齊藤紀子(オペラ歌手)
声楽家の登竜門、<日伊声楽コンコルソ> 3年連続のグランプリ快挙!!/1997年9月
プロフィール

齊藤紀子さん(さいとう のりこ)
SAITO Noriko
オペラ歌手
愛知県出身
桜丘高等学校音楽科卒業
国立音楽大学声楽学科卒業
同大学院オペラ科修了
二期会オペラスタジオ第36期修了
修了時に優秀賞受賞
オペラ研修所第10期修了
1992年 第23回イタリア声楽コンコルソ金賞受賞
1993年 多摩フレッシュ音楽コンクール第1位
1997年 第33回日伊声楽コンコルソグランプリ
読売新人演奏会出演。二期会本公演「ヴェルディの祭典」「二期会新進声楽家の夕べ」等に出演する。オペラでは「フィガロの結婚」(伯爵夫人)、「カルメン」(メルセデス)、「魔笛」(侍女I)、「祝い歌が流れる夜に」(しま)、「ドン・ジョヴァンニ」(トンナ・アンナ)等を演じる。
齋藤喬、荘智世恵、ジョヴァンナ・カネッティの各氏に師事。
二期会会員。日本演奏連盟会員。日伊協会会員。
インタビュー
今年で33回を数える伝統ある《日伊コンコルソ》。
プロ声楽家への登龍門として定評があるこの《日伊コンコルソ》で、本学学生・卒業生が
ここ3年連続してグランプリを獲得するという快挙を。
31回・徳武雪子さん、32回・高尾佳余さん、そして今年度第33回グランプリは、本学院声楽専攻修了の斎藤紀子さん(ソプラノ)がその栄誉を獲得。
本紙ゲストに、その斎藤紀子さんをお迎えし、学部と大学院時代を通して師事した荘智世恵教授に対談して頂いた。
通学の往復2時間がもったい無く、高校の寮に。すべてが歌のためにあった高校生活でした。
斎藤
小学生・中学生と合唱団に所属し、大好きな歌をやっていました。そのような中、大好きな歌を続けたいので桜ケ丘高校の音楽科を受験したいと思ってからが大変でした。それまでソルフェージュもピアノも全くやっておらず、高校受験に向けて一からでしたので必死。大変な中学生活でした。
1年生のときは自宅から通学していましたが、往復2時間の時間が惜しくなり、2年生で寮に。早朝のランニングに始まり、授業前の聴音など寸暇を惜しんで勉強した高校生活であったように思います。でも、歌えることが楽しくて楽しくて仕方がないという時代のことですから…(笑い)。
荘
初めて会ったのは確か受験を控えた大学の冬の講習会の時。声の素質も大変良く、感性の素晴らしい生徒さんだったと記憶しています。その意味で才能のある人だと声を聴いて分かりましたし、やり直さなくても良い指導を高校時代に受けてこられたことも分かりました。ご自宅から通える距離にもかかわらず、ご自身の意志で入寮されてまで努力された意志の強さ、努力が今日の基になっているのでしょうね。
斎藤
先生、そんなにお誉め頂かなくても…(笑い)。
挫折感はいつもあります。そんな時は常に『一から』出直しです。
荘
斎藤さんは「カタツムリ」のような人(笑い)…。ゆっくり、ゆっくりした歩みでしたが、その音楽性は抜群で、天性の質の良い声で叙情的な、常に心を打つものがありました。それを今日のように開花できるのは、実は少数の人達だけなのです……残念ながら。
私どものところには、難しい入学試験を突破し、声の質も感性も備わった優秀な人もたくさん入学されます。しかし親元を離れ自由の身になって1・2年、フワフワして挫折してしまう方が毎年何人も見られます。私たち教える者にとっては悔しく、残念に思います。斎藤さんはこうした苦言を呈する必要の全くない人でした。
斎藤
もしかしたら、私よりずっと才能のある方も…、本当にもったい無いですね。しかし私もたくさんの挫折を味わいましたが。
荘
そうでしたね。大学の1年間は基礎ばかりやるのですが、1年目のお正月に電話で「先生、私、何も歌えないんです。ひと声ふた声だすと、その声が気になってどうしたら良いのか分からない!!」と、泣きながら言ってきたことがありました。覚えている? その時「それを悟っただけでも貴女は勝ったようなものだから、そのまま迷い迷っていなさい」と言ったことを今でも覚えています。悩むほど歌い続けることが一番大切で、そうしている内にどこからかほぐれ、ものになっていくものなんです。
斎藤
挫折。そこまで行かなくても落ち込むことは日常茶飯事でした。そのような時は「自分には何が足りなかったのか」もう一度『一から』出直し、初めからやり直しました。
これが落ち込み脱出の私の方法でした。
荘
学生はとかく「この曲はまだ歌ってはいけない」と言っても、陰で歌ったり、友だちと声の出しっこをしたりしがちです。私たちが大事に育てているのに自ら声を壊してしまう人もいるんです。斎藤さんはその点、本当に信じて付いてきてくれた学生で、大変楽でした。素直で心を開いて先生に付いて行くということも伸びる大事な要素なのです。
グランプリ連続受賞の秘密は?長期的な視野で育む教授陣。
斎藤
素直だったかどうか、私は自信がありませんが…(笑い)。国立の自由さは外に出てからいろいろな場面で感じることが多いです。国立出身でない方に伴奏して頂くと「どうしてそんなに自由に歌えるの?」と、聞かれることがよくあります。音符などにとらわれないで自分の表現したいことを表現する、国立にはそういう自由さがあると思います。先生いかがです……?大学自体が心豊かなのだと思いますし、それが学生に自然と伝わるのだと思いますが。
荘
国立の先生方は二つのことを大切にして指導に当たっていると思います。まず先生の個性を押し付けない、大事にするのは学生の個性・持味ということ。それと長期的な視野で先を考え育てていくということです。私は「1、2年生の時の成績は全く考えなくても良い」と学生に言います。ですから学生も60点で平気でいます。そういう学生でも4年生になるとグーンと伸び大学院に進学して行く、このような長期的な視野で学生に接していることが、国立の自由さ、おおらかさを育んでいるのではないでしょうか。
斎藤
例えば賞を取るための勉強はしないということを含めて……。
荘
受賞は結果がそうなっただけで……、斎藤さんの受賞を小さくするわけではありませんよ(笑い)。そのことより無心に努力することのほうが大切なのです。その姿勢が、この国立の美しい環境と、自ら求めれば最高のものに触れることができる施設設備の良さとあいまって育って行くのだろうと思います。斎藤さんのように(笑い)。
ところで斎藤さん、これから音大を目ざす高校生の方々に助言があれば。
高校時代をもっと大切にしておけばと猛省しています。
斎藤
助言などおこがましいですが(笑い)。音楽の道を進むうえで大事なことは、高校時代に基礎であるソルフージュ、聴音、ピアノ、語学などをみっちり勉強しておくことが大学へ進んでからも、さらにそれ以降もスムーズな勉強に繋がって行くのだと思います。私は今イタリア語を習っていますが、一つの外国語を若い時期に猛烈に勉強するということは必要だったと今になって後悔、猛省しています。
荘
高校を入寮してまで頑張られた斎藤さんのお話からもお分かりのように、一途なために一つの方向だけを見過ぎる危険な面もあります。反面『曲を深く勉強する』という面も合わせ持つわけです。つまり人それぞれの個性も、持味も異なるわけですから、それを大事に育んで頂ける指導者に巡り逢うことも大切だと思いますね。高校に入ってから勉強した斎藤さんですから桜丘高校の先生 はご苦労されたと思いますが、立派に仕込んで下さいましたし、加えて齋藤さんの人一倍の努力で結実したのだろうと思います。
斎藤
本当に高校時代の先生、それに荘先生のような良き先生方のご指導を受けられたことに感謝しています。私の良き理解者である先生に今後の助言を頂きたいのですが。
自身の持ち声を大切に。そこからはじめて将来があるのでは。
荘
ここまでキャリアを積んだ斎藤さんにですか……(笑い)。私自身が外国の先生に助言された「お前がお前であることと、お前があの人になりたいということは全く違うことだ。声楽家になりたかったら、声を大事にしたかったらこのことを忘れるな」と言われたものです。
貴女の持ち声がどういう声であるか、そしてどの方向に向かって発展し、どういう声になるであろうかということをきちんと見極める必要があると思います。声には部門があるということをプロとして自覚し、真っ直に進んで行かれることが大切だと思います。そこに自分の役柄がおのずと決まってくるのではないでしょうか。今後の成長を楽しみにしています。
斎藤
貴重なアドバイスありがとうございます。《日伊コンコルソ》グランプリを来年も、再来年も獲得できるといいですね。先生方のご指導も大変でしょうが、国立の後輩の方々に奮起して頂きたいものです。