清水チャートリー(作曲家)
くにたちで幅広く学んだ日々の
すべてが今に役立っています
/2019年10月
プロフィール
清水 チャートリーさん(しみず ちゃーとりー)
SHIMIZU Chatori
作曲家

1990年大阪生まれ。国立音楽大学音楽学部音楽文化デザイン学科音楽創作専修(コンピュータ音楽)を首席で卒業と同時に有馬賞を受賞。奨学生として米コロンビア大学芸術大学院を修了後、三菱財団フェローとして米ピッツバーグ大学での研究活動を経て、2018年より独ドレスデンに拠点を移す。過剰な持続と反復を用いた数々のコンセプチュアルな作風を持つ現代音楽作品を作曲。すべての作品に、音楽の多様な時間性に基づいた制約を設け、制限された中での表現を試みる。世界各地の音楽祭などで作品が演奏される他、和楽器の特殊奏法に関する記譜法や楽器法について各地の大学で特別講義を行っている。2016年、弦楽四重奏作品《fiddle》がマルタ国際作曲コンクールにおいて優勝。
インタビュー
笙や三味線などの和楽器を取り入れた楽曲や独特のゆらぎを取り入れたオーケストラ曲で
世界で活躍されている作曲家・清水チャートリーさん。
くにたちで学んだコンピュータ音楽をベースに唯一無二の作風を築いてきた軌跡をお聞きするため、
ドイツから帰国中のひとときにお会いしました。
音楽の“力”に気づいた高校時代

ー音楽には、子どもの頃から触れていたのですか
4歳頃からピアノを習っていました。けれど、楽譜をきちんとなぞるよりも自由に弾くことが好きでしたね。幼稚園の頃から人と接することが苦手で、高校に入学してからもまだ女子とも全然話せなかったのです。ところがある日、講堂にあったピアノを弾くとみんな集まってきて会話も生まれて。音楽ってコミュニケーションなんだと気づいた瞬間でした。
自分が一番やりたいことは音楽だとわかり、それからは独学でジャズの理論を勉強したり作曲して録音したり。現代音楽も聴き始めました。笙を知ったのもその頃です。高校生の時、細川俊夫さん作曲の現代音楽作品のなかで笙の音を聴き、こんな音が出るのかと驚かされました。
ーそして、くにたちのコンピュータ音楽専修※1へと進まれたわけですね
高校時代に作った曲は、今や本当に恥ずかしいくらいです。表現の意味も分かっていませんでしたから。作曲していくための音楽理論だけでなく、機材を使っての録音やマスタリングなどの音響学も含めてすべて学べる大学は、くにたちのコンピュータ音楽専修しかないと考え受験、そして入学することができました。
学生時代は忙しかったです。大学での勉強とは別に、入学後数か月で起業をしたのです。周囲には才能のある学生がたくさんいて、その才能を社会とつなげていけないかと考え、ブライダル業界に向けて、結婚式に私や同級生が作曲したオリジナルの楽曲を届けるという会社を立ち上げたのです。勉強との両立は大変でしたが、3年次までは続けました。
コンピュータ音楽専修では機材を使わせてもらえるのが楽しかったですね。音大という環境で仲間にも恵まれ、他学科の学生に作曲した曲の奏法を試しに演奏してもらったりしていましたね。コンピュータ音楽では今井慎太郎先生、古川聖先生、ピアノは井上郷子先生にお世話になりました。川島素晴先生による1対1での作曲レッスンも頻繁に受けました。また、音楽学の野中映先生の授業では、自分を自由に表現することを学びました。表現することの意味は今でも勉強中です。
ー笙を学んだのも、くにたち在学中ですか
宮田まゆみ先生に教わりました。当時、デンマークからの留学生だった友人が先生に学んでいて、それで自分でもやってみようと。宮田先生は古典雅楽だけでなく現代音楽に笙を生かすこともされている第一人者。とても刺激になりました。
コンピュータ音楽専修は、本当に幅広い内容を学べる場でした。私はそれに加えて、興味のある科目、特に作曲に関する授業は学科の枠を越えてどんどん受けていました。そのすべてが今に役立っています。図書館にも授業の合間には行き、ずいぶん通い詰めましたね。自分ではとても手の出せないような本や楽譜がたくさん揃っていて、分析するのも楽しみでした。
※1当時の名称は、音楽文化デザイン学科音楽創作専修(コンピュータ音楽)
現代音楽の先進地で音楽の多様な時間性を伝える

―くにたちを卒業後は、アメリカに渡って学び続けられたのですね
奨学金を得られたコロンビア大学芸術大学院で2年間学びました。しかし到着2週間後に事件にまきこまれてお金を盗まれ、続いて骨折もして治療費もかかり……。物価も高かったため、大学内のコンピュータミュージックセンターにずっと寝袋で寝泊まりさせていただいていました。しかし、目覚めたらすぐに機材が使える環境というのは、作曲の作業をするには良い環境でした。
―続いてドイツに拠点を移されたのはなぜでしょうか
コロンビア大学で学んだ後、ピッツバーグ大学で研究活動をしていた時に、フランスの村での演奏会に参加しました。人口1000人くらいの小さな村なのですが、各地から多くの人が集まり、村長さんは現代音楽の素晴らしさを20分あまりもご自分の言葉で語ってくれて。ヨーロッパではそれほどにも現代音楽が浸透していると知り、若いうちにそこに身を置きたいと思ったのです。それで、現代音楽やノイズミュージックが盛んなドイツへと移住を決めました。
―作曲される曲は、コンピュータ音楽のイメージを越え、オーケストラ曲、あるいは雅楽器の笙を生かしたり、人間の声だけで構成したりと多様です
芸術表現には手段が必要です。くにたちで学んださまざまな手法は、私の作品づくりに欠かせません。例えば、口から出す破裂音だけで構成しているかのような作品「金魚オブセッション」も、PAによる電気的な拡声が必須です。ごく薄いエフェクト※2の指示を、譜面上にも細かく入れています。
今、私の作品には、オーケストラ曲を含む器楽・声楽作品、自分でプログラミングしてこの世にはなかった音響を作っていく電子音楽作品、そして作曲とは全く異なるアプローチで音の表現を試みるサウンドアート作品があります。
―“すべての作品に多様な音の時間性に基づいた制約を設けている” とのことですが、その意味を教えてください
音楽には大まかに言って3種類の時間性があると思うのです。
ひとつは、テンポ指定と拍子記号が明記されており、奏者皆が同じテンポで刻むメトロノミカルな時間性。
次は、一部雅楽曲などでも見られる、クロノメトリカルな時間性。拍の伸縮率が奏者に委ねられている時間性とも言えます。
そして、出した音が自然に振幅や音量、音色を変え無音に向けて減衰するイデオマチックな時間性。これはその場の観客数や観客の服装、カーペットの厚み、壁の素材など環境によっても変わります。
私は、その三つの時間性をどう使い分けるかを考えています。これは西洋の記譜法だけしか学んでいない人にはとても難しいこと。だから私にとって、笙との出会いは大きなものでした。今は、三つの時間性を組み合わせられる記譜法を開発し、学会でも発表しています。大学などで講演すると面白いことに、ヨーロッパでは言葉だけでスッと飲み込んでもらえるのですが、アメリカだと理論的な質問が相次ぐんですよ。なので、まずは聴いてもらうようにしています。
※2コンピュータ等による音の加工
多くの国を旅することで作品が生まれる

―日本へは久しぶりのご帰国ですね
1年ぶりです。毎年帰国して、複数の大学で特別講義をしたり、コンサートを行ったりしています。くにたちのキャンパスは4年ぶりですが、きれいになりましたね。とてもよい空間ができていて、雰囲気もよく、今の学生たちがうらやましいです。
―移動の多い中、作曲するのはドイツにおられる時だそうですが
今回も日本の後は香港、ヴィスビュー、チューリッヒ、上海、それからヨーロッパやアメリカを回ります。ドイツに戻れるのは数か月後になりそうです。常にさまざまな地域から招かれ、数日置きに長距離移動しているので、ドレスデンの住まいには月に1週間いられるかどうか。ひたすら作曲に没入するために帰る感じですね。
私の場合、多くの国に行って体験を重ねることから、ふと、曲想のヒラメキが出てくるのです。見たことのない風景に触れることが大切。だから今後も、各地での講義や作品発表の機会を利用しながら、ずっと旅を続けていきたいと思っています。
―最後に、くにたちで音楽を学んでいきたい人たちにメッセージをお願いします
海外を含めていろいろな大学をこれまで見てきましたが、くにたちは経験豊富な先生方が大勢おられますし、音楽を学ぶための科目も設備もとても充実しています。入学したら、他専修の学生ともどんどん交流してほしいですね。多様な国からの留学生たちと話すことでも多くの刺激を受け、学内にいても国際感覚が養えます。ぜひ、大学全体を使い倒すくらいの意欲で学んでください。