石川 紅奈(ジャズベーシスト・ヴォーカリスト)
知らなかった世界の扉が開く
ジャズの魅力をもっと広めたい
/2026年4月
プロフィール
石川 紅奈さん
ジャズベーシスト・ヴォーカリスト
2017年、国立音楽大学音楽学部演奏学科ジャズ専修(ベース)を卒業。2023年、アルバム「Kurena」でメジャーデビュー。ジャズピアニスト・壷阪健登とのユニット「soraya」としても活動。2021年に丸の内・コットンクラブでの無観客ライブに出演した際の「Off The Wall」の弾き語り映像は、ジャズ界では異例の275万回超再生を記録し話題を集めた。
2026年9月にはソロセカンドアルバム「Garden」をリリース。
インタビュー
「ジャズ界期待の新星」といった華やかなキャッチフレーズも、
YouTube再生回数275万回超の驚くべき記録も、どこ吹く風。
おっとりと、素直に、楽しく、そして一歩ずつ。
悠々としたウッドベースと透明感あるボーカルで
唯一無二の世界を紡ぎ出す、石川紅奈さん。
音楽家としての礎を作ったのは、くにおんでの日々でした。
小曽根真先生の助言が入学のきっかけに
──音楽との出会いを教えてください
父がソウルミュージック好きで、スティービー・ワンダーやジャクソン・ファイヴなどのCDが家にたくさんありました。母はボサノバなどのブラジル音楽も好きで、とにかく色々な音楽を幼い頃から聴いて育ちました。そのうち、父の持っていたエレキベースで「耳コピ」のような遊びをするように。例えば、ポケモンの曲を流して「ここで聴こえるのがベースだよ、同じ音を鳴らしてごらん」という感じ。だんだん当てられるようになっていくのが楽しくて、音階すら知らない時からベースで遊んでいましたね。
──高校ではジャズバンド部に入部したそうですね
軽音楽部に入るつもりだったんですが、部員が多すぎてアンプが当分使えないと聞いて(笑)、少人数でアングラな雰囲気のジャズバンド部へ。ここで、顧問の先生に「ベースの子は、エレキベースもウッドベースも弾くんだよ」と教えられたのが、ウッドベースとの出会いです。大きいから持ち運びも大変だし指も痛いなあ……と思いつつ(笑)、やはりあの低音には惹かれるものがありました。弾く時に楽器が体に接するので、音がそのまま自分に響いてくる感じもすごく心地よかった。当時は、先輩が演奏した曲を真似したり教本で学んだりと、ほぼ独学で弾いていました。
──くにおんのオープンキャンパスでの小曽根真先生との出会いが、進路選択の決め手になったとか
高3の夏休みに、顧問の先生の勧めで、小曽根先生の公開レッスンに部活のみんなで参加しました。練習通り演奏できたのですが、「ここ、ベースとドラムがかみ合ってないよ」とアドバイスをもらいました。すると、わずかな修正なのに、バンドがすごく前進した感覚があって、「魔法みたい!」と衝撃を受けました。その機会をきっかけに、くにおん進学を真剣に考えるように。家族の理解とサポート、そして、顧問の先生の「出会った人に導かれて歩む人生もいいものだよ」という言葉に後押しされて、進路を決めました。
「できないことは宝物」 その言葉をいまも胸に
──くにおんの授業で特に印象深いものを教えてください
小曽根先生の「ジャズ・アンサンブル」の初回の授業は忘れられません。ディキシーランドジャズという明るく愉快なジャズを初めて習って、皆で演奏してみることになったのですが、入学したての私は「上手な人の足を引っ張ってしまうかも」とすごく緊張していました。でも、いざ演奏が始まると、そんな心配は全部吹き飛んで、気づけば夢中で弾いていました。ただ純粋に音楽を楽しめたあの時の気持ちは、忘れたくない「初心」というか、いまもずっと「お守り」のように大切にしています。クラシックを初めてきちんと学べたことも有意義でした。N響奏者でもあった志賀信雄先生のお手本の演奏は、本当に美しく、それを聴きたいがために授業に出ていたほどです。
──くにおんでは「人との出会い」に恵まれたとか
井上陽介先生や金子健先生をはじめ、第一線で活躍されている先生方が、学生である自分と一人の人間として向き合ってくださったことに、とても感謝しています。ある時、レッスンに集中できていなかった私に、井上先生は「ちょっとベースを置こうか」と。2人でしばらく他愛もない話をした後、ふと気づくと心のもやがすっかり晴れていたこともありました。小曽根先生は、高音ポジションが苦手だった私に「できないことは宝物なんだよ」と。周囲と比べて実力に引け目を感じていた私の考えを180度変えてくれた言葉でした。以来、苦手だった色々なことが「愛しいもの」「面白いもの」に感じられるようになりました。
ジャズ専修の雰囲気も好きでした。キャンパスの端にある校舎に行くと、いつも誰かいて、たまたま居合わせた人同士で「なんか曲やる?」とセッションが始まる。音楽を信じているという共通点があるからか、すごく居心地が良かったです。時には友だちとくだらないケンカもしましたが、それも含めてとってもいい思い出です。
「ベースと歌」だけで紡ぐ、難しさと面白さ
──「ウッドベースの弾き語り」は珍しいスタイルですよね
学生時代、たくさんのスタンダード曲を覚えるのに苦労していた時、サックス奏者の池田篤先生から「メロディーを歌いながらベースラインを弾いてみたら」というアドバイスも歌い始めたきっかけのうちのひとつです。
転機になったのは、コロナ禍です。仕事を本格的に頑張ろうと思っていた矢先に、ライブもなくなり、ほかのミュージシャンとスタジオに入ることもできなくなってしまった。1人で完結できるアンサンブルということで弾き語りを本気で練習し始めたら、楽しくなって動画をアップするように。ピアノやギターと違って、和音のない「単音」同士でハーモニーをイメージしながら音を紡ぐ、というのがとても難しく面白いところです。
──ジャズといえば、アドリブが魅力の一つですよね
ジャズ専修の授業でも、コード進行を理論的に学んだり、偉大な先人のソロの一節を切り取って分析したりしました。そうやってボキャブラリーを自分に取り込みますが、演奏時に「次アレをやろう」と考えて弾いているわけではないのです。空間や客席の雰囲気、バンドメンバーの顔ぶれによって、ミュージシャンは「反射」に近い感覚で音を奏でる。だから、その瞬間だけの音楽が生まれる。それが魅力だと思います。
──2023年には、名門ヴァーヴ・レーベルから、アルバム「Kurena」でメジャーデビューを果たしました
2021年に、小曽根先生のコットンクラブでのライブに出演させていただきました。この時に披露したマイケル・ジャクソンの「Off the Wall」を多くの方に見ていただいて。YouTubeの再生回数は275万回超と聞くと、ありがたい限りです。世界中からコメントをいただけるのがとてもうれしいですね。
デビューアルバムには、オリジナル曲とカバー曲を収録しました。曲も歌詞も自分で作るオリジナル曲は、すごく内省的な作業というか、自分の中に「潜っていく」感覚があります。対してカバー曲は、洋楽やJ-POPといったジャンルを問わず、大好きな曲をどうアレンジできるのか模索するのが楽しいですね。いまは、次のソロアルバムを絶賛制作中です。ぜひ期待していただけたらと思います。
──音楽家として最も喜びを感じる瞬間は
自分の知らないところに行けた時、でしょうか。例えば、自作曲を素晴らしいミュージシャンの方々に演奏してもらうと、自分で作った曲なのに「知らない世界の扉を開けてもらった」ような感覚に包まれることがあるんです。それがすごく幸せだし、感動しますね。
この世界には、一生かかっても聴き終わらないほど魅力的な音楽がたくさんあります。色々なところに出かけて、色々なものを見聞きしたい。そうやって、知らない世界の扉を自分の力でも開けてみたいです。これからもずっと、音楽と向き合い「作り続けること」を大切にしていきたいですね。
──くにおんのジャズ専修は、今年15周年を迎えます
私はジャズ専修3期生ですが、もう15年も経つんですね。おめでとうございます。学生の皆さんには、いまできることになんでも挑戦してみてほしいです。卒業してから実感しますが、スタジオや図書館、様々な楽器を利用できるといったハード面はもちろんのこと、例えばクラシック専攻の友だちに「ちょっとコレ弾いて!」なんて気軽に頼める環境も、本当に恵まれています。先生や友だちと密に関わり音楽に没頭できる時間は、代えがたいものです。ぜひ、くにおんでの日々を存分に楽しんでください。
(取材 2026年2月)