国立音楽大学

河原忠之(コレペティートル)

オペラに不可欠なコレペティートルとは?/1998年9月

プロフィール

河原忠之(コレペティートル)

国立音楽大学附属音楽高等学校(東京都)出身
1988年 国立音楽大学大学院(ピアノ専攻)修了
1991年 イタリア留学。アルド・プロッティ氏のもと、ヴィェルチェッリ音楽院においてオペラ伴奏ピアニストとして勤める傍ら、数々の演奏会に出演。また、往年の名ソプラノ、マリア・カルボーネ女史のもとで、伝統的なイタリアオペラの音楽表現はもとより、発声法、ディクションなど幅広い指導を受けた。
1993年 帰国後、オペラ制作に欠かせないコレペティートルとして数々の主要なオペラ公演に参画している。

最近の音楽活動

藤原歌劇団のコレペティートルとして「椿姫」「蝶々夫人」「アンドレア・シェニエ」「シモン・ボッカネグラ」「愛の妙薬」「ファウスト」「トスカ」「イル・トロヴァトーレ」「マクベス」「ラ・ファヴォリータ」「カルメン」などのオペラ公演に参加。新国立劇場公演「アイーダ」に参加。
CD録音も数多く、錦織健、塩田美奈子、小原孝、足立さつき、斎田正子、高橋薫子等アーティストと共演している。現在・藤原歌劇団、新国立劇場オペラ研究所コレペティートル。アトリエダンカン所属。
1999年に東京・渋谷シアターコクーンにて独自のコンサートを企画。
現在国立音楽大学大学院非常勤講師
現在、イタリア・ミラノ在住。藤原歌劇団団員

インタビュー

コレペティートルとは聞き慣れない言葉ですが。

オペラの世界では常識的な職業のようですが、そもそもコレペティートルとはどのような仕事なのですか?その辺からご説明頂けますか。

最近では大分定着した言葉、というより必要性が認識されているオペラには不可欠な職業、オペラの稽古においてのスタッフの一人なんです。オペラの稽古段階を順を追って説明しますと、まずオペラ歌手は自宅でさらい、次の段階において稽古場で、私たちコレペティートルとの一対一のレッスンになります。それから副指揮者による複数人との重唱、マエストロ(正指揮者)による総合的な音楽レッスン、演出家による立ち稽古、通し稽古(ハウプト・プローベ)、総稽古(ゲネラル・プローベ)と進み本番になります。その過程でコレペティートルは音程のズレ、高低などいろいろなアドバイスをすることになります。プロのためのコーチといえば分かりやすいかもしれません。いわゆる指揮者のアシスタント的な役割です。初期の練習段階から公演の終了までずっと付き合っていきます。そのような役割を持つコレペティートルですから、オペラのどの役についても精通していなければなりませんし、極端に言えば、歌えなければならないのです。

ピアノの伴奏とは違うのですか?

例えば稽古のなかで重唱とか、あるいは指揮者が来て音楽稽古の際にピアノを弾く人はピア二スト、ピアノ伴奏と言いますが、それとはまた違います。日本ではコレペティートルとピアノ伴奏を両方兼任している方が多いのでちょっとゴチャゴチャしています。しかし立場的には全然違います。

もう少し具体的にどのように違うのですか?コレペティートルの人はマエストロの意向、考え方、捉え方を敏感に察知していると言いますが。

指揮者が初めて来たときによりよいレッスンをするために、指揮者と曲のここはこのようにということを、あらかじめ聞いておき、オペラ歌手に指揮者の意向を伝えながらレッスンをすることになります。指揮者が来たときに稽古をうまく進められるようにする、それがコレペティートルの役割の一つです。そのような手順を踏むことによって、稽古もスムーズにいきますし、何よりも、より深いところまで指揮者と歌手とのレッスンができるようになるわけです。単なるピアノ伴奏とはいろいろな点で異なることおわかり頂けるでしょうか。オペラ公演には、コレペティートルが絶対必要なことだと思います。段々日本でも定着してきましたし、後はコレペティートルを目指す方が増えてくれればいいと思います。

世界で、また日本でどのくらいコレペティートルをやってる人がいるのですか?

正確な人数までは分かりません。また先程も言いましたが、ピアノ伴奏とコレペティートルが混乱していますし、分からないのが実情ですが、世界で見れば非常に多いと思います。例えばドイツ、イタリア等の国においては劇場付のコレペティートルが各劇場に5~10人ぐらいいます。日本では劇場ごとではなく、オペラ公演ごとにコレペティートルとして雇われているのが現状です。ピアノ伴奏に飽き足りない人が努力されコレペティートルになられた方も多いですし、段々増えていると思います。それだけ必要性が認識されているということでしょうね。

コレペティートルはオペラ歌手以上にオペラに精通しなければ。

ピアニスト、あるいは伴奏者、あるいはコレペティートルと選択肢はいろいろあったと思いますが、河原さんがコレペティートルでやっていこうと思ったきっかけは何ですか?

何よりもオペラそのものが好きだった、それが根底でしょうか。私は附属音楽高等学校から学んでいましたが、その時男子学生が6人いました。その中に一人声楽を志す人がいました。その彼とは大変仲がよかったので、折に触れその伴奏をしてました。彼とは高校、大学、大学院と都合9年間一緒に学んでいたわけですが、身近に声楽をやっていた友人がいて、常にその伴奏をしていたのが最も大きな要因だったと思います。自然と、そういう環境になったように思います。それと学生時代の友人関係ですから、曲の解釈・表現においても思い切ったことが話し合え、刺激し合いましたし、負けじと歌手以上に練習もしました。

伴奏するのとコレペティートルをやるのでは全然違いますよね? そこには何かあったんですか?

国立音楽大学大学院を修了した後、大学院オペラの助演として何年間か働かせてもらってイタリアに行く機会に恵まれました。先程も言いましたがオペラが好きだったんですね。いろいろなことを調べていくうちに、声楽家と対等に喋れるようになります。そうすると段々面白くなってき、オペラ歌手以上にオペラを、そして曲を勉強しましたし、そうやってコレペティートルの必要要件を備えていったと思います。それと往年の名ソプラノ歌手として名高いマリア・カルボーネ女史のもとで幅広い指導を受けられたことが大きいですね。伝統的なイタリアオペラの音楽的表現はもとより、発声法、ディクションなどイタリアオペラの真髄を学ぶことができたと思っています。

オケなしで、コレペティートルだけのオペラ公演は例がありますか?

日本では頻繁に行われています。これはコレペティートルという立場ではなく、ピアニストの立場でピアノを弾いて公演するのですが、予算がない時に多いですね。ただしこれには大変難しいテクニックがピアノに求められます。ピアノという一つの楽器でオーケストラをカバーするわけですから。例えば弦楽器、管楽器、歌などは音が持続できますが、ピアノというのは一度鍵盤を叩いてしまうと音が減衰していくだけですよね。その減衰していく音を、いかに続いているように聴かせるかということ、一番苦労している点です。

話がそれますが、それはどうやったらできるんでしょうか?

よく聞かれますが、すごく難しいんです。まずオーケストラを聴くときの感性を鋭くするということ、鋭い感性でもっていかに自分で表現できるかという問題がまずあると思います。テクニックで言えば、ピアノに関してはペダルを使っていればずっと音は伸びるんですが、私はそれを使わないで基本的に手と指のテクニックでそれをやっています。技術的なことなので上手に説明できないのが残念ですが。勉強のつもりでいろいろな曲もやりました。その蓄積もありますね。イタリアでも本当に勉強しました。

先程留学のことに触れて頂きましたが、イタリアで勉強されていた様子をもう少しお話頂けませんか?

1991年に初めてイタリアに行き1年10ヵ月居ました。コレペティートルになるという意識でも行きましたが、留学先で、まずは語学をと思いました。イタリア語を勉強したことが結果的にさまざまな面で有意義でした。音楽的知識については日本にいるときからある程度得てたので、イタリアでは、本当に新しいものだけを吸収しに行ったように思います。語学と生活面、そして文化に溶け込み、今まで自分のもっていた音楽に色をつけることができたと思っています。

これは私個人の考えですが、イタリアやドイツなど外国に行かないとオペラの感性は形作られないですし、維持できないのではないかと思っています。やはりオペラにとって、そのような感性を持ち、維持することが基本でしょう。

日本にもたくさんのコレペティートルはいますが、単に「そこの音程は高いよ」とか「低いよ」「そこのリズムは違うよ」と、それだけを言うのではなく、それ以上のことを伝えられるコレペティートルになりたいと努力をしています。例えば、オペラを歌うということは発声が深く関わっています。発声は人によって違いますが、その人の発声を解ったうえで、その人の発声を使って、アドバイスできるようにと心がけています。イタリア留学時代に学んだことが今日まで持続しているのは留学の成果だと、私は思っているのですが。

真の意味でコレペティートルを理解するうえで、もう少しお話頂けます?

音楽の心情というか、何を思ってピアノを弾いているかというお話をしましょう。抽象的ですが、私は最低限、音楽に対する感謝と云うか、そうした気持ちを絶対に忘れないようにしています。自分がこうしたい、こう弾きたいというものはありますが、作曲家の手を離れた「作品の持つ力」そのものを自分を通して出すことができることに感謝したい、こうした気持ちを絶対に忘れないようにしています。

基本的に、私の信念として、小さいフレーズにこだわらずフレーズは大きくとります。そう考えるとフレーズの大きいブレスの長いオペラ歌手が合いますね。やはり感性ですかね。

コレペティートルになる条件は?

楽器を弾くのではなく、音楽を弾くことが重要だとよく耳にします。コレペティートルになる条件でしょうか?

例えば、ピアノ科に学ぶ学生でしたら、できるだけ違った方面の楽器を聴いたり、音楽だけではなく他の絵画・彫刻などの異分野にも興味を持ったり、読書をしたり、自分の感性の幅広さ、幅の拡充に取り組み、常に感性を研ぎ澄まし、鋭く持つことが大切だと思います。そのうえで、伝統あるヨーロッパには行くべきでしょう。そこに根付いているもの、歴史から宗教まで全くの異文化を知ることが、自らの感性のためには必要でしょう。「異」が分るためにはある程度日本で学んでおかなければなりませんが…。私が考える「音楽を弾く」ということは、そのようなことです。「楽器を弾く」という技術面での追及はもちろん外せないことですが。

ところで2、3時間ものオペラ全曲を暗譜するのですか?

オペラ歌手の暗譜が抜けたときに、私たちコレペティートルはそれを教える立場にはあります。そのために私たちが覚え、頭に入れておく必要性はありますが、実際には、それは大変難しいことです。ただし全曲通して歌うように、歌えるようにしなければならないと思います。即興力と移調はかなり必要な要件ですね。私の場合は附属音楽高校のころからそういう教育は受けてきましたから…。
即興は、集中力という言葉に置き換えてもいいかもしれません。いかに集中力を出すかが問題ですが、私は何か大きな力が働いて自然に弾かされているという感じを受けることがあります。そういうときは自然体で、まさに集中している状態なんでしょうね。集中力の状態をいかに出し、維持していくか、コレペティートルも体力がその意味において大事ですね。

コレペティートルを目指す高校生に一言アドバイスを。

もっともっと広い意味での自分の感性を高めるために、それこそいろいろなことに興味を持って欲しいと思います。例えば、アンサンブルのように合わせることも大切ですが、それだけではなく、その人の呼吸を察知することなど細かな感覚も大切でしょう。あとは、その人の持っている音楽を耳で分ろうとするだけではなく、心で分るようにすることなども大切です。できればCDなどで全曲を通して聴くことも大切ですね。コレペティートルはオペラ歌手以上に勉強することが求められる職業だと思います。加えてコレペティートルを目指す人は英語、ドイツ語、イタリア語、フランス語の4語の基本的な文法と、最低限読めることが必要でしょうね。一見条件が厳しいようですが、極めて日常的な心がけでクリアできることだと思います。頑張って欲しいと思います。

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