劇団四季 俳優
荒巻 くるみ さん
音楽が「好き」な自分を信じて、前に進もう
国立音楽大学で声楽を学び、現在は劇団四季で俳優として活躍する荒巻さん。数々の舞台を経験し、2024年から『アナと雪の女王』のアナ役を演じています。荒巻さんのこれまでの軌跡や、役への向き合い方などを伺いました。
プロフィール
荒巻 くるみ さん
Profile:栃木県立大田原女子高等学校卒業。国立音楽大学演奏学科声楽専修 2016年卒業。2016年に劇団四季研究所入所。2017年に『オペラ座の怪人』で初舞台を踏む。『サウンド・オブ・ミュージック』『ノートルダムの鐘』などに出演し、2019年には『はだかの王様』王女サテン、2024年から『アナと雪の女王』アナを演じる。
その後の人生を決めた『ウィキッド』の衝撃
──俳優という仕事を志したのはいつごろですか?
幼い頃から、テレビで流れる音楽でずっと踊っている子だったようで、母が「この子は踊りが好きかも」と思って、ダンス教室に通わせてくれたんです。ですから気づいたら踊っていた、という感じですね。一方で、歌ができるとはまったく思っていませんでした。中学の音楽の先生に、合唱をちょっとやってみない?と言われて、「え、私が歌?」と半信半疑で参加して、ああ、歌って楽しいんだ…とようやく気づいたほどです。
母はもともと劇団四季の作品を観るのが好きで、よく一緒に観に行っていました。転機となったのは中学生の時に観た『ウィキッド』という作品です。心を打たれて、「私、これやる、やりたい!」と思い、その公演後にCDを買って、帰りの車で流してずっと一緒に歌っていましたね。
──くにおんに進学した理由は?
音大を目指すことになったのは高校2年生の時です。地元の声楽の先生について習い、幼少期に習っていたピアノも再開しました。とにかく知らないことばかりで、一生懸命勉強しました。中学校の恩師が国立音楽大学出身だったのですが、調べてみると劇団四季へ入団している卒業生も多く、そんなことがきっかけになりました。
いろいろな音大に見学に行きましたが、圧倒的に惹かれたのはくにおんでした。周りに大きなビルがなくて緑豊かな環境のこともありますが、学生の雰囲気も何となく柔らかいんですね。実際、入学してみて、その通りだったなと感じました。
たくさんのオーディションに挑戦する日々
──劇団四季に入られてから、正式に団員になるまでのことをお聞かせください。
私は劇団四季研究所のオーディションを受験したのですが、入所のためのオーディションが、書類選考、1次、2次とあります。受かったら最初の1年間は研究生として、演技、ダンス、バレエ、歌などのレッスンを徹底的に学びます。最後に、一定のレベルに達しているかどうかの卒業試験があり、それに受かって初めて団員になれるのです。
晴れて団員になることができた私は、2017年の『オペラ座の怪人』のアンサンブルで初舞台を踏みました。初舞台以降は、オーディションを受けて役をつかむことになります。本当にたくさん受けては落ち、の繰り返しです。だからこそ受かった時の喜びは大きいですね。
──『はだかの王様』の王女サテン役で、初めてヒロインを演じた時の思いはどうでしたか?
セリフを喋ったのも初めてで、学ばなければならないことが多すぎてもう必死でした。舞台に一人だけで語るシーンがあり、そこでは、お客様の視線が私に集まります。習っていたバレエの発表会ですらソロで舞台に出たことはなかったのに、この「四季」の舞台で一人で舞台に立つ、という責任を思うと、怖くて怖くて…。そうでなくても私は緊張するタイプなので、寿命が縮まるかと思うほど毎日緊張していました。それでも、舞台に立って最後にお客様から拍手や笑顔をいただくと、本当にこの仕事が好きだなと幸せな気持ちになりましたね。
それまでの役は歌がメインでしたが、『はだかの王様』サテン役をやって、改めてお芝居の魅力を再認識しました。セリフを学ぶのが初めてだったので吸収できることも多く、それが楽しいと思えました。演技は正解も完成もないものなので、どこまででも行ける。昨日よりも今日の方がよいし、もっともっとよくなれると日々思えるんです。相手役が変わるとまた新しい発見がありますし、100日やったら100日違うお芝居になる、そんな経験でした。
自分の中に引き出しがあるからこそ共感してもらえる
──2024年、『アナと雪の女王』のアナ役を演じることになりました。この役ならではの苦労などがありましたらお聞かせください。
俳優としてやるからには高みを目指したいという気持ちはありましたが、目標と現実がうまく重ならないというか、いまだにあの舞台に自分が立っている実感がわきません。先輩のアナ役を見学すると「私が本当にあれをやっているの?」とおじけづいてしまいます。舞台に出る前は、それはそれは緊張しますし、独り言のように「大丈夫大丈夫、できるできる」と自分を励ましながら日々臨んでいます。けれど最後のカーテンコールのときには、無事に終えることができた喜び、お客様への感謝など、幸せで満ち足りた気持ちになります。
アナ役は舞台に出ている時間が長く、台詞を語りながら歌うので、喉のケアは必須です。朝と夜は必ず温熱吸入をして喉を保湿し、寝るときは乾燥させないように口にテープを貼ってマスクをして加湿器をつけて、首元を温める。いろいろな体勢になって歌うので体の負担も大きく、マッサージや整体も欠かせません。体が固まってくると声も出なくなるので、とにかく休んで、たくさん寝て、次の日に疲れを持ち越さないように心掛けています。
舞台に立つと、ここは息が上がっている、というような弱点もわかり、それをオフの時に訓練しておきます。自分の中でもまだまだ発見があるし、先輩の舞台を見学して学ぶところもあり、努力し続けています。
──アナ役を演じているときに何か意識していることはありますか?
アナは天真爛漫でポジティブなキャラクターというイメージがありますよね。でもその裏には10年以上もひとりぼっちで大きなお城に暮らしていたという孤独も秘めています。明るいシーンでも、根っこに孤独やつらさがあるからこその言葉や表情が求められます。明るい面は、私とどこか似ていて素で演じられるところがある一方で、私は彼女のような孤独を経験したことはないので、そこは違う人間。そんなバックグラウンドは忘れないように意識しています。アナの経験は想像することしかできないものですが、例えばコロナ禍の中、家で一人きりで人に会えない寂しさを経験したという引き出しがあるから、その気持ちにつなげられるところもあります。そういう自分が持っている経験の引き出しは大事にしていますね。ミュージカルは生身の人間が演じているぶん、「この人は私に似ている」と、よりリアルに感情移入して楽しめる。演じる俳優が自分の中に引き出しを持っているからこそ、お客様に共感してもらえるのではないでしょうか。
好きだと思う気持ちに勝るものはありません
──くにおんでの4年間は、荒巻さんにとってどのような時間でしたか?
大学のキャンパスには音楽があふれていて、とても心地よかったですね。当時は当たり前と思っていましたが、社会に出るとそんな環境はなかなかないんです。劇団四季の『アナと雪の女王』はオーケストラの生演奏で上演していますが、チューニングの音が聞こえてくると、大学時代を思い出します。
声楽のレッスンにしても、ピアノ専攻の学生に頼んで生演奏で毎回レッスンができていたなんて、とても贅沢な経験だったなと思います。人間的にとてもチャーミングなのに、演奏家としては一流の先生方を今も尊敬しています。自分もこうありたいと思う先生がたくさんいらっしゃいました。
学生時代でとくに印象深いのは、大学の芸術祭でオペラ《ヘンゼルとグレーテル》を有志で、全幕通して上演したことでしょうか。指揮、歌、楽器それぞれの専攻の人が集まり、メンバーの楽器構成に合わせて作曲の人にスコアを直してもらったりして。いろいろなジャンルの学生がいるくにおんならではの体験ですし、みんなで作り上げたことが誇りです。
個人も大事だけれど、みんなで一緒につくることを大切にしている点は、劇団四季にも通じるものですね。音楽や演劇など技術を磨く分野では、人と争う気持ちが大きくなりがちですが、くにおんも劇団四季もそういう雰囲気があまりないんです。でも上手になりたいという向上心はみんなちゃんとあるんですよね。
──国立音大でクラシックを学んだ経験は、現在のお仕事につながっていますか?
基礎が重要だと感じています。ダンスでもいろいろなジャンルの基礎はクラシックバレエですが、音楽も一緒で、やはり戻るのはクラシックです。日々舞台に出演していると、癖がついてきたり、迷いが生じたりすることもあり、そういう時にはクラシックの歌を歌って、喉の使い方を戻します。ポップスを歌う技術も、クラシックの学びから応用していることがたくさんある、というのが実感です。クラシックを学んで本当によかったと思います。
──これから、音楽を学びたいと思っている後輩たちへ、メッセージをお願いします。
音楽が「好き」な自分を信じてほしいですね。私は運よく好きなことを仕事にしていますが、もちろん楽しいだけではありませんし、もうやめたいと思うくらい、つらいこともあります。けれど、本当に苦しいとき、つらいときに思うんです。好きだからやめられないし、好きだからやりたい。音楽を好きという気持ちがあるなら、それを忘れなければきっと大丈夫、困難も乗り越えられます。
「好き」に勝るものはないんじゃないかな、と思います。得意だろうが不得意だろうが好きなら続けられるし、続けたら、何かしらの進歩はあるはずです。私自身が音楽に関しては遅咲きで、もともと音楽の才能があったわけではなかったからこそ、続けることが大事だと感じます。
音楽というこの素晴らしいものに触れられることが、人生の財産になるのは間違いありません。
