国立音楽大学

松井直之(ヴィオラ奏者)

くにたちでの恩師との出会い、仲間との演奏活動が
自分の原点であり財産でもあります
/2016年9月

プロフィール

松井直之さん(まつい なおゆき)
NAOYUKI Matsui
ヴィオラ奏者

松井直之さん

東京都町田市出身。2000年国立音楽大学音楽学部器楽学科に入学。専攻はヴァイオリンで、樋口美佐子、大関博明両氏に師事。在学中の2001年、男子学生4人のカルテット「エラン弦楽四重奏団」を結成し、ヴィオラを担当。翌年、大学主催のソロ・室内楽定期演奏会のオーディションに合格したのを皮切りに、2003年の大阪国際音楽コンクール・アンサンブル部門で優秀賞、文化奨励賞、理事長賞を受賞。2004年大学を卒業後、第5回日本アンサンブルコンクールで最優秀演奏者賞(グランプリ)を、第9回JILA音楽コンクールで室内楽部門第1位を受賞。さらに、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)弦楽四重奏コースのオーディションに合格し、東京カルテットの指導を受ける。2006年読売日本交響楽団に入団、2016年よりNHK交響楽団にて活動するかたわら、2010年に新進気鋭のカルテット「Quartett Hymnus(クァルテット ヒムヌス)」を結成し演奏活動の幅を広げている。2016年度より国立音楽大学の非常勤講師も務めている。

インタビュー

ヴァイオリンを専門的に学ぶために、くにたちの門をくぐった松井直之さん。
大学での出会いときっかけから、演奏者として手にした楽器は、ヴァイオリンよりもひとまわり大きく、音域の低いヴィオラでした。
そんな学生時代からNHK交響楽団のヴィオラ奏者となった経緯を振り返り、くにたちの教壇に立つ現在、そしてこれからのことも語っていただきました。

演奏家として大切なことは
演奏で自分が
何を伝えたいのか

音楽に囲まれた家庭に生まれ ヴァイオリンを習い始めた幼少期

──どんな少年時代を過ごされたのですか

 音楽が身近にある家庭で育ち、ヴァイオリンを始めたのは5歳のときでした。どうやら自分から「やりたい」と言ったらしいのですが、その記憶はまったくありません(笑)。幼少時代をひと言で表すなら“練習嫌い”。1週間で練習していたのは20分くらいだったと思います。転機になったのは、高校1年生の6月に、指揮者の父に連れられ十和田市の演奏会に参加したことでした。父が指揮をする『第九』のオーケストラの最後列に奏者として舞台に上げてもらったのです。「自分で出る」と決めたからには、一生懸命練習しました。音楽大学への進学もこのころに芽生えたのですが、指導をお願いしていた樋口美佐子先生に相談したところ、驚き、あきれられました。当時の私は、小学生が弾き終えるような曲さえ弾けないほどでしたから。とある音楽大学の夏期講習に参加したところ、講師から言われたのは音楽大学への入学は「1日に1曲エチュードを仕上げてもムリ」でした。
 このようなひどい状況にかかわらず、その年の秋に、大関博明先生が私の指導を引き受けてくださることになりました。それからは、くにたちに入りたい一心で、ひたすらヴァイオリンを練習する日々。1日最低でも5時間は弾いていたので、かつての100倍以上です。それまでやっていなかった分を取り返す勢いで、とにかく練習時間を増やしました。1日10時間なんて日もありましたね。少しずつできることが増えてきているという実感もあり、その後くにたちに合格することができました。

──弦楽四重奏団を結成するなど、かなり活動的な“くにたち生活”を送られたそうですね

 くにたちのオーケストラの授業では、専攻のヴァイオリンのほかに、オーケストラで1年間ヴィオラを演奏することになっていました。私は2年次にヴィオラを演奏したのですが、ちょうどそのタイミングで、弦楽四重奏団を組まないかと声をかけられたんです。もともとヴィオラ専攻の学生はおらず、集まったメンバーの中でヴィオラの経験があるのは私だけ、しかも身長が高いこともあり……、流れでヴィオラを担当することになりました。
 「エラン弦楽四重奏団」を結成して間もなく、学内で開かれる定期演奏会のオーディションに挑戦することになり、ハイドンの『騎士』を4カ月みっちり練習しました。当時は室内楽の授業はなく、とにかく手探り状態で、朝から夜まで食事の時間以外はすべて練習という日もありました。その甲斐あって、オーディションに合格し、その後、いつくかのコンクールで賞をいただくこともできました。4人での活動は9年に及びましたが、メンバーや環境に恵まれたと改めて思います。初代のメンバー4人は全員、オーケストラに現在所属しています。このときに経験したことが、自分の音楽人生の大切な柱になっていると実感しています。

四重奏団とオーケストラの ヴィオラ奏者として

──オーケストラのキャリアも10年を超えましたね

 くにたちを卒業した後、しばらくエラン弦楽四重奏団での活動を続けながら、岡田伸夫先生にヴィオラの指導を受けていました。岡田先生は基本から丁寧に指導するスタイルで、これを機に「自分が生きる道はヴィオラだ」と決心しました。ヴィオラはオーケストラに欠かすことができない楽器ですが、ヴァイオリンほど演奏者が多くなく、良い演奏家になれれば良いオーケストラに入団できる、という甘いささやきに心を動かされた、ということも少しあります(笑)。
 そんな折、読売日本交響楽団にエキストラで参加させていただき、隣で弾かせていただいた団員の方にオーディションを受けてみないかと勧められました。オーディションはその1カ月半後。わずか3回のレッスンの後、オーディションに臨みました。合格という結果は、自分でも半信半疑でした。大関先生に報告したところ、「本当か?」と、先生も同じ気持ちだったようです。無欲だったため気負いもなく審査を受けられたのが良かったのかなと思います。

──楽団のカラーや違いなどはあるのですか

現在も活動を続けているカルテット「Quartett Hymnus」。右が松井さん。
現在も活動を続けているカルテット「Quartett Hymnus」。右が松井さん。

 読売日本交響楽団は、世界的に有名な指揮者のもと高いレベルの中でオーケストラの一員として演奏できる楽しさがあり、充実感がありました。当然、演奏に対してはとてもシビアでしたし、準備にかける時間や集中力も求められました。1日3時間のみのリハーサルで2時間のプログラムに備えるなんてこともありました。といっても、時間中ずっとピリピリしているわけではなく、休憩中は笑い声も聞こえるような良い雰囲気でした。
 オーケストラと並行して「Quartett Hymnus(クァルテットヒムヌス)」の活動を開始したのも、この楽団にいたころでした。音楽を演奏してきた環境もキャリアもそれぞれ異なる4人で結成したため、1年目は合わせることだけで精一杯でした。それでも練習を重ね、1年間の3分の1近く顔を合わせた年もありました。Quartett Hymnusは、演奏だけでなくアマチュアの指導も行っていて、この四重奏団での経験が「もっと違うことを学んでみたい」という気持ちに火をつけてくれました。読売日本交響楽団から、NHK交響楽団に入団したのは、そんな理由からでした。NHK交響楽団は、事前の準備から出す音、体調面を含めたコンディションにいたるまで、求められるレベルはとても高いものです。NHK交響楽団でのキャリアはまだ始まったばかりで、この楽団の演奏スタイルなど学ぶべきことは山積しています。少しずつ自分のポジションを確立しつつ、学んだことを演奏に生かしていきたいと思っています。また、Quartett Hymnusは、“自分をニュートラルにしてくれる場”でもあるので、活動も継続していきます。

2016年4月からは非常勤講師として くにたちの教壇に

──先輩として、教員として、くにたちをめざす人にメッセージをお願いします

 学生を指導するという立場になって、教えることの難しさを改めて実感しています。45分間という限られた個人レッスン時間の中で、学生に伝えるためには何をどう説明したら良いのかは毎回の課題です。今になって、自分を指導してくださった先生方の指導はこういうことだったんだなとか、こんなことに苦労されたんだなと、理解できるようになりました。幸いなことに、くにたちは温かみがあってみんなで楽しく音をつくろうという雰囲気があります。充実した設備が整い、名だたる先生方も数多くいます。入学が最終目標ではなく、入学に向けて、そして入学してから、と先を考えながらステップアップしていくことが大切なのではないでしょうか。ただレッスンをこなすのではなく、ここで得られた経験を将来の自分に生かしていこうという気持ちで学生生活を送ってもらいたいですね。音楽は、楽譜を正確に演奏することが100点ではないですし、その場のその音で評価されるもので、100%の正解を探し続けていくものです。演奏で何を表現したいのかを自分に問い、壁を乗り越えながら成長していってほしいと思います。

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