庄野進(国立音楽大学学長)
2004年度から推進してきた本学独自の新カリキュラムが、今年度の1年生を迎え、全学年揃って履修されることになりました。
基礎に重点を置いた1・2年次の学び、3・4年次から始まるコース制、さらには卒業後の進路の選択肢についてなど、今年度より新しく学長に就任した庄野進教授が語りました。/2007年4月
プロフィール

庄野進さん(しょうの すすむ)
SHONO Susumu
国立音楽大学学長
現代音楽の美学、音楽メディア論専攻。
昭和54年東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。
音楽学部・大学院教授、法人理事、副学長などを歴任。
平成16年4月の学科再編・カリキュラム改編を牽引。
平成19年4月学長に就任。
おもな著書に「聴取の詩学~J・ケージから、そしてJ・ケージへ」「音へのたちあい~ポストモダン・ミュージックの布置」などがある。
インタビュー
2004年度から推進してきた本学独自の新カリキュラムが、今年度の1年生を迎え、全学年揃って履修されることになりました。
基礎に重点を置いた1・2年次の学び、3・4年次から始まるコース制、さらには卒業後の進路の選択肢についてなど、今年度より新しく学長に就任した庄野進教授が語りました。
先駆的な新カリキュラムが“完成”。充実した学びの環境を実現
2006年に創立80周年を迎えた国立音楽大学では、2004年度から独自の先駆的なカリキュラムによる教育をスタートしました。そして今春に入学して来られた新入生をもって、4学年すべてが新体制での学びを実践することとなり、2007年度は、いわば新カリキュラムの“完成年”であると言えます。
新カリキュラムの特色を要約しますと、「音楽の基礎能力・知識とともに専攻領域の基礎を徹底的に鍛え、それを土台に専門の教育を積み上げていく。さらに卒業後の進路を見据えたコース制でプロに近づくための技能を磨く」といったところでしょうか。特に、学生の興味や関心に応じて3年次から選択する「コース制」は、新カリキュラムの“核”となるもので、2007年度現在「演奏系」「総合表現系」「創作・研究系」「音楽教育系」の4系統に、30を超えるコースを設置しています。
基本的には、1、2年次に専攻の基礎を固め、その延長上でより専門に特化したコースを選択することが主流となるでしょうが、どの学科・専攻・専修からでもすべてのコースにチャレンジでき、またコースによっては複数コースの同時履修が可能など、学生のやる気次第で、その学び方も大きく広がります。
もともと3年次からのコース制を導入した背景には、4年間の大学生活のなかで、どうしても2年次から3年次にかけて、学生が“中だるみ”してしまう傾向が見られたため、一種の“刺激剤”を与えるとの意味合いも含まれていました。ほとんどのコースに定員が設けられ、適性を図る試験やオーディションを行うなど、学生がモチベーションを持ち続けるという意味では、成果があったと感じています。
新カリキュラムの“核”である「コース制」ならではのメリット
実質2006年度からスタートしたコース制ですが、先日その第一期生となる学生たちと話をする機会がありました。会話を通じ、どの系統においても実践的な学びが展開され、概ね学生たちも満足感を得られているように感じました。
例えば「総合表現系」のアンサンブル・ピアノ・コースの学生であれば、他の楽器や声楽の学生と伴奏を通じて知り合うことができ、ピアノ以外の世界を知ることで自身の音楽観が広がると話していました。また積極的に伴奏を務めることで、実際に演奏する機会が増え、技術を磨くことにもつながっているようです。私自身も本学の授業における課題のひとつとして、実践的経験の重視を掲げており、とくに演奏分野の学生が積極的に行動してくれていることをうれしく思いました。
他方「創作・研究系」の音楽情報・社会コースに所属し、「音楽を文章で世の中に伝えたい」との目標を抱く学生の体験談ですが、インターンシップで音楽情報誌の編集現場を訪ね、実際に簡単な原稿を書かせてもらうなど、憧れの職場の雰囲気を実感できたそうです。もちろん、学生が希望するインターンシップ先が用意される背景には、コースを担当する教員の人脈が大きいのですが、このような取り組み自体が、コース制を導入したからこその産物であり、学生にとっては、旧カリキュラムではなかなか経験できなかった学びのフィールドが用意される結果となっているのです。
ちなみに私が担当するマネージメントコースでは、演奏会などのイベントを実際に学生たちの力に委ねています。イベント内容の企画、立案はもちろん、会場の確保、出演者への依頼、日程の調整、広報活動、チケットの販売などに至るまで、すべて学生だけで運営。当然ながら通常の授業もあり、イベントだけに力を注ぐわけにはいきません。学生にとっては、かなりきつい作業のはずですが、全員がその忙しさを楽しんでいるようで、生き生きとして見えます。実際の“プロの仕事”を体験できている充実感が、学生たちを輝かせているのだと思います。
4年間の学び修了後の選択肢を広げる、大学院の充実とアドヴァンスト・コース
大学としては、コース制終了後、つまりは卒業後の進路についても多彩な選択肢を用意しようと、改革を進めているところです。その一環として、今年度より大学院に博士後期課程を開設。自らの演奏論、創作論を展開できる演奏家や作曲家、世界に向け情報発信のできる音楽学者、音楽教育学者の育成をめざし、初年度は5名の院生を迎え入れました。
大学院の進化により、本学における研究が一層推進されることを期待しますが、そこで問われるのは、「日本において音楽文化を推進する意味」だと思います。言い換えれば「日本において西洋などの音楽を学び、研究する者のアイデンティティ」が問われるのです。それは、大学院生だけではなく、学部に学ぶ学生たちにとっても常に意識していただきたい問題でもあります。自分が何故音楽に関わっているのか。自分のめざす音楽の形は何なのか。音楽に携わる者すべてに与えられた最大にして、最重要のテーマなのかもしれません。
また、4年間の学びを修了した学生の進路として、あらためて大学院とともに注目していただきたいのが「アドヴァンスト・コース」です。これは今年度までは、従来のカリキュラムで卒業した学生に、新カリキュラムの専門的なコースの教育プログラムを開放するものでしたが、今後は3・4年次で学んだコースの上級コースや、3・4年次で履修できなかったコースの科目を履修するもので、より向上心の高い学生の期待に応えるために設けられました。進学するには試験が必要となりますが、コースでの学びをより深いところまで追求するために、有効な選択肢であることは間違いありません。
なお、アドヴァンスト・コースの第一期生として、弦管打楽器ソリスト・コース(マリンバ)で学んでいる塚越慎子さんが、先日「パリ国際マリンバコンクール」で優勝されました。彼女自身、大学での4年間の勉強を終え、進学するのか、留学するのかで悩んだそうです。最終的には充実した国立音大の設備と教授陣のなかに、引き続き身を置きたいとのことで、アドヴァンスト・コースを選択され、その選択が間違いでなかったことを自らの力で証明された形です。
実績と伝統に甘えることなく、積極的なチャレンジを継続
国立音楽大学では、80余年にわたり、多くの素晴らしい卒業生を輩出してきました。それらの実績・伝統は非常に誇らしいことではあります。しかし、いつまでも伝統だけに甘えているわけにはいきません。
今後の国立音楽大学としての取り組みとしましては、まず第一に、より多くの方々が学ぶための門戸を開きたいと考えています。大学院の充実もその一環であり、今後は本学の出身者以外も受験にチャレンジしたくなるような魅力的な教育体制を整備したいと思います。
また、今年度より交換留学生の制度をウィーン音楽・演劇大学と提携しましたが、よりグローバルに視野を広げて国際化の推進に注力したり、2009年度を目処に第三者の認証評価機関による「認証評価」を受けるための準備をスタートさせるなど、本学がチャレンジすべきテーマは、まだまだ尽きません。
“いま”という時代を生きる人々にとって、“音楽”はどのような存在なのか。音楽を通じて人々に伝わる“メッセージ”とはどのようなものなのか。音楽大学だからこそ実現できる、社会や人への貢献を続けていくことが、本学に与えられた使命であると認識しています。国立音楽大学はこれからも、時代の先を見据えながら歩き続けてまいります。