ウィーン夏期国際音楽ゼミナール(オーストリア・ウィーン)
石川 真梨奈 4年 演奏・創作学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関 : ウィーン夏期国際音楽ゼミナール
研修期間 : 2025年8月30日~9月8日
担当講師 : ウラディーミル・ハーリン先生
研修目的
音楽の都と呼ばれるウィーンの土地で音楽を学び、味わうことのできる喜びとともに、自分自身の音楽に対する思想や演奏そのものを深めたい。
音楽を発展させてきた作曲家が暮らした街の様子や、今もなお受け継がれている伝統や文化なども吸収し、そこから気になった事柄等を帰国後にも調べて、さらなる学びを広げていきたい。実際に感じて経験したことから、音楽や文化等を通して演奏する楽曲に対する解像度をより鮮明にし、表現できるようになりたいと思い受講した。
研修内容
9月1日 オープニングセレモニー
講習会初日となるこの日は、オープニングセレモニーとして在学生によるコンサートが行われた。交換留学生として在学されている方々の演奏を聴き、みなさんが心から音楽を楽しんで演奏されているのが伝わり、胸が高鳴ったのを今でも鮮明に思い出せる素晴らしい時間であった。
9月2日 第1回レッスン
L.v.ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番 ホ長調 Op.109 第1,2楽章
初回のレッスンでは、はじめに第1,2楽章を通して演奏し、その後に全体的な講評をいただいた。レッスンは2楽章から始まり、この楽章は1楽章とは雰囲気が大きく異なり、冒頭がffで始まるため、つい力を込めて弾いてしまいがちである。そのこともあり、「思っているよりも力みすぎないように」との指摘をいただいた。さらに「音量や強さではなく、エネルギッシュに前に進む力をもって」というアドバイスをいただき、無意識のうちに“強さ”にとらわれて演奏してしまっていたため、音そのものが硬くなってしまっていたのだと気づかされた。
第1楽章については、基本的にペダルを多用しすぎているとのご指摘を受けた。「ペダルで全てを繋いでしまうのではなく、もっとベートーヴェンの書いたスラーから指でフレージングを作ると、それだけで自然と美しく流れるよ」とおっしゃられた。ベートーヴェン自身が譜面に込めた意図を再確認し、楽譜そのものから音楽を読み取る大切さを改めて実感した。
さらに、ウィーン古典派の楽曲で書かれているスラーは、単に音と音を繋ぐためではなく、強弱を示す意味を持つことも多いと教えていただいた。この指摘を通して、より深い理解をもって作品に向き合う必要があると感じた。
9月2日 第2回レッスン
ラフマニノフ:《楽興の時》第3番・第4番
2回目のレッスンでは、ラフマニノフの《楽興の時》をみていただいた。まず2曲を通して演奏した後、どちらの曲においてもアウフタクトの扱いが非常に重要であるとの指摘を受けた。
第3番の冒頭のメロディーについては「自然なレガートで歌うこと」と、「16 分音符に時間をかけすぎず、子音のような認識で次の音に繋ぐこと」を意識するようアドバイスをいただいた。先生は私の名前の3音を使って、とても分かりやすく説明してくださった。また、メロディーを声に出してみてと言われ、実際に歌ってみると歌をとてもお褒め頂いた。そのうえで「声にした歌をピアノの音にしていく、その循環を繰り返すことで、自分の中の“歌”を自然に表現できるようになる」とおっしゃっていたのが印象的であった。
音楽にとって重要な「緊張」と「緩和」のコントラストが非常に明確に感じられる魅力的な作品の一つでもあると先生がおっしゃられ、私自身もキャラクターと雰囲気をより大切に演奏しようと感じた。そして、テヌートの書かれているフレーズは、今までのようにAndante のテンポ通りに弾くのではなく、より自由な歌を求めて次の音に向かってよいとのご指摘をいただいた。
第4番でも同様に、アウフタクトの意識を持つことで音楽がより自然に流れ、その曲がもつフレーズや歌になると教えてくださった。テンポやリズムの厳守は当然のことながら、そのなかでも作曲者の意図する“歌”を自分の中で響かせ、音として表現する循環を大切に巡らせていきたいと思った。
9月3日 第3回目レッスン
ラフマニノフ:エチュード〈音の絵〉Op.33-9
前回に引き続き、ラフマニノフの作品をみていただいた。この作品は冒頭の第1音目が3オクターヴにわたる同音のff から始まる。このように同じ音を3つも重ねている背景を考えると、右手で弾く1音を2本の指で支えて鳴らす方が、より豊かな響きを得られると教えていただいた。この重要な第1音を叩くのではなく、強く、美しく鳴らすためにはどうすればよいかという課題に対し、先生は実際に隣で演奏してくださりながら、鍵盤に対する指の角度や、腕・身体の重心の置き方など、細やかにご指導くださった。その過程の中で、自分にとって最も理想的な「とっておきの1音」を探し出すことができた。先生からの「大きさではなく、響きのクオリティーを高めた音を求めるように」という言葉を聞いた時、私の中で“音”に対する意識が大きく変わったように感じた。音の深さや質を意識して音楽を創ることの大切さを改めて学ぶことができた。
そしてレッスンの最後には、「ラフマニノフも他の作曲家と同様にショパンの楽曲の影響を大きく受けた音楽家のうちの1人であるから、これからもラフマニノフの作品に取り組むならショパンを学んでおけば演奏や作品理解において、助けになるはずだ」とのアドバイスもしていただけた。この言葉を胸に、これから新しい楽曲に取り組む際には、その作曲家や作品に関連する音楽にも積極的に触れ、学びの幅を広げていけるように積み重ねていきたい。
9月4日 第4回目レッスン
L.v.ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番 ホ長調 Op.109 第3楽章
はじめに3楽章を通して演奏した後に部分ごとにアドバイスをいただいた。ベートーヴェンが記した“Gesangvoll, mit innigster Empfindung”という言葉の意味を理解し、まさに「歌を紡ぐように弾くこと」を意識するようご指摘をいただいた。その指導の一環として、まずテーマとなるメロディーを声に出して歌ってみるようにとの指示があった。実際に歌ってみることで、自分のテンポがこれまで遅すぎたことをはっきりと自覚することができた。先生は「声楽的に、内面的に、表情豊かに歌うことは大切だが、テンポが遅くなってはいけない」とおっしゃられ、内面的な熱さと音楽の流れのバランスを改めて考えさせられるきっかけとなった。
続いて第5変奏(VariationⅤ)のレッスンに進んだ。この変奏では、多声部の歌が同時に響き合う意識を強く持つこと、またレガートの表記がない箇所では、音価よりわずかに少しだけ短くノンレガートで弾くようにご指摘をいただいた。テーマであるメロディーの歌と、それに対するスタッカートの声部の重なりが魅力的な楽章だからこそ、しっかりと弾き分けできるようにとおっしゃられた。メロディーラインはエネルギッシュに、オブリガードは1音ずつ明確にぱきっと発音して支えるようにとアドバイスいただいた。
第6変奏(variationⅥ)では、長く続くトリルはできる限り自然に弾き、最高音のメロディーは最も美しい音で歌い続けることとご指導いただいた。またこの変奏におけるスタッカートは、単なる切り離しではなく、強調の意味を持つため、その音をより目立たせて弾くようにとおっしゃられた。実際にそのように弾いてみると、メロディーがより自然に浮き出てくるように感じられた。
楽曲の最後の音については、「音価通りの四分音符分の長さで伸ばしすぎないように、静かに幕を閉じるように完結させること」とおっしゃられた。6つのバリエーションからなるこの楽章を通して、ベートーヴェンが描いた多彩なテーマや音色の変化をより深く感じ取り、これからも一つひとつの表現と真摯に向き合いながら、演奏を磨いていきたいと強く思った。
研修を終えて
今回この講習会を受講するにあたり、ゼミナールの参加をはじめ、1 人で海外へ渡航することやウィーンの街を訪れることなど、私にとってはじめての経験がたくさん重なった。そのような状況であったからこそ、すべてを純粋な気持ちで新鮮に感じることができたように思う。憧れのウィーンの街で音楽を聴き、学ぶことができたこの喜びは、これから先も私の中で音楽と共に生き続けるものになるだろう。
本当に充実した日々を送ることができ、あっという間に時間が過ぎてしまうほど幸せな時間であった。この期間に感じたことを胸に、人として、音楽家としてさらに成長できるよう、これからも真摯に努力を重ね、日々の積み重ねを大切にしていきたい。
最後に、このような貴重な機会を与えてくださり、安心して受講できるようにご配慮してくださいました学生支援課の奨学金担当の皆様、日頃より熱心にご指導くださる先生方、そして常に見守り支えてくれている家族や友人、お世話になったすべての方々に心より感謝申し上げます。自分一人の力だけでは決して成し遂げることができなかったからこそ、皆様からいただいた温かい支えとお力の偉大さを改めて深く感じました。この貴重な経験を糧とし、これからも一層努力を重ね、音楽と真摯に向き合いながら精進していきたいと思います。
新納洋介先生のコメント
石川真梨奈さんがウィーンで過ごした日々は、自分自身を見つめ直す、豊かな時間だったことが報告書から伝わってきました。作品に込められた作曲家の意図を汲み取り、音の質や響きに向き合いながら、誠実に取り組む姿勢が印象的でした。声に出してメロディーを歌うことでテンポや音楽の流れを見直し、内面的な深さと自然な流れのバランスを結びつけようとする姿勢は、演奏者としての成長が感じられました。ウィーンでの学びで得た喜びは、石川さんの今後の音楽表現に一層の深みをもたらしてくれることと思います。初めての海外渡航という緊張の中でも、精一杯音楽に向き合った石川さんの姿勢は、これからの成長の確かな礎になることでしょう。この経験が石川さんの感性を更に深め、これからの人生の多様な場面で活かされていくことを願っています。
