安藤赴美子(ソプラノ)

焦らずに、やるべきことをしっかりやれば、いつか必ず花開くときがやって来ます。/2009年9月

プロフィール

安藤赴美子(あんどう ふみこ)

安藤赴美子さん(あんどう ふみこ)
ANDO Fumiko
ソプラノ

北海道出身。国立音楽大学声楽学科卒業、同大学院声楽専攻(オペラ)修了。
新国立劇場オペラ研修所(第3期生)修了後、文化庁派遣芸術家在外研修員としてイタリア・ボローニャに留学。

セルジョ・ベルトッキ、パオラ・モリナーリ、ミレッラ・フレーニの各氏等に師事。

国立音楽大学大学院オペラ公演『コシ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージがオペラデビュー作品。
その後、新国立劇場オペラ研修所公演『コシ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージ、『魔笛』侍女I、『フィガロの結婚』伯爵夫人でも好評を博す。
ボローニャから帰国後の2006年2月、二期会公演『ラ・ボエーム』ムゼッタ役で二期会オペラにデビュー。

新人ながら高い評価を得て、一躍注目を浴びるようになる。
2009年2月には二期会公演『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』(宮本亜門演出)で、「ソプラノ歌手として夢だった」ヴィオレッタ役に抜擢。

その後も同年6月~7月の佐渡裕プロデュースオペラ2009『カルメン』(ジャン=ルイ・マルティノーティ演出)でミカエラ役を演じ、また12月にはN響のベートーヴェン『第九』演奏会に、ソプラノとしてソリスト出演、国立音楽大学合唱団との共演が決まっている。
二期会会員。

以前から大好きで、自分の“原点”だと考えているモーツァルトの作品には、全部出てみたいですね(笑)

インタビュー

焦らずに、やるべきことをしっかりやれば、いつか必ず花開くときがやって来ます。

オペラの初舞台は、国立音楽大学大学院オペラ公演。『コシ・ファン・トゥッテ』でフィオルディリージを演じ、満員の観衆を前にアリアを歌った感激は、今も忘れられない。

今年も2月に『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』で念願のヴィオレッタ役、6月~7月の『カルメン』ではミカエラ役に抜擢されるなど、立て続けに話題の舞台に出演した安藤赴美子さん。

さらなる飛躍が楽しみなオペラ界期待のディーヴァが、学生時代のエピソードやオペラへの熱い思いを語ってくれた。

高校入学後に“人生の転機”が訪れる

直接的な音楽との出会いは幼稚園のころ。友だちが奏でた音を耳で“コピー”しては、ピアノやオルガンを弾いていた安藤さんを見て、幼稚園の先生が「何か音楽を習った方がいい」と勧めてくれた。そして習い始めたのが電子オルガン。中学からはピアノも同時に習うなど、高校に入学するまでずっと、鍵盤楽器の演奏に夢中の日々だった。その腕前も確かなもので、中学時代には地元北海道の音楽コンクールでグランプリの受賞歴があるほど。しかもクラシックはもちろん、ジャズやフュージョンなど多彩なジャンルの音楽を愛するとともに、作曲や編曲、オーケストレーションにまで興味を示す多才ぶり。おぼろげながら「将来は音楽家の道をめざしたい」との希望も芽生え始めていた。

「ちょうどそのころ、国立音楽大学に応用演奏学科(現:演奏学科鍵盤楽器専修[電子オルガン])が新しく設置されたんです。“多様な音楽に携わりたい私のためにできた学科”と思い(笑)、高校を卒業したら上京して、絶対に国立音大に行くと決めていました」

高校は当然のように音楽科のある札幌市内の学校を選択。ピアノ科を専攻した。しかしここで、人生の転機が訪れる。副科で学んだ「声楽」の先生に素質を見出され、声楽科への“転科”を誘われたのだ。

「副科とはいえ、正科でも声楽を教える先生からのお誘いだったので、説得力もあり、かなり悩みました。それまで鍵盤楽器一筋で、将来も演奏家になろうと本気で考えていましたから。でも歌っている自分を客観的に見つめ直したとき、楽器を演奏するのとは、また違った楽しさや感動を味わっていることに気付いたんです。最終的には先生からいただいた“声楽家になる声だ”という言葉を信じ、自分自身で転科を決意しました」

“くにたち”での6年間が声楽の土台を築く

もともと国立音大の応用演奏学科への進学を考えていた安藤さん。声楽に転科しても国立音大の声楽学科に進むことを決心する。北海道から上京して音大生となり、まず感じたことは、東京と地方との音楽を学ぶ環境の違いだった。

「高校と大学のレベルの違いは想像していましたが、それ以上に音楽そのものを学ぶための恵まれた環境に驚きました。コンサートなどで見ていた憧れのアーティストが、先生として同じ学内にいるんですから」

恵まれた環境のなかで「音楽の最先端を学べる」と、やる気になったものの、入学当初は「わからないことばかり」という状態。しかも「全国各地から優秀な人ばかりが集まっている」と感じ、人知れず焦る気持ちもあった。

「今から思えば、大学の4年間は、本当に声楽の基礎の基礎を学んだ時間。まだ“声楽とは?”を模索していた段階でした。でも、その後の大学院時代も含めて、くにたちで過ごした6年間が、私自身の“土台”をつくったことは間違いありません」

尊敬する先輩たちの多くが進んだ大学院に安藤さんも進学。さらに“声楽”を探求することにした。 そして舞台での演技を学ぶ「オペラ総合演習」など実践的な科目をこなすにつれ、オペラへの憧れが明確に形作られるようになった。

「成功することが大変だというのは十分理解していたので、“プロになろう!”との決断は、簡単にはできませんでした。それでも大学院の講義でオペラを深く知り、2年間の集大成とも呼べる大学院オペラ公演で、大きな舞台を経験できたことが、修了後も声楽の勉強を続けようと決断するための小さな自信になりました」

その安藤さんのオペラ初舞台となった大学院オペラ公演は、モーツァルトの『コシ・ファン・トゥッテ』。フィオルディリージを演じ、多くの観衆を前にアリアを披露したときの感動は、「今でも忘れられない最高の思い出」と安藤さんは振り返る。

ボローニャでプロとしての心構えを学ぶ

大学院修了後は、新国立劇場オペラ研修所(第3期生)で、オペラ漬けの日々を過ごす。公演で劇場を訪れる世界の一流と呼ばれる人々を間近に感じられる経験は、通常のレッスン以上に貴重であり、刺激的。3年間の研修所での生活が終わるころには、「オペラの舞台に立って歌いたい」との思いが、自然と体中に染み込んでいた。そしてそんな安藤さんに、第2の“人生の転機”とも呼べる、文化庁派遣芸術家在外研修員としてイタリア・ボローニャへ留学するチャンスが巡ってくる。

ボローニャでの生活は、毎日が新鮮で、貴重な時間に思えた。イタリア語に囲まれた日常そのものが発音や発声の練習となり、また生活に音楽が溶け込む独特の環境もモチベーションを高めてくれる。そして何より、イタリアオペラの神髄を教えてくれた3人の先生との運命的な出会いこそ、留学最大の“財産”となった。

「セルジョ・ベルトッキ先生、パオラ・モリナーリ先生、そしてミレッラ・フレーニ先生、この3人の先生方と出会っていなければ、今の私は存在しません。歌唱テクニックや声質に合ったレパートリーの見直しなど、実践的なアドバイスはもちろんですが、体のメンテナンスの大切さ、精神状態のコントロール法、普段の話し方の重要性といった、いわば“プロ”としての心構えを徹底的に教えてくれたのです。くにたちでの6年間が歌手としての土台づくりの時期だったとすれば、ボローニャでの1年間は、プロとしての土台づくりの時期でした」

まだ成長の途中、学ぶことは尽きない

二期会「ラ・ポエーム」 写真提供:東京二期会、撮影:高橋ちぐさ
二期会「ラ・ポエーム」 写真提供:東京二期会、撮影:高橋ちぐさ

ボローニャからの留学を終え、帰国するタイミングに合わせたように、二期会の『ラ・ボエーム』のオーディションがあった。ここで安藤さんは、ムゼッタ役を射止めて二期会オペラデビューを果たし、一躍注目を浴びる存在となる。しかし、このオーディションには、意外なエピソードが秘められていた。『ラ・ボエーム』のソプラノには、ムゼッタの他にミミという役が配されるが、実は安藤さんはミミ役でオーディションを受けていたのだ。

「初めて受けるオーディションだったので、まずは審査員の方に“名前だけでも覚えてもらおう”といった気持ちでいました。そういう控え目な思いもあって、派手に振る舞う役回りのムゼッタには恥ずかしさを感じていたのです」

ところがオーディションを見た複数の審査員から「ムゼッタをやる気はないか?」との声がかかる。もちろん断る理由は何もない。“プロ”として初の大舞台で大役を演じることになった。2006年2月のことだ。

デビュー作品で好評を博した安藤さんは、その後も次々とチャンスを確実に生かしていく。2007年3月、新国立劇場中劇場バレエ『オルフェオとエウリディーチェ』にエウリディーチェで出演。2009年2月の二期会『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』では、自身も夢見ていたヴィオレッタ役に抜擢される。同年6月~7月の佐渡裕プロデュースオペラ2009『カルメン』ではミカエラ役を演じ、そして今年の年末には、N響恒例のベートーヴェン『第九』演奏会に、ソプラノパートへのソリスト出演が決定している。

しかし、こうしたなかでも、安藤さんは現状に満足することなく、まだまだ貪欲に自身の目標を見据えている。

「もっともっと新しい役柄を開拓したいですし、これまでイタリア作品が多いので、先日の『カルメン』のようにフランス作品にも積極的に挑戦したいと思います。それと以前から大好きで、自分の“原点”だと考えているモーツァルトの作品には全部出てみたいですね(笑)」

自分もまだ「成長の途中」と話す安藤さん。最後に学生たちへ向けてのメッセージをいただいた。

「音楽の勉強は、大学を卒業してプロになったとしても、生涯終わることはありません。それだけに音楽以外のいろいろな体験をどれだけ積めるかが大切になります。例えばオペラで役作りするにも、自分がさまざまな経験をしていれば想像も膨らむし、イメージ作りもしやすくなるはずです。それともうひとつ、“辛抱”することを大切にしてください。“辛抱”は、私がボローニャで、モリナーリ先生から何度も言われた言葉です。“周りが気になっても焦らずに辛抱して、自分がやるべきことをやっていれば、いつか必ず、花開くときが来る”という意味が込められています。年末にN響の『第九』で、国立音大の学生たちとご一緒させてもらう機会を得ましたが、実は私も学生時代に合唱で参加したものの、ソプラノの楽譜が非常に難しく、途中でギブアップして(笑)、メゾソプラノで参加した苦い思い出があるのです。そんな私が、縁あってソプラノのソリストとして出演させていただくことになったのは、それでもあきらめずに続けてきたからで、思うようにいかなくても辛抱してやるべきことをしっかり積み重ねれば、きっと道は開けてくるはずです」

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