国立音楽大学

齊藤美絵(打楽器奏者)

形にとらわれず、自由に“いい音楽”を追求する/1994年9月

プロフィール

齊藤美絵(声楽家)

齊藤美絵さん(さいとう みえ)
SAITO Mie
打楽器奏者

国立音楽大学附属音楽高等学校出身。
1992年 国立音楽大学器楽学科打楽器卒業。卒業時には、武岡賞を受賞する。
同年大学院に進学。
1994年3月修了。
1992年 第8回打楽器新人演奏会(日本打楽器協会主催)で〈特別賞〉を受賞する。
1993年 International Computer Music Conference(ICMC1993)へ参加。
1993年 第10回日本管打楽器コンクール「打楽器部門」で第1位受賞。
1991年よりPercussion Ensemble OKADA of Japanのメンバーとして、ドイツ、ブルガリア、デンマーク、アジアの各地で公演。
1994年より「齊藤美絵パーカッションリサイタル~サ・ウ・ン・ド・パ・ズ・ル~」、「齊藤美絵マリンバ・コンサート」を開催し好評を得ている。
1997年 第2回宮崎国際室内楽音楽祭に参加。
8月には韓国でマリンバ・コンサートが予定されている。
現在、ソロ、オーケストラ、室内楽で活躍中。ミラクル・パーカッションメンバー。

インタビュー

ぴょんぴょんと、すばしっこく跳びはねる感じ――初のリサイタルのために、大学時代の先輩が彼女をイメージして作曲してくれたのは、そんな曲でした。

「一つの場所にじっと座って演奏するのは苦手。型にはめられるのが好きじゃないんです。その点、打楽器は思う存分体を動かせるし、音の出るものは何でも楽器にしてしまえる。そんな、形にとらわれない自由なところが、私に合っていたのかもしれません。」

マリンバやティンパニはもちろん、ビー玉を入れたすり鉢、洗濯機用のホース、食器と排水管を材料にした手作りのトーキングドラム……と、齊藤さんの操る楽器はさまざま。その素地は4歳のとき参加した幼稚園の音感教室にあります。
体を動かしてマリンバをたたいたり、歌を歌ったりと自分の体で音楽を奏でる喜び。そして音楽のすばらしさを教えてくれた先生は、国立音大の卒業生だったのです。「先生のようになりたい。」という思いから、齊藤さんは附属小学校へ入学。以来、1994年3月に大学院を修了するまで、“くにたち”で学んできました。

仲間との日々から生まれた転機

弦・管・打楽器クラスの練習室がある国立音楽大学の3号館。授業時間以外はほとんどそこで仲間と過ごした齋藤さん。一日中練習したり、仲間と話をしたり、先輩から挨拶や言葉遣いを厳しく指導されたりと、思い出の詰まった場所だといいます。また、高校時代までは個人練習だったので、大学に入って音楽を学ぶ環境はガラリと変わったそうです。

そんな大学時代、同じ専攻の仲間たちからさまざまな影響を受けていくうちに、音楽に対する姿勢に少しずつ変化が現れて……。

「まず打楽器が先にあってその後に音楽がある。ずっとそう思っていました。でも、4年生になったとき、それが完全に逆転し、先に音楽があって打楽器がある、音楽をやるためにどんな打楽器を使うかを考える、というふうに変わっていました。考え方にせこせこしたところがなくなって、物事を広く見られるようになったんです。」

知らず知らずのうちに自分自身を打楽器という枠にはめこんでいた。それに気づいたとき、齊藤さんは自らの手で枠を打ち破り、肩の力を抜いてすべてを眺められるようになったのです。

目的は“いい音楽”

これからはクラシックを基本に、古典音楽、前衛音楽、ジャズやラテンといろいろな音楽をやっていきたいと意欲的な齊藤さん。打楽器という手段によって齊藤さんが達成しようとしている目的=音楽とは、一体どんなものなのでしょうか。

「私は単純に“いい音楽”をつくりたいんです。与えられたものを再現する演奏家ではなく、作曲や打楽器演奏を通していい音楽を創造する音楽家をめざしたい。まだ、『これ』といえるものを見つけていないので、今の段階では何ともいえないんですが……。」

しかし、いい音楽かどうかを判断する際のスタンスは明確に決まっています。

「何を聴いてもそれをまるっきり否定してしまうことは、ほとんどありません。感じさせるものがあれば、それはいい音楽なんです。演奏者がプロでも、アマチュアでも、子どもであっても、聴いて良ければいい音楽なんだと。」

ぴょんぴょんと跳びはねながらマリンバをたたいていた幼稚園時代。純粋に、大らかに、形にとらわれないでいい音楽を求める姿勢は、その頃と変わることのない彼女本来の姿なのでしょう。

PAGE TOP

お問い合わせ・資料請求
学校案内、入学要項などをご請求いただけます
資料請求
その他、お問い合わせはこちらから