国立音楽大学

石田 泰尚(ヴァイオリニスト)

「現状に満足するんじゃない」
恩師の教えがいまにつながっている
/2025年10月

プロフィール

石田 泰尚さん
ヴァイオリニスト

石田 泰尚

1995年、国立音楽大学音楽学部器楽学科(ヴァイオリン)を首席で卒業。新星日本交響楽団のコンサートマスターを経て、2001年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロ・コンサートマスター(現在は、首席ソロ・コンサートマスター)、2020年から京都市交響楽団特別客演コンサートマスターを務める。ほかに、「YAMATO String Quartet」「石田組」「トリオ・リベルタ」「ドス・デル・フィドル」など、様々なユニットで活動。2025年4月から横浜みなとみらいホール「プロデューサー in レジデンス」第3代プロデューサーに就任。

インタビュー

剃り込みに色付きメガネ、個性的なファッション。
一見、近寄りがたいコワモテの外見ながら、紡がれる音色は、どこまでも繊細で、実直で、美しい。
いま、最もチケットの取れない音楽家の一人、ヴァイオリニストの石田泰尚さん。
くにおんでの出来事が音楽家人生の転機になったといいます。

有頂天だった自分に突き付けられた言葉

石田 泰尚

──くにおんに進学した理由を教えてください

 音大に行くと決めたのは、実は高3の秋になってからのこと。大慌てで受験準備をしていた時、最初にヴァイオリンを習ったくにおん出身の先生が「自由な校風だから合ってると思う」と勧めてくれたことが決め手になりました。後から聞いたのですが、入試の実技試験で僕はほぼ満点だったらしく、学内で噂になっていたそうです。男子学生が少ないこともあって、入学後は周囲からずいぶんチヤホヤされました。それですっかり有頂天というか、「俺すげぇ!」と勘違いしていましたね。恥ずかしいですけど。
 当時は授業の出欠なども割とゆるくて、僕は必修科目こそ真面目に出ていましたが、あとは好きなように過ごしていました。思い出深い場所といえば、3号館の3階廊下。いつもそこに陣取って、譜面台と椅子、それと灰皿を並べてタバコを吸いながら練習していました。……いまは絶対にダメですからね、マネしないでください。

──とくに印象に残っている先生の教えは

 大学4年の夏のことです。ある日、チェロの故・小野﨑純先生に呼び出されて、突然こう言われました。「お前、自分がうまいと思ってるんだろ」と。「お前くらいの実力の人間は世の中にごまんといるんだ。現状に満足するんじゃない」とピシャリ。悔しいだとかショックを受けるとか、そんな気持ちには全くなりませんでした。ただ、「そうか、このままじゃ駄目なんだな……」と。尊敬する先生からの言葉はそれほど重いものでした。
 それまでは自分の技量を見せつけるようなソロの曲ばっかり弾いていましたが、その後は気持ちを入れ替えて、アンサンブルを徹底的に練習し始めました。この頃に結成したのが、いまも続けている弦楽四重奏団「YAMATO String Quartet」です。カルテットとなると、いままでの自分なりのスタイルでは通用しない。4人の調和を作り上げていくというのは、すごく大変で本当に勉強になりました。
 それから、ヴァイオリンの徳永二男先生は、とても大きい存在でした。N響のコンマスとして活躍されていた先生が、室内楽の授業で、自分の目の前で本気で弾いてくださる。少しでも何か盗めないだろうかと必死でした。いま思い返しても、めちゃめちゃ貴重な経験だったと思います。

公演数は年間200超! コスプレの理由は

石田 泰尚
提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団 撮影:藤本史昭

──いまの活動内容についてご紹介ください

 いま、神奈川フィルハーモニー管弦楽団と京都市交響楽団でコンサートマスターを務めているほか、「YAMATO String Quartet」や弦楽アンサンブル「石田組」、そのほかのユニットやソロでの活動もしており、年間公演数は200本以上になります。ここ数年はもう何も入らないというMAXの状態がずっと続いている感じですね。ここまで予定を詰め込むと移動だけで疲れますし、仲間からも「いつ練習しているんですか?」と聞かれるほど。ただ、依頼をいただけるのは光栄なことですし、その思いにはできる限り応えたい。体が元気なうちは仕事をセーブせずにやっていこうと思っています。
 過密スケジュールを乗り切る秘訣ですか? よく寝ること。移動中もほぼ寝ています。それから、スケジュール管理。いつどの曲を練習するかまできっちり予定を組んで、集中して効率よく取り組むようにしています。丸一日オフという日は最近はないですね、欲しいですけど。

──神奈川フィルのコンサートマスターは25年目になります

 いろいろな活動をさせてもらっていますが、やはりコンマスが一番大変ですね。オケを束ねて、指揮者と団員の橋渡し役となり、みんなが気持ちよく演奏できる雰囲気を作る責任がありますから。指揮者によってはうまくリハーサルが進まないこともありますが、そんな時は普段以上に各パートの団員とコミュニケーションを取るようにしています。直接話をしたり、音楽を通して伝えたり。
 苦労が尽きないのに続けてこられたのは、先頭に立ってみんなを鼓舞し引っ張っていくというのが、性に合っているからだと思います。それと、父と母は生前、足繁くコンサートに通ってくれましたが、コンマスをやっている俺の姿が一番好きだった。それもあるかもしれません。

──「YAMATO」や「石田組」などのリサイタルは、全国各地で軒並み完売。大変な人気ぶりですね

 カルテットって地味なイメージがあるのか、一般的に集客が難しいんです。でも「YAMATO」はミューザ川崎のような大きな会場でも埋まるし、年間公演数も多い。本当にありがたいことです。ただし、もう結成31年目。途中でメンバーが1人変わっているとはいえ、20年以上ずっと一緒にいますからね。そろそろ嫌ですね、「まぁたコイツらとやるのかよ」と(笑)。ただ、カルテットはアンサンブルの基礎として最も大事だと思っているので、「YAMATO」はこれから先もずっと続けていきます。3人の顔はとっくに見飽きてますけど、勉強のために。
 「石田組」は、2014年に結成しました。信頼する“組員”に公演ごとに声をかけて編成しているので、まさに好きなことを好きな人とやる場。すごく楽しいですね、ほかでの苦労やストレスをここで発散している感じかもしれません。時折、アンコールで被り物やコスプレをするのは、お客さんを楽しませたいというのはもちろんですけど、メンバーを笑わせてやろう、という魂胆もあります。昨年11月には、長年の夢だった武道館公演を実現させました。次の夢は、紅白歌合戦出場。大晦日はいつも「石田組年末感謝祭」というリサイタルをやっているんですけど、今年は夕方には終わるスケジュールに。準備万端です。

練習の積み重ねは嘘をつかない、と信じて

石田 泰尚

──老若男女のファンに対する思いは

 どんな公演でも、目の前にいるお客さんに喜んでもらいたい、ということだけ考えています。クラシックに縁遠かった人が、僕のファッションや外見に興味を持ってコンサートに足を運んでくれるというのもうれしい。そこでさらに興味を持って、また聴きたいと思ってくれたら、なおうれしい。レッド・ツェッペリンやクイーン、ピアソラなど、クラシック以外の曲が目当ての人ももちろん歓迎です。
 客席の空気や熱量は、いつも感じています。会場のスタッフさんに「この地域のお客さんはおとなしいんです」などと言われると「絶対盛り上げてやる」と逆に燃えますね。最後にスタンディングで拍手してくださったりすると、「来てよかったな」と心底思います。大阪のお客さんはいつだって最初から盛り上がってくれますけど。
 「石田組」の時は、客席に子どもを見つけると「石田組長」と書かれたTシャツをあげることも。近づいていくと驚くけどめちゃめちゃ喜ぶのがかわいいっすね。ただ普段は、客席は極力見ませんし、お客さんとは絶対に視線を合わせません。どうして? 恥ずかしいからです。

──音楽家として一番大事にしていることは

 常日頃の練習の積み重ねです。練習は嘘をつかないし、練習以上のものは本番で出せないと思っています。たまに、プロの音楽家でも練習をおろそかにする人がいますけど、その結果は数年後に必ず現れてしまう。僕は大学4年のあの時から30年以上、日々地道な練習を繰り返してきました。常に手を抜かず全力で。その積み重ねがいまにつながっていると思っています。

──くにおんの後輩へ、アドバイスをお願いします

 「昔の僕みたいに変な自信を持たないようにね」ということでしょうか。謙虚な気持ちを忘れず、一生懸命練習してください。来年は創立100周年を迎えるとのこと、おめでとうございます。仕事の現場で同窓生に会うのはやっぱりうれしいものです。今後も、大学のますますの発展を祈っています。

(取材 2025年6月)

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