横山だいすけ (11代目うたのお兄さん)
夢は実現できる。
そう信じて「歌」と向き合った。
/2012年9月
プロフィール
横山 だいすけ さん(よこやま だいすけ)
YOKOYAMA Daisuke
11代目うたのお兄さん
千葉県出身。2006年に国立音楽大学音楽学部声楽学科を卒業。幼い頃から歌が好きで、小学校3年生から大学卒業まで合唱を続ける。これまでに榎本潤氏、澤畑恵美氏に師事。劇団四季時代は『ライオンキング』をはじめ数々の舞台に出演。2008年4月にNHKEテレ「おかあさんといっしょ」の11代目「うたのお兄さん」となる。現在は、番組のレギュラー出演やコンサートで活躍し、子どもやお母さんの幅広い支持を集める。
インタビュー
11代目うたのお兄さんとして、NHKEテレ「おかあさんといっしょ」に出演中の横山だいすけさん。
番組の顔として活躍し、子どもたちに歌と元気を届ける多忙な毎日を送っている。
「うたのお兄さん」を目指すと決めたのは高校生のとき。
憧れが現実になるまでにはどのような努力があったのか。
歌との出会いから現在の活動までをお聞きし、その姿に迫った。
子どもたちが聴く「歌」だからこそ、
基礎を大事にしていきたい。
原点はウィーン少年合唱団への憧れ。
母親が大の音楽好きという横山さん。家にはいつもさまざまなジャンルの音楽が流れ、物心がつく前から音楽は生活の一部だった。幼い日の心を特に躍らせたのは、家族とビデオで観たウォルト・ディズニーの映画『青きドナウ』。主演のウィーン少年合唱団の歌声に魅せられた体験は、「歌」の楽しさに目覚める大きなきっかけになった。
「おそらく3歳か4歳くらいだったと思います。どうすればウィーン少年合唱団に入れるの?と本気で親に尋ねていたそうです(笑)。無邪気に“楽しそう”と感じて出た言葉なのでしょうが、今振り返ると、このとき耳にした美しいハーモニーに、幼いながら音楽の“人を笑顔にできる力”を感じていたのかもしれません」
小学校3年生から地元・千葉の合唱団に入り、中学時代には母親の知人の紹介で東京の合唱団にも参加するなど、歌を存分に楽しむ少年時代を送った横山さん。高校では、生徒会活動に専念するために合唱部への入部は考えていなかったものの、合唱部の先輩や先生から熱烈な勧誘を受け、気がつくと部員名簿に名前を連ねることに。国立音楽大学を知ったのは、ちょうどそんなときだった。地元でレッスンを受けていたピアノの先生に勧められ、高校1年生の夏休みに国立音大の夏期受験準備講習会に参加。音楽理論の授業に、ピアノと歌のレッスン……。それまでに経験したことのない本格的な音楽の学びは、どれも刺激的なものであった。そして、ピアノのレッスンを担当した榎本潤先生との出会いは、横山さんの心をいっそう強く「歌」の道へと向かわせることになる。
「榎本先生とは偶然にも家が近く、先生が地元で主催している合唱団に入団させていただくことになりました。プロと一緒に歌う機会やスケジュールが綿密に組まれた合宿など、それまでに所属してきた、どの合唱団よりも活動が本格的で、高いレベルの中で技術を磨けただけでなく、みんなで一つの音楽をつくる素晴らしさを、より強く実感することができました」
「うたのお兄さんになりたい」というビジョンを具体的に描いたのも、この頃だった。高校の資料室で見た文献で、音楽が子どもの成長に深く関わることを知り、自分もそうだったように、一人でも多くの子どもが歌を好きになってほしいと思い、「子どものために歌いたい」という気持ちを強く持つようになる。そして、自身のイメージとはっきり重なったのが、テレビで活躍する「うたのお兄さん」の姿だった。
夢と現実に揺れた音楽づけの学生生活。
声楽を本格的に学ぼうと思い、すでに何度か訪れていた国立音大を志望したことは、横山さんにとってごく自然な心の動きだったという。
「緑が豊かなキャンパスでは、どこにいても歌や楽器の音色が聞こえてきます。いつも音楽があふれている国立音大の環境で、大好きな歌の勉強ができたらどんなに幸せだろうと、足を運ぶ度に思っていました。他の音大のことも調べはしましたが、気持ちとしては国立音大以外、全く考えていませんでした」
晴れて入学してからは、まさに音楽づけの日々。授業以外でも佐藤峰子先生や澤畑恵美先生が毎週主催する勉強会でリートや重唱、オペラの合唱など、さまざまなスタイルの歌唱に取り組んだり、友人と図書館でオペラのDVDを観たりと、好きな「歌」を徹底して追究した。
「国立音大での学びを通じて、より深い部分で歌の表現を考えられるようになりました。基本的な発声方法から、メロディーに合わせたフレーズの作り方、音楽で描かれている世界や作曲された当時の歴史的背景まで、いろいろな角度から音楽を見つめることができた学生時代は今に通じる貴重な時間だったと思います。想い出もたくさんできました。中でも印象に残っているのは、毎年恒例の、NHK交響楽団と共演する第九の合唱。“うたのお兄さん”がコンサートをするNHKホールで、仲間や先生と一緒に歌えたのですから、これほどうれしいことはありません。あとは、みんなで短冊に願いを書いた七夕祭※。もちろん僕の願いは、〈うたのお兄さんになりたい〉でした」
師事する澤畑先生をはじめとした先生たちの励ましを受け、ともに音楽を志す仲間と友情を深めながら充実した学生生活を送る横山さん。何もかもが順風満帆なようにも見えたが、進路に向けた準備がはじまる大学3年生になると、現実的な問題にぶつかることになる。
「“うたのお兄さん”という目標はずっと持ち続けていたのですが、実際にどうやってなるの?と尋ねられると、言葉に詰まってしまう状態……。大学に提出する書類の“希望する職業”の欄に〈うたのお兄さん〉とだけ書くと、他にはないんですか?と、職員の方に心配されてしまったこともありました(笑)。実際、教職課程も履修していたので、中学校や高校の音楽の先生になる道や、大学院でより専門的に音楽を勉強する道も考えました」
将来への悩みを抱えていたそのとき、ある転機が訪れる。知人の紹介を受けて、浦安市民ミュージカル『赤いくつ』で主人公の兄を演じミュージカルに初出演。オペラとは違った歌い方や演じ方に少し戸惑いつつも、子どもも一緒に楽しめるミュージカルの魅力に強くひかれるようになる。そんな折に目に入ってきたのが、当時の現役「うたのお兄さん」が、劇団四季の出身という事実。そのときから、劇団四季への入団も視野に入れるようになる。
「ダンスの経験も皆無だったので、はじめは劇団四季のオーディションを受けるか迷いました。でも、浦安市民ミュージカルでお世話になった劇団四季出身の先生の“自分の実力が分かるから一度受けてみなさい”という言葉に従い大学4年生のときに挑戦すると、なんと結果は合格だったんです」
劇団四季で待っていたのは、ひたすらダンスのレッスンに励む日々。未経験の状態から短期間でプロのレベルを目指さねばならず、ハードな特訓は毎日夜中まで続き体重は一気に10kg落ちた。一つの試練を乗り越えた横山さんは、それから着実に舞台経験を積み、入団2年目にして念願だった『ライオンキング』にも出演。多忙ながらも充実した日々を送っていた折、再び転機が訪れる。
「ある日後輩から“うたのお兄さんの一次オーディションが先日行われたらしい……”と連絡がありました。オーディションの情報は、定期的に問い合わせてチェックしていたのですが、たまたまそのときだけ確認をしていなかったのです。突然の事態にショックを受けながらも、ダメもとでNHKに電話をかけました。すると、ちょうどその日の朝に一次オーディションの追加募集が決まったとの話が。本当に運が良かったと思います」
オーディションの結果は見事合格。かねてからの夢を実現した横山さん。幼少時代から合唱、国立音大では声楽を中心とした音楽の知識や技術、劇団四季ではダンス……それまでの軌跡を振り返ると、「うたのお兄さん」に必要な力をひとつひとつ確実に身につけていた。
※幼児教育専攻の学生が中心となり、様々な遊びを通して子どもたちとの交流を深める行事。
「歌」を届けるプロフェッショナルとして。
月曜日から土曜日まで毎日放送される「おかあさんといっしょ」への出演、全国ツアーを含むコンサート活動など、多忙な日々を送る横山さん。ずっと夢に描いてきた場所で歌える幸せは、他の何にも代えられないという。
「たくさんの子どもに歌を届けられる充実感は、まさに想像していた通りです。特にお気に入りの歌は『ぼよよん行進曲』。東日本大震災の被災地で子どもたちを訪ねるロケをしたときにも歌ったのですが、みんなで歌って元気になれる本当に楽しい曲です」
横山さんが「うたのお兄さん」になったのは2008年。今年で5年目になるが、はじめの1、2年は苦労も多かったそうだ。
「“おかあさんといっしょ”で歌われる曲は、お母さんが子どもと一緒に歌えるように、一般女性が歌いやすいキーに設定されています。でもその音域は、僕がずっと歌ってきた男声高音のテノールよりも低く、曲によっては思うように声を出せないものもありました。それまでは、自分が出しやすいキーにアレンジして歌うことがほとんどだったので、音域をトレーニングで広げるのは結構大変でしたね」
子どもと一緒に歌う上で最も大切なのは「歌詞をしっかり届けること」と横山さんは話す。正しい歌い方を土台に、言葉を正しく伝える。うたのお兄さん・横山だいすけの基本には国立音大での学びが根づいていた。
「歌詞をきちんと伝えるにはどのような歌い方をすればよいかを、うたのお姉さんといつも綿密に話し合っています。学生時代の学びで取り組んできた“曲を深く理解した上でフレーズをつくっていく”という考え方は、今の仕事に欠かせない重要な基礎です」
自分で夢をしっかりと描き、運命を切り開いてきた横山さんに、後輩に向けて夢を実現する秘訣を聞いてみた。
「好きなことや、なりたいものが見つかったら、躊躇せずに突き詰めていってほしいと思います。何もはじめないまま“どうせ無理”と諦めてしまうことほどもったいないことはありません。あとは、何を実現したいのかを公言することも力になると思います。僕は高校時代に“うたのお兄さん”を目指すと決めてから、ずっとそのことを言葉にし続けてきました。人生の重要な節目で、いつも誰かが導いてくれたのは、仲間や先生、家族をはじめとした周りの人が僕の夢を知り応援してくれたからこそだと思っています」