国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)研修報告書

宮岡 緑 3年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

  • 研修先:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)
  • 研修機関:モーツァルテウム夏期国際アカデミー
  • 研修日程:2008年8月11日~2008年8月23日
  • 講座名:Meisterklasse Klavier
  • 担当教授:Prof. Siegfried Mauser(ジークフリート・マウザー)

モーツァルテウム夏期国際アカデミーは、毎夏モーツァルトの生地ザルツブルクで開催される「ザルツブルク音楽祭」の一環として、国際モーツァルト財団とモーツァルテウム音楽院が世界の若い音楽家の育成を目的として開催しているもので、1916年の開催以来90年以上の歴史を誇る伝統、規模ともに全ヨーロッパにおける音楽講習会としては最大のものである。

研修目的

大学に入学して以来、積極的に演奏会や学内の公開レッスンを聴講してきたが、私は気質の違いからか外国人には日本人にはない表現の大胆さがあると感じるようになった。私にとって「表現の大胆さ」が大きな課題となっている今、文化の異なる国の人々が集まる国際アカデミーという場で、著名な教授から様々なアドヴァイスを受け、さらに各国の同年代のクラシック音楽を学んでいる学生と交流することで、多くの刺激を受けて本場のヨーロッパの地で自分の音楽を見直し、さらに発展させていくことを目的とした。

研修内容

オーディション

講習会の初日、8月11日(月)15時から私が希望していたBashkirov教授のオーディションが行われた。開始時刻の5分程前に行くと、レッスン室には40人近くの学生達が集まっていた。少し遅れて先生がいらっしゃると、「せっかく集まってくれたが、オーディションは一人ずつ10分程度で行うので外に出るように。」との指示があった。私は、21番目だったので待ち時間が多く、その間どのようなオーディションなのか…と緊張していた。やっと順番が来て部屋に入り名前を言うと、先生から年齢や出身国、現在師事している先生、準備しているプログラムなどの質問を受けた。その後、準備した曲の一部分を弾き、私のオーディションは終わった。
全員のオーディションが終わったのは19:30を過ぎ、先生は「結果をレッスン室のドアと事務室の前に貼り出すので、今日の21時か明日の朝見るように。」と仰った。しかし、結果が発表になったのは、翌日12日(火)の11時過ぎであった。合格者は、18人とかなり厳しいものであり、ロシア人とドイツ人がほとんどで、私は残念ながらBashkirovクラスのオーディションに合格することが出来なかった。
このクラスのオーディションは最難関であると知っていたが、とても悔しかった。しかし、落ち込んでいる暇はない!と思いすぐに事務へ行き、他のクラスに入れないかと尋ねると、直接その教授のレッスン室へ行きお願いしてみるように言われた。さらに、事務の方に「Siegfried Mauser教授のクラスは人数に余裕があり、彼はとても人柄が良いから行ってみたらどうか」と教えて頂いた。私はすぐにMauser先生のレッスン室へ行き、お願いしてみると快くクラスに入れて下さった。先生は都合により、2週目は不在となってしまうため、レッスンを1週目のみで5回行うので、早速この日の夕方からレッスンが決まった。

スケジュールは下記のようになった。

  • 8月12日(火) 17:00~ 1. 第1回レッスン
  • 8月13日(水) 18:30~ 2. 第2回レッスン
  • 8月14日(木) 13:30~ 3. 第3回レッスン
  • 8月15日(金) 13:00~ 4. 第4回レッスン
    18:00~ 5. アカデミーコンサート(Kleines Studio)
  • 8月16日(土) 10:15~ 6. 第5回レッスン
    11:00~ 7. クラスコンサート

レッスン

1. 第1回レッスン:Rachmaninoff Etude-tableaux Op.39-9
私が弾き終わると、先生は「悪くない。しかし、もっと構成やフレーズを考えて、声部によって音色の変化を付けると良くなる。強弱の幅ももっと広くしなければならない。そのためには、Pをもっと小さくしなければ。」と仰った。また、私はブレスが足りないことがよくあり、先生はその事にも触れた。先生がffのオクターブを隣で弾いて下さったが、あの分厚い手から出る迫力のある音は衝撃的であった。私も力強い音を出そうとするが、なかなか出ずに苦戦していると、先生は「大きい音を出すには準備が必要だよ。そのためにしっかりブレスをしないと。」と仰った。しっかりブレスを取って弾いてみると、今までより深みのある音が出たのである。私は、演奏において呼吸がとても大切な要素であることを実感した。

2. 第2回レッスン:Rachmaninoff Etude-tableaux Op.39-9 / Beethoven Sonate Op.53 <ヴァルトシュタイン> 第1楽章
レッスンに行くなり、先生が「15日の夜のアカデミーコンサートで、ラフマニノフを弾くように!」と仰った。あまりに突然の事でとても驚いたが、素晴らしい機会を頂けた事に嬉しかった。そのため、この日もレッスンの初めにラフマニノフを聴いて下さり、「ここはダンスの様に」や「ここはストラヴィンスキーの様に刻みを大切にしていそがないで。」などと言った細かなアドヴァイスを下さった。
Beethovenの方は、かなり弾き込んで自分なりに造り上げていた為か特に音楽的な注意はなかったが、私は音価の違いの表現が正確でなかったため、先生は8分音符のスタッカートと4分音符のスタッカートをもっと明確に表現することや休符の緊張感などを要求した。本当に、楽譜に忠実なのである。私は、長く弾いている間にこんなにも見えなくなってしまっている事があるのだなと痛感した。そして、改めて楽譜と向き合う瞬間でもあった。
そしてレッスンが終わるとすぐに、先生が土曜日のクラスコンサートでベートーヴェンの1楽章を弾くようにと仰った。

3. 第3回レッスン:Beethoven Sonate Op.53<ヴァルトシュタイン> 第1・2楽章
この日は、最初に1楽章を通して聴いて頂いた。展開部のフレーズがもっと明確になるようアドヴァイスを頂いた後、2楽章を通した。私は、これまで2楽章が自分の中で一番難しく、深刻な感情と内面性を表現することに苦戦していた。しかし、弾き終わるなり先生は、「とても音楽的で気に入った!」と仰って下さった。私は、一番苦戦していた楽章だけにとても嬉しかった。

4. 第4回レッスン:Rachmaninoff Etude-tableaux Op.39-9 / Beethoven Sonate Op.53<ヴァルトシュタイン> 第2楽章
この日はアカデミーコンサート当日であったため、まず初めにラフマニノフを聞いて下さった。私は、これまでに注意を受けた構成やフレーズ感、ブレスをしっかり取ることなどに注意して弾くと、先生は笑顔で「良くなった!」と仰った。「出だしは、オーケストラを指揮するようにね!あと、もっと深い音が出るとなお良いが…コンサート頑張って!」と言って下さった。前日の続きのベートーヴェンの2楽章は、休符を正確に取ることや楽譜に記された細かい強弱の扱い方などのアドヴァイスを頂いた。

5. アカデミーコンサート
アカデミーコンサートはほぼ毎日行われ、各クラスの先生が推薦してくださった受講生が出演できるものである。私が出演した日は、クラリネットとピアノの受講生が出演し、私は演奏順番が6番目であった。客席には予想以上に多くのお客さんが入っており、なんと言っても観客が西洋人ばかりという初めての経験であったので、演奏前はとても緊張していた。しかしステージに向かうと、とても温かい雰囲気であったので緊張もほぐれ、リラックスして弾くことが出来た。演奏後、舞台袖に戻ったが客席ではまだ温かい拍手が続き、もう一度ステージでお辞儀をした。

6. 第5回レッスン:Beethoven Sonate Op.53<ヴァルトシュタイン> 第2・3楽章
まず初めに、2・3楽章を通して聴いて下さった。私は、3楽章のロンド主題を丁寧に歌おうとしたせいか、先生は「長いロンドなので、テンポが遅すぎないように。」と仰った。また、和声の変化を意識することや16分音符など細かい音が、一音一音しゃべるようにといったアドヴァイスを頂いた。先生は、私のレッスンが終わると、「この後のクラスコンサートでベートーヴェンを全楽章弾いてみない?」と仰った。私は、予想外のことで心の準備が出来ていなかったが、すぐに「弾きたいです!」と答えた。

7. クラスコンサート
クラスコンサートは、普段のレッスン室で行われ、Mauserクラスの受講者同士で聴き合うといった感じの気軽な雰囲気の中で行われた。しかし、突然全楽章を弾くことになった私は、少し緊張して自分の順番を待ち、本番は、ベストを尽くせるように思いっきり弾いた。弾き終わると、先生は「ブラボー!」と言いながら笑顔で拍手をして下さった。コンサート終了後、先生は一人ずつに修了証書を手渡して下さり、「短期間でよく理解してくれたね。これからのあなたには、シューマンやブラームスなどのロマン派の曲を課題にすると良いと思う。」とコメントして下さった。

研修を終えて

クラスコンサート終了後、マウザー先生と
クラスコンサート終了後、マウザー先生と

クラスコンサート終了後、マウザー先生と初めての海外生活で、最初は戸惑うことも多かったが、ザルツブルクの素晴らしい環境の中で、体験した全てのことが私にとって一生の宝物となるだろうと確信した。レッスンの受講はもちろんのこと、夜はザルツブルク音楽祭を聴きに行ったり、モーツァルトの住居・生家など歴史的な場所を見学し、アカデミーコンサートでは様々な国で勉強している同世代の学生達の演奏を聴き、私は日本では聴くことの出来ない演奏をいくつも耳にした。特に、ロシア人には表現力が豊かで、自分の意思を聴衆に明確に伝えていく人が多いのである。「聴衆に何を伝えたいのか。」これが、音楽をする者にとって一番大切なことであると改めて感じると同時に、私にとってこれから一生かけて探求していく課題になるだろうと思った。そして、今こうして音楽を学べる環境にいることの幸せさを再認識する研修でもあった。

最後に

今回、国内外研修奨学生として貴重な機会を与えて下さいました学生生活委員会の先生方、学生課の皆様、いつも熱心にご指導下さる近藤伸子先生、そして私を応援し続けてくれた家族…多くの方々の協力があり、無事にこの研修を終えることが出来ましたことに心より感謝いたします。本当にありがとうございました。

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