茂木大輔(オーボエ奏者)
パーフェクトの先にあるもの/1992年9月
プロフィール
茂木大輔さん(もぎ だいすけ)
MOGI Daisuke
オーボエ奏者
1981年 国立音楽大学器楽学科オーボエ専攻を卒業。ミュンヘン国立音楽大学大学院に編入。
1985年に修了。同大学で講師を勤める。
1987年 シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団の第1オーボエ奏者として入団。渡欧中にはシュトゥットガルト・バッハ・コレギウム(指揮:ヘルムート・リリンク)のメンバーとしてバッハのカンタータ全集のレコーディングをおこなったほか、ソリストや客演首席奏者として活躍。
1990年に帰国、NHK交響楽団の首席オーボエ奏者となる。
著書として、「オーケストラは素敵だ(正・続)」「オーケストラ空間空想旅行」(以上音楽之友社)、「オーケストラ楽器別人間学」(草思社)。
CDに「スーパー・ライブ」(フォンテック)、「トリオ」(マイスターミュージック)がある。丸山盛三、G・パッシーンの両氏に師事。また、I・ゴリツキ、M・ブールーク、宮本文昭の各氏にもレッスンを受ける。
インタビュー
ステージに立つ時の緊張感。それは音楽に携わっている人ならばプロアマ問わず誰でも体験するものでしょう。が、音楽家の中でもごく限られた一握りの人だけが味わう特別な緊張感もあります。たとえば超一流のオーケストラの一員として大勢の聴衆やテレビ、ラジオの視聴者に完璧な演奏を提供しなければならないという、強烈なプレッシャー。NHK交響楽団でオーボエの首席奏者を務める茂木大輔さんは、たえずそうした言いようのない緊張感と闘っています。
「プレッシャーの克服法ですか?そんなモノがあるんだったら、ぜひ僕にも教えてほしいですね。」
口髭の似合う風貌に一瞬、笑みが浮かびます。
極限に近い緊張感の中で
公演当日。ホールでの最後の音合わせはいつもどおり、どのパートも、どのプレイヤーも、まさに完璧な出来です。最高の仕上がり状態で、あとはただ開演を待つばかり……。そんな時、茂木さんが感じるプレッシャーは頂点に達します。
「これから演奏される音楽に集中することに全身全霊をかたむけ、今にも気分が悪くなりそうな息苦しさに堪えているんです。」
それほどの極限状態を乗り越えた団員たちによって完成されるN響の演奏。最高レベルの演奏家の集団がひとつになり、このオーケストラだけの音が生み出されるのです。
「これはぜったいにN響でしかできない演奏だ、と感じる瞬間があります。それは、100人もの演奏家が綿密な準備を重ねたものが、高純度に結晶した時にしか生み出せないものでしょう。」
演奏中に団員すべてのインスピレーションが100%共鳴し合って、はじめて生まれる音。それは、もしかしたら日本人同士だからこそできるものではないだろうか――彼は、そう考えています。
ストイックに追求する。それが日本流
ミュンヘンで暮らし、高名なオーケストラのメンバーとして活躍し続けたヨーロッパでの日々は、茂木さんに数多くの貴重な体験を与えてくれました。クラシック音楽や楽器、そしてオーケストラについてさまざまなことを学び、その素晴らしさを改めて認識することができたのも、この時期。
「それにヨーロッパの人、特にドイツ人はとにかく音楽が好きだということを強く感じました。オーケストラの団員たちもリラックスして演奏し、まず自分たちが音楽を楽しむというスタイルを自然に身につけているように思えます。そこが日本といちばん違うところではないでしょうか。日本の場合は、音楽の純粋な美しさを厳格に追求することが最大の目的なんです。音楽に対するそういったストイックな姿勢は、歌舞伎や能といった日本の伝統芸能にも通じるものです。」
メンバー全員が一体になって「パーフェクト」を追求するN響の演奏は、あらゆる意味で日本的だ――と彼は続けます。
「もちろん日本の音楽家だって『音楽は本来、楽しむものだ』なんてことは十分にわかっています。ただ、長い年月の中で築き上げられてきた素晴らしいものを壊すことがないよう、注意深く音楽に取り組んでいるだけだと思います。」
クラシックだけでなくジャズや前衛音楽など幅広いジャンルの音楽にチャレンジした学生時代、オーボエ奏者としての地位を確立したヨーロッパ在住時代、そしてN響の首席奏者をはじめ多彩な音楽活動に取り組んでいる現在……。いつも自分にとっての新しい“刺激”を求めて音楽と対面し続けてきた茂木さんは最近、こう考えることもあるそうです。
「技術面が熟した今、日本の音楽界は少しずつ変わろうとしているのではないでしょうか。『楽しくやっても壊れないんだ』と考えることもできるように――」
