国立音楽大学

留学生 座談会

キャンパスに花開く国際交流の息吹/2008年4月

プロフィール

神原雅之さん、ヴェロニカ・シンドラーさん、王梓凡さん

神原雅之さん(かんばら まさゆき)
広島県出身。国立音楽大学教育音楽学科第II類で学び、その後、広島大学大学院で音楽教育学を修了。広島文教女子大学教授、同大学附属幼稚園園長補佐、広島大学教育学部非常勤講師、広島文化短期大学音楽学科非常勤講師などを歴任し、2004年より国立音楽大学教授、広島音楽アカデミー主事、日本ダルクローズ音楽教育学会理事、リトミック研究センター理事。2007年より国立音楽大学副学長に就任。

ヴェロニカ・シンドラーさん
ウィーン出身。2005年にウィーン音楽・演劇大学入学、リトミックを専攻する。2007年4月より、同大学からの交換留学生として1年間、国立音楽大学でリトミックなどを学ぶ。物心がつく前から家のピアノで遊び、日曜の教会では音楽に合わせてダンスを踊るなど、幼い頃から音楽が大好きな子どもだった。

王梓凡さん
台湾出身。建国技術学院卒業。2005年、国立音楽大学に私費留学生として入学。現在、音楽文化デザイン学科音楽創作専修4年(コンピュータ音楽コース)。入学時はポップスの作曲家を目指していたが、国立音大での学生同士の交流を通して、クラシックなど様々な音楽にも深く触れるようになり、もっと幅広いジャンルを手掛けたいと思うようになった。

インタビュー

幾多の才能を世界へ送り出してきた国立音楽大学は、また、様々な目標を持つ学生を世界から受け入れているヴェロニカ・シンドラーさんと、王梓凡さんふたりの留学生の目には、国立音楽大学、そして日本の音楽がどう映っているか神原雅之副学長が彼らの胸の内を聞いた。

自分の音楽を追究するために留学

副学長
シンドラーさんはウィーン音楽・演劇大学からの交換留学生、王くんは台湾からの私費留学生ということで、それぞれの国で深く音楽に接してきたおふたりが、国立音楽大学や日本にどういう印象を持っていらっしゃるか、うかがいたいと思います。まず音楽を学びはじめたきっかけからお聞きしますが、おふたりとも6歳からピアノを習いはじめたそうですね

シンドラー
はい。でも最初は練習が嫌いでした。真面目に打ち込むようになったのは、母に「辞めたいのなら今すぐ辞めればいい」といわれてからです。そのときやっと「音楽が好き、音楽を続けたい」という気持ちに気づいたのです。練習に身が入ってピアノが上達するにつれて、さらに音楽が好きになりました。

副学長
それで、音楽の先生になろうと思ったのですね?

シンドラー
いえいえ、不真面目な期間が長かったので(笑)、音楽の先生を目指そうなんて思ってもいませんでした。それが、あるときリトミックに出会い、「音楽を楽しむことで芸術性・身体能力・社会性を育てる」という理念にひかれて、「自分もリトミックを教える側に立ちたい」と思うようになったのです。

副学長
社会性を育てる、つまり心を豊かにするというのは、まさに音楽のチカラですよね。さて、王くんはどうですか?


僕も6歳のときにピアノを始めましたが、先生が厳しくて中学1年のときに辞めました。でも、高校2年のときにまた習い始めたんです。そのころよく聞いていたポップスの曲に感動して、「こういう曲を自分でも作ってみたい」と思ったからです。その時に指導を受けた先生を通してコンピュータミュージックの世界を知り、「もっと深く追究したい」という志望を持つようになりました。

副学長
数ある音大の中で、二人がくにたちを選んだ理由は?

シンドラー
日本への留学に興味があったので日本の知人に相談をしたところ、「リトミックなら国立音大だ」と勧められたからです。


僕は、音楽文化デザイン学科のカリキュラムをとても魅力的に感じたからです。また何より、キャンパスの緑の多さにひかれました。

副学長
王くんは欧米への留学は考えませんでしたか?


考えました。高校生のとき教わっていたピアノの先生がカナダへの留学経験がある方で、その学校を勧められたのですが、自分が目指すコンピュータミュージックの世界とは違っていたので最終的に国立音大を選んだのです。

様々な学生との交流、異文化との交流を糧に

副学長
王くんが所属する音楽文化デザイン学科は、コンピュータミュージック以外にも多彩なカリキュラムがありますよね。


はい、レコーディングの勉強をしたい人とか、作曲家を目指す人、映像制作や音響効果を志望する人など様々な人がいます。こういった人たちからいろんな刺激を受けることで、どんどん視野が広がっていきます。音楽文化デザイン学科では年に2回の発表会があるのですが、みんなの作品がとても楽しみです。すごく刺激されるし、参考にもなりますから。

コンピュータ音楽実習室

副学長
シンドラーさんの入学後の印象はどうでしょう。ウィーンと日本の授業で何か違いを感じましたか?

シンドラー
リトミックの授業は、ウィーンと比べて「音楽の能力を伸ばす」という部分に重点が置かれている印象があります。ウィーンではもっと身体能力を引き出すことを大切にしていると思うので、違った角度からリトミックを学べたことは貴重な経験です。一方で、「音楽を楽しむ」という精神は同じなんだ、ということも感じました。

副学長
三味線や雅楽の授業も受けていますよね。こういった授業からはどんなことを学んでいますか?

シンドラー
日本の伝統音楽はヨーロッパの音楽とまったく違っていて面白いです。ヨーロッパの音楽を聴くと“物語”が伝わってくるのですが、雅楽を初めて聴いたときは作曲家の意図も思想もわからず、とまどいました。それが少しでもくみ取れるように、もっと知りたいと思います。それから、日本の楽器はとても楽しい。とくに三味線は体全体でリズムを感じる楽しさがあります。この楽しさをリトミックに応用しようと個人的に三味線を購入したので、帰国後も時間があれば続けたいですね。ただ、正座がたいへんですけどね(笑)。あと、雅楽の楽譜があまり読めないのですが、「耳で覚える」という練習はとても役に立ちました。

副学長
日本の伝統音楽は耳から入る文化ですからね伝統音楽と言えば、台湾にもヨーロッパ音楽とは違った伝統の音楽がありますよね。


はい、実は1、2年生のときは台湾の民族音楽をベースに自分の音楽を作っていました。3年生になって、先生から「キミはペンタトニックが使えて当然なのだから新しいことに挑戦してみなさい」と言われて、あえて台湾音楽から離れて新しいことに挑戦しています。

日本人に根づく“音楽を愛する”文化

副学長
国立音楽大学の校風はどう感じましたか?

シンドラー
とにかくみなさん親切です。日本人は「成績にこだわる」「規律に厳しい」という先入観がありましたが、そんなことはありませんでした。

副学長
この大学の人たちは親切ですよね。みんな気さくだから、窮屈な感じがしませんしね。


親切なだけではなくて、知識が豊富です。それぞれが目指す分野で、非常に深く勉強していると感じます。入学した頃はポップスを作りたいと思っていましたが、先輩や友だちから影響を受けて、もっといろんなことに取り組みたくなりました。

副学長
シンドラーさんは学生との交流で何か印象深かったことはありますか?

シンドラー
友だちとの思い出は語り尽くせません。一緒にステージに立ってリトミックの発表をしたり、能や歌舞伎を観に行ったり、それから、カラオケに行ったり。

副学長
ウィーンにもカラオケはありますか?

シンドラー
お客さん全員の前で歌うお店はありますが、個室はありません。友だち同士で気軽に歌を楽しむという雰囲気ではないですね。

副学長
そういえば、シンドラーさんは日本の学校行事にクラス対抗「合唱コンクール」というものがあると聞いて驚いたそうですね。

シンドラー
はい、学校の行事として合唱ができるのはすごいことだと思います。オーストリアでは音楽を学びたい人は音楽の学校に進むので、ほとんどの学校では音楽教育がそれほど盛んではありません。一般の学生たちは大きな声で歌うことを恥ずかしがるので、ひとつの学校に合唱団がひとつあれば多い方なんです。その点、日本の学校では音楽がより身近に根づいているのかもしれませんね。こういう、日本人の音楽を大切に思う文化はとても素晴らしい。これは守っていくべきだと思います。

副学長
なるほど。日本の若い人たちには、もっと音楽の恩恵に気づいてほしいものですね。

ここでの経験を財産に、世界に旅立つ

副学長
では最後に、将来の目標を聞かせてください。

シンドラー
私は、まずはウィーン音楽・演劇大学に戻って残りの勉強をします。卒業後はリトミック教室の先生になりたいと思っています。とくに興味があるのは、障がいのある方や高齢の方のためのプログラムですね。

副学長
シンドラーさんのチカラを必要としている人がたくさんおられると思います。ご活躍を祈っています。くにたちの仲間も応援していますよ。


僕は日本に留学したことで「国と国の違いの面白さ」を強く感じるようになりました。自分が知らない文化や価値観の違いがたくさんあって、それが面白い。でも、そこから生じる誤解もあります。将来は、国と国がもっと理解し合えるように、語学と音楽の知識が活かせるような仕事がしたいと思います。

副学長
いま学んでいる作曲やコンピュータ音楽は、ぜひ活かしてくださいね。あなたの得意分野や興味のある分野を深めていくことで、周囲の人たちがあなたに関心を注いでくれるような流れができると、きっとその夢に近づけると思いますから。


はい。この大学への留学生活は大切な“財産”です。卒業後は他の国もまわり、この財産をより大きなものにして、いずれ台湾に持ち帰りたいと思っています。例えば、ここで得た友だちを台湾に招いてライブをしてもらったり、そういうことができるといいですね。

副学長
それは楽しみです。そのときは私もよんでくださいね。

最初に王くんの作った音楽を聴いたときは新鮮な驚きを感じました。台湾の民族音楽をベースとした曲だったのですが、発想が日本人とはどこか違うという印象を強く持ったんです。最近では、大学の交友関係を通して受けたクラシック音楽などの影響も相まって、さらに世界が広がっているようですね。

実は、彼に対する第一印象はちょっと近寄りがたいイメージだったのですが、好きな日本人アーティストの話などで盛り上がっているうちにすぐに打ちとけました。

2008年音楽デザイン学科卒業 小林孝太郎さん(王くんの先輩)

2007年度、本学はオーストリアのウィーン音楽・演劇大学との交換留学協定を結び、この制度をスタートさせました。二つの音楽大学が学部学生または大学院生を、互いに交流させることを目的としたもので、本学に在籍したまま、通常1年間留学し、そこで取得した単位を本学で履修した授業科目の単位とみなすことができます。2007年度はウィーン音楽・演劇大学からの留学生を受け入れ、稔り多い成果を残しました。2008年度は本学から2名の学生が留学を予定しています。今後は提携先のさらなる拡大が検討されています。

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