんの事を学ぶことが出来ました。今回の研修を糧に、これからも更に自己の音楽を追究していきたいと思っております。本当に有難う御座いました。

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