国立音楽大学

ウィーン夏期国際音楽ゼミナール(オーストリア・ウィーン)

久野 雅 3年 演奏・創作学科 声楽専修

研修概要

研修機関 : ウィーン夏期国際音楽ゼミナール
研修期間 : 2025年8月3日~8月20日
担当講師 : ゾナ・ガザリアン教授

研修目的

  • ドイツ歌曲を演奏するにあたって必要な発語、歌唱技術や曲の解釈の仕方を学び、作品の魅力や情景をいかに明確に表現し伝えるかを研究する。
  • 数多くの音楽作品を生み出してきたオーストリアの文化や環境を五感で感じることで、音楽との向き合い方や音楽観の幅を広げる。

研修内容

8月6日(レッスンの聴講)

12時から14時まで、二人のセミナー生のレッスンを聴講した。レッスンの中で教授が最も強調していたのは、「Good breathing and pronunciation make your voice developed.(=正しい呼吸と発語が、声そのものを発展させることにつながる)」ということだった。練習の際はただ歌うのではなく、必ず歌詞の発音練習を何度も行うように、とおっしゃっていた。良い声を出そうと喉で音をコントロールするのではなく、DictionとMovementを大切に演奏することが重要だとおっしゃっていた。また舞台においては、普段のウォームアップとは異なり聴衆に伝えなければならないのだから、自分の体を全て見せつけるつもりで、スポーツ選手と同じように体の全ての機能、筋肉を使って歌わなければならない、ともおっしゃっていた。特に歌においては口周りの筋肉を柔らかく使うことが大切なため、鏡を見て、口を縦に動かすことを意識しながら(教授はキスをするような口で歌うと良いと冗談まじりにおっしゃていたが)「a,e,i,o,u / i,e,a,o,u」と動かす練習などを繰り返し行うべきだと教えていただいた。「オペラ歌手になると、何回も同じ役を演じることになるわけだが、何回演じても、内容が分かりきっていても、毎回聴衆に説明し伝えなければならないのだから、そこにいる全員が言葉を理解できるように、発語には気を配りなさい」とおっしゃっていたことが印象に残った。また、正しい発語やアクセントについて理解するためには、その言語の文法も勉強しなければならないため、勉強を継続することが大切だということも改めて学んだ。

8月7日(レッスン1回目)

① J.S.Bach: Weihnachtsoratorium, BWV 248, Pt.4:No.39, Aria. "Flößt, mein Heiland, Flößt, dein Namen"
②F.Schubert: Flühlingsglaube, D.686(Op.20/2)

レッスンの初回は、まず声をじっくり確認していただくことから始まった。「mi」でスケールを軽く歌うと、高い音を歌う際に口を縦に大きく開け、口蓋をしっかりと使うように、とご指導いただいた。その後、F.Schubertの歌曲「Frühlingsglaube」とJ.S.Bachの「Flößt, mein Heiland, Flößt, dein Namen」を聞いていただいた。言葉をはっきり発語しようとするあまり、レガートが切れてしまうのが課題だというご指摘を受け、声のポジションがずれないように、額に響きをしっかり集めて声を飛ばせるように意識するようご指導いただいた。また、発語する際に口を横に開いてしまう癖があるため、口を縦に動かすことでよりクリアに発語できるようになる、と教えていただいた。特に、「Flößt, mein Heiland, Flößt, dein Namen」の冒頭の「Flößt 」という単語のöは、唇を窄めて口腔内を狭くして発語するように、とご指導いただいた。口腔内が広いまま発語すると、喉頭も適切に下げることができず、日本語に近い発語になってしまうため、今後も口の使い方を意識していきたいと感じた。また、発声においては、もっと自由に息に声を乗せてほしい、と日本でも以前から多く指摘される「硬さ」を指摘されてしまった。特に、「言葉は歌う上で大切にしなければならないけれど、最終的には言葉も体も全て使って音楽をしてほしい。」という教授の言葉が印象に残った。

8月7日(レッスン聴講)

このレッスンでは、オペラのアリアの歌い方について学びを得た。複雑なコロラトゥーラの部分は、学ぶ際にどんな技術が必要か自分自身でわかっていなければならない、とおっしゃっていた。そして、聴衆に一つ一つどの音を歌っているのかがはっきりとわかるよう、クリアに音程を歌うことや、高音に上がっていくフレーズで顎の蝶番を大きく開けること、時間をかけてでも最高音を響かせてからテンポに戻ることなどを指導していた。また、「難易度の高いアリアになればなるほど、高い集中力が必要となるが、その後にリラックスすることも必要だ」という言葉が印象的だった。さらに、このレッスンでも、iを発語する際に口を横に開き過ぎないようにすることや、響きを引き出すために低い音程でのaの発音はoに近い発音にすることなど、発音に関する指導が多くあった。

8月8日(レッスン聴講)

レッスンでは、今までのレッスンに引き続いて、口を自由に大きく開けること、喉で声を押すのではなく響きを額に集めて出すことを重点的に確認していた。

8月10日(参加者コンサート聴講)

コンサートでは、声楽以外にも、ピアノやヴァイオリン、チェロ、フルート、サックスの演奏を聴くことができた。特に印象的だったのは、音の響き方だ。会場はハイリゲンクロイツにある城で、小さなホールだが比較的天井が高く奥行きもある空間だったため、響きがどれだけ充実しているかが如実に表れる会場だった。体を自由に大きく使いながら演奏している人ほど、豊かな響きを生み出すことができており、体の使い方と響きの関係性について実際に体感しながら学ぶことができた。

8月11日(レッスン2回目)

① F.Schubert: Flühlingsglaube, D.686(Op.20/2)

このレッスンでは、前回と同じ「Frühlingsglaube」を聞いていただいた。前回に引き続き、まだ口蓋と体の支えがうまく使えておらず、響きが横に散ってしまうことへのご指摘をいただいた。また、このレッスンでは、歌曲を表現するにあたって大切にすべきことを多く教えていただいた。特に印象に残ったのは、歌曲は愛や自然について表現されている作品が多いため、感情を込めて歌詞を感じ音の色を変えるべきであることや、アリアと異なり歌曲は自分の感情を出すものであるため、人に“歌を聞かせよう“と思うのではなく“自分の思っていることを人に説明しよう“と思って演奏すべきだということだ。「聴衆があなたの表現・視線からあなたの感情や色を読み取れるような歌を歌ってほしい。」とご指摘をいただき、体のすべてを使って曲を表現することを意識したいと感じた。

8月12日(レッスン3回目)

① F.Schubert: Flühlingsglaube, D.686(Op.20/2)
② F.Schubert: Lachen und Weinen, D.777(Op.59/4)
③ F.Schubert: Ganymed,D.544(Op.19/3)
④ J.S.Bach: Weihnachtsoratorium, BWV 248, Pt.4:No.39, Aria. "Flößt, mein Heiland, Flößt, dein Namen"
⑤ J.Brahms: 5 Romanzen und Gesänge, Op. 84: No. 4, "Vergebliches Ständchen"

一曲目はF.Schubertの「Frühlingsglaube」。前回指導していただいた“歌詞を表現する“ということを意識しながら、子音の発語や声の色を工夫して歌った。歌い終わった後は、ポジティブな姿勢と響きがとても良かったとおっしゃっていただけた。
二曲目はF.Schubertの「Lachen und Weinen」。この曲は、恋をした時の喜びと悲しみに揺れ動く感情を表現している作品なので、声色を使い分けて芝居をするように歌った。歌いおわると、教授から「brava!ドイツ語の発音がよく、すべての歌詞がわかった。表現しようとしていることが伝わってきた」と言っていただいた。このセミナーを受けるにあたって改めて歌詞について勉強しなおしたので、発音と歌詞の意味をよく理解することで“表現がより深まる“ということを改めて実感した。
三曲目はF.Schubertの「Ganymed」。高音のFとGが声の切り替えのところなので、少し音程が不安定になってしまったとのご指摘を受けた。一方で、前回課題として上がった顔の表情に関しては、表情豊かに歌っていて表現しようとする姿勢がとても良かったと言っていただけた。曲を生き生きさせて歌えているのでとても良かったとのことだった。
四曲目はJ.S.Bachの「Flößt, mein Heiland, Flößt, dein Namen」。この曲でも、FやGの音程が少し低くなってしまったところが反省点だった。一方で、教授からは「レガートがとても綺麗に歌えている」と言っていただき、1回目のレッスンでのレガートの課題を少し克服できたように感じた。
五曲目はJ.Brahmsの「Vergebliches Ständchen」。この曲は、男性と女性の掛け合いが特徴的な曲のため、「Lachen und Weinen」のように芝居でセリフを話すようなイメージで、発音や表情に重きをおいて歌った。曲の内容をしっかり表現できている、と言っていただき、前回のレッスンでご指摘をいただいた表現する上での課題を克服するヒントを掴めたように感じた。

8月13日(レッスン4回目)

① F.Schubert: Flühlingsglaube, D.686(Op.20/2)
② J.S.Bach: Weihnachtsoratorium, BWV 248, Pt.4:No.39, Aria. "Flößt, mein Heiland, Flößt, dein Namen"

参加者コンサートで演奏する「Frühlingsglaube」のリハーサルをした。歌い始めの部分で上手く横隔膜を使えていないところは反省すべき点だったが、表情や歌唱表現はこだわって演奏できた。
「Flößt, mein Heiland, flößt, dein Namen」では、Süßesとscheuenの発音を「メロディーを優先して蔑ろにしてしまわないよう丁寧に処理するように」とのことだった。また、高音域はまだ少し音程が低くなってしまう場面もあるので、軟口蓋を上手く使いながら、縦のラインを意識して出すようにご指導いただいた。また、高音域になると口がより横に開いてしまい響きが散ってしまうため、コンパクトに開くことで響きを保つことも重要だと教えていただいた。
レッスンの途中では、以前から声帯の閉じ方に悩みを抱えていたため、そのことについて伺ったところ、息の使い方、コントロールをさらに学んでいくことが大切だと教えていただいた。「必ず息のコントロールは下腹部で行い、声を押さないように練習してほしい」とのことだった。
さらに、このレッスンでは普段の話し方に関してもご指摘をいただいた。日本人は言語の特性上喉で話す人が多く、口も横に開きやすいため、西洋音楽を歌う際の障害になるということだ。「普段話す時から、お腹で支えて、口の前の部分を使い高い位置で話すことを意識した方が良い」と教えていただいた。

8月13日(参加者コンサート)

ウィーン国立音楽大学内で行われた参加者コンサートで、「Frühlingsglaube」を演奏した。セミナーで他の参加者のレッスンやコンサートを聴講する中で、惹き込まれる演奏をする人は、声や音、曲そのものへの集中力が際立っている、という印象を受けた。そのため、参加者コンサートで演奏する際は、言葉一つひとつ、音の一音一音を、息を吸うところから丁寧に表現することを心がけて歌った。特に、歌詞の発語はレッスンで教えていただいたように口を縦に動かすことと、以前から課題である子音の発音も横隔膜を使って発音することの2点を意識したことで、今までよりはっきりと発語できるようになったのではないか。一方で、軟口蓋の使い方がまだ甘く、音程がクリアに上がりきらなくなってしまう音もあったため、今後重点的に学んでいく必要があると感じた。

8月14日(レッスン5回目)

① J.S.Bach: Was mir behagt, ist nur die muntre Jagd, BWV 208, No.9, Aria. "Schafe können sicher weiden"
② F.Schubert: Ganymed,D.544(Op.19/3)

まずはじめに、J.S.Bachの「Schafe können sicher weiden」を見ていただいた。私にとって歌うのが難しい音域が繰り返し出てくるため、自分で思っている以上に深いところから声を出すようご指導いただいた。また、wachtのxの発音は息をしっかり吐き切ってはっきりと発語すること、高い音域では口の形を無理に固めようとするのではなく、口周りの様々な筋肉を自由に動かして歌うことを教えていただいた。また、高音域を歌う際は、もっと軽く歌うことで声が流れ歌詞も聞こえやすくなることや、自分自身の音色を歌詞の発語の悪さで消してしまわないようにというご指摘もいただいた。
二曲目は、F.Schubertの「Ganymed」。初回のレッスンに比べ、声の音色に温かみが増してきてよかったと言っていただいた一方、練習する際は声を聴かせようとして喉から押さないように気をつけるようアドバイスをいただいた。さらに、学ぶということと、歌う感覚を自分で掴むということはまた別のことであり、どちらも大切に勉強を進めていくことが必要だと教えていただいた。
このレッスンでは、エネルギーの使い方、込め方についても言及していただいた。特に、「演奏者自身が、その日の自分自身のコンディションやメンタルの状態など、曲以外の要素にエネルギーを使ってしまうと、観客はエネルギーが音楽に上手くこもっていないことを演奏者以上に感じ取ってしまうので、常にエネルギーを演奏に込めることを意識しなければならない」とのことだった。

研修を終えて

ゾナ・ガザリアン教授と
ゾナ・ガザリアン教授と

今回、初めて海外を訪れ、新たな環境で真正面から音楽や自分自身と向き合うことができたのは、とても貴重な経験であったと感じます。

ゾナ・ガザリアン教授のレッスンでは、舞台上から歌手として音楽を届けるとはどういうことなのか、音楽を届けるためにはどんなテクニックが必要なのかについて多くのヒントをいただきました。特に、技術面では横隔膜や口周りの筋肉を自由に使うことの重要性に改めて気付かされました。そして同時に、音楽をする根本にある感情にもっと力を注いで取り組んでいくべきだということも痛感しました。さらに、ホールでのコンサートやレッスンの聴講を通し、声の響き方や舞台での立ち居振る舞い、言葉の聞こえ方などを学ぶことができました。

日常生活では、セミナーの合間を縫って宮殿や美術館、教会、市場など様々な場所を訪れることができ、歴史や文化はもちろん、多くの音楽が育まれてきたオーストリアの“色彩や香り“、“音“、“時間の流れ“などを、自ら体感できたのがとても大きな経験でした。

また、訪れる先々で、様々な人と交流できたのも良い経験となりました。セミナーの参加者には日本人参加者も多くいましたが、年齢やそれぞれの経験は多種多様で、音楽を学ぶにあたってどんなことを意識しているのかや将来のビジョンはどう描いているのかなどを話す中で、たくさんの刺激を受けました。もちろん、他国からの参加者と交流する機会もあり、互いの国の文化や現地で経験したことを共有しながら、充実した時間を共に過ごすことができました。さらに、博物館で出会った子どもたちや、ホテルやレストランのスタッフの方々とコミュニケーションを取る中でも、言語や文化において学び感じることが多くありました。

研修を終えて振り返ると、音楽家としても、一人の人間としても、多くの学びと気づきを得ることができた18日間でした。今後も、この経験を活かしながら、活動に励んでいきたいと思います。

今回、このような貴重な機会をいただき支えていただいた、ゾナ・ガザリアン先生、山下浩司先生、学生生活委員の先生方、学生支援課のご担当者様をはじめとする皆様に厚く御礼申し上げます。

山下浩司先生のコメント

報告書を読みゾナ・ガザリアン教授のおっしゃった、たくさんの金言が心に残りました。特に”Good breathing and pronunciation make your voice developed”「正しい呼吸と発語が、声そのものを発展させる」というものです。身体を楽器とする声楽家にとって、シンプルですが、これこそ根源ですよね。そこから枝葉を伸ばしていってください。その他にもメンタル面や細かいテクニック、聴いてくださる方々への考え方(伝えるとはどういうことか)等々、とても有意義な時間を過ごしましたね。久野さんが国内外研修奨学生に応募し合格したことで、新しい考え方や方向性を発見できたことは読んでいて私も嬉しく思いました。海外の地で同じ志を持つ仲間と触れ合い、悩み、励ましあい、切磋琢磨できる環境に身を置くことができたことを今後の糧としながら、自信を持って残りの学生生活を悔いの無いよう過ごしていただきたいと思います。

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