国府弘子(ピアニスト)
N.Y.経由の長い音楽ツアー共演者は1台のピアノ/1989年7月
プロフィール
国府弘子さん(こくぶ ひろこ)
KOKUBU Hiroko
ピアニスト
1959年 東京生まれ、国立音楽大学器楽学科ピアノで三富二葉教授に師事。
卒業後ニューヨークでジャズを勉強、帰国後1987年にビクターエンタテインメントの専属アーチストとなりアルバムデビュー、以後1年に1枚以上のペースで自作の曲を中心に国内外でCDをリリースしている。
クラシックからジャズ、ブラジル音楽からラテンまで、その豊かな音楽土壌から生まれた独自のあたたかなサウンドと、気さくで陽気な一体感を醸し出すステージ活動で全国に幅広いファンを持つ。
1997年には文化庁芸術家海外派遣制度でアメリカ生活を送る。
音楽活動以外にも新聞や雑誌へのエッセイ執筆、DJ、音楽講師など多忙をきわめる。2002年はデビュー15周年記念としてCD「Welcome Home」「Piano Anniversary」の連続リリース、また秋には11/7(木)赤坂アクトシアターを始め全国のコンサートツアーが予定されている。
オフィシャルホームページはhttp://www.kokubuhiroko.com
インタビュー
ニューヨークのダウンタウン、8thアベニュー沿いにある「ワーク・ショップ」はジャズの道場。毎晩、ここに参加費8ドルを握りしめたジャズプレイヤー志望者が集まってきます。多くは若い黒人ですが、なかには70歳近い老人も……。
ある日、扉を開けて入ってきた若い女性に、常連たちの物珍しげな視線が一斉に注がれました。黒い髪の東洋人。ぼろぼろのジーンズ姿。おずおずと8ドルを差し出す彼女に同情した係員は「4ドルでいい。残りでサンドイッチでも買いなよ。」現在、彼女が第一線で活躍するピアニストに成長したのを、その係員は知っているでしょうか。
ワーク・ショップで身に付けた BADな演奏
「日本から来たお嬢さんと思われるのが嫌で、わざと着古したジーンズを履いていったら、途中で何かに引っかけて破いちゃったんです。思い切り恥をかいてやろう、と決心して始めたニューヨーク生活のスタートにはぴったりだったかも。」
国立音大を卒業して渡米するまで、国府さんは自分の進む道を決めるために迷いに迷った時期があったそうです。
「自分で音楽ジャンルごとに壁を作ってたんです。ジャズ界に進むならクラシックは捨てなくては、なんて思ったり、問題はジャンルではなく、まず自由に自分を表現する音楽に挑戦することだと決心するまでに1年かかりました。」
そして、その挑戦のためにとった手段が、単身渡米という荒療法だったのです。
「ワーク・ショップは国の援助も受けている立派な教育機関ですが、雰囲気はやはり道場。集まった人たちは師であるバリー・ハリス氏を囲んで、氏が口ずさんだ4小節のフレーズを交替に演奏し、口伝え、演奏伝えで学んでいくんです。」
が、最初の頃はピアノがスイングしてない、楽しくないと言われ続けました。
苦しんだり、恥をかきながら毎晩、本場のジャズをシャワーのように浴びる生活が続きました。そんな半年後のある日、演奏を終えた国府さんに、仲間たちが、
「ヒロコの演奏はBADになったな。」と口々に言うのです。
ガッカリした国府さんは、後日、BADという言葉が「最高にいかす」という意味のスラングだと知ったのでした。
私はピアノで唄っていく聴く人を私の世界へ誘うために
ニューヨークで1年修行したとはいえ、帰国後すぐに注目されるほど日本のジャズシーンは甘くありません。そこでまず国府さんは道場破りならぬジャズクラブ破りを開始。つまり、各地のジャズクラブのステージへ飛び入り参加するのです。
「そのスリルといったら並じゃありません。とにかく共演者に負けられない、仕掛けられたアドリブをとっさの判断で切り返さなければ、と必死。間近でドラムがけたたましくリズムを刻んでいるのも聞こえないほどの緊張感でしたね。」
そんな国府さんに、彼女が師と仰ぐ佐藤允彦氏はこう助言してくれました。
「外国人が歌舞伎をやれば大きな拍手を受ける。でもそれは歌舞伎が素晴らしいのではなく物珍しいからだ。君は女性だからという理由で珍しがられるピアニストになってはいけない。それには、ものまねじゃない音楽を完成させなければ。」
ステージでの経験や、佐藤氏の助言を受けて始めたオリジナル作品の作曲・編曲活動やジャンルにとらわれない音づくりへの挑戦が国府さんの音楽を着実に築いていきました。そして現在、国府さんはアルバム制作や大規模な演奏ツアーを行う一方、テレビのキャスターやエッセイなどの文筆活動にも挑戦するなど、幅広く活躍中。今後は、エンターテイナーの面も磨いていきたい、と語ります。
「私の役目は客席に音楽の楽しさを伝えること。歌手と違って私たちの場合、客席と自分との間にピアノというクッションがあると思いがちですが、そうじゃない。私たちはピアノで唄っているんです。」
国府さんが“唄う”ピアノは、聴く人を魅力的な世界へと誘います。彼女が多くの音楽や人との出会いの中で見つけた自由で楽しい音楽の世界へ――。
