【プレスリリース】
国立音楽大学、演奏時における空気流出に関する研究結果を発表

国立音楽大学(所在地:東京都立川市、学長:武田 忠善)は、三浦雅展准教授(音響学)による声楽および管楽器演奏時における空気流出に関する実験結果を発表しました。
発表のポイント
- 歌唱や吹鳴によって演奏する楽器において、演奏時の音響放射特性や音響信号の特徴を調査した研究が多数見られますが、演奏時における空気の流れを測定した研究は稀であったため、吹奏楽器における演奏時の空気の流れの測定を行ないました。
- 演奏時の音響特性ではなく空気流出に着目した点です。
- 演奏時における空気の流れを知ることで、楽器演奏の様相を詳しくしることができます。例えば楽器演奏時における吹鳴行為と演奏音の関係がわかることで、演奏者が行なう吹鳴制御の指針を作ることが期待できます。また、吹鳴した息の楽器へのエネルギー伝達の解明が期待されます。
発表内容
三浦 雅展准教授は、国立音楽大学の協力の下、吹鳴楽器および歌唱時における空気流の計測を行いました。吹鳴や歌唱によって演奏する楽器において、演奏時の音響放射特性や音響信号の特徴を調査した研究が多数見られるものの、演奏時における空気の流れを測定した研究はあまり報告がありません。演奏科学の観点では、例えば演奏時の筋活動や呼気に着目した研究はあるものの、吹奏楽やオーケストラといった大編成構成における楽器群を横断的に比較した研究はみられません。さらに、演奏時の吹奏楽器の様相を知ることによって、吹鳴時の奏者の楽器制御の様子が解明できるといえるでしょう。例えば楽器演奏時における吹鳴制御と演奏音の関係がわかることで、演奏者が行なう吹鳴制御の指針を作ることが期待できます。
調査は以下の手順で行ないました。演奏者付近に水蒸気で構成された煙を噴射し、その煙の流動を観察、空気流出位置から演奏による加速が無くなるまでの距離を空気流出の距離とし、その距離を測定しました。演奏時の音の大きさはフォルテなどの比較的大きな音としました。奏者は本学の教員又は学生としました。ただし、教育用楽器については当該楽器の専門教育を受けていない奏者としています。
調査の結果、以下の点が明らかになりました。
各楽器の実験結果
- フルートの場合、口、フルートの先およびトーンホールからの空気流出が観測されました。
- オーボエの場合、ベル、トーンホール、および口の周りからの空気流出が観測されました。特に、演奏終了時に口の中からの空気流出が観測されました。さらに循環呼吸によるロングトーンにおいて、奏者の口から多くの空気が流出することが確認されました。
- ファゴットの場合、ベルおよびトーンホールからの空気流出が観測されました。
- クラリネットの場合、ベルからだけでなく、トーンホールからの空気流出が観測されました。また、同じ楽器で同じ楽譜を異なる演奏者が演奏した場合、空気流出の様子に個人差があることが確認されました。
- アルトサクソフォーンの場合、ベル、およびトーンホールからの空気流出が観測されました。トーンホールからは放射されるものの、ホールカバーに空気が衝突するため、直接的な流出は少ないことがわかりました。
- トランペットの場合、ベルからの空気流出が観測されました。
- ホルンの場合、ベルからの空気流出が観測されました。
- トロンボーンの場合、ベルからの空気流出が観測されました。
- ユーフォニアムの場合、ベルからの空気流出が観測されましたが、低速でゆっくりとしていることが確認されました。
- チューバの場合、ベルから放射線状に空気流出が観測されましたが、低速でゆっくりとしていることが確認されました。
- 声楽(テノール)の場合、口からの空気流出が観測され、その方向は発音内容によって異なることが確認されましたが、おおよそ前方または下方の方向でした。一方、フェイスシールドを着用すると、空気流出はすべて下方へと流れることが確認されました。
- 教育用楽器の場合、ソプラノリコーダーではラビュームからの空気流出が観測されました。アルトリコーダーの場合、ラビュームおよびベルからの空気流出が観測されました。鍵盤ハーモニカの場合、鍵盤と鍵盤の隙間からわずかな空気流出が観測されました。
免責事項
- 本調査で得られた結果は、演奏時における空気流出の全パターンを網羅しているとは限りません。
- 同じ楽器、同じ演奏者、同じ奏法で演奏を行なった場合に、本調査で得られた結果よりも空気流出の量が少ない場合や、あるいは多い場合も十分に考えられます。
- 従って本調査で得られた結果は、演奏時における空気流出の様子に関する一例です。つまり、追加実験などにより本調査で得られた知見が変更となる可能性もあります。
まとめ
全体を通して言えることとしては、木管楽器では楽器のトーンホールやベルからの空気流出が基本的にどの楽器においても観測されました。さらにフルートやオーボエなどの演奏における楽器固有の息遣いによって空気の流れが観測されました。一方で、金管楽器の場合はマウスピースに押し付けた唇の震えがその演奏音の源であり、基本的には楽器のベルからの空気流出が主でしたが、木管楽器に比べると空気流出の勢いはそれほど強くないことがわかりました。声楽(テノール)の場合では、発生時の口の形状によって空気流出の量と方向が異なることがわかりました。 最後に教育用楽器としてのソプラノリコーダーやアルトリコーダーの場合は、ラビュームとベルからの空気流出がメインであることがわかりましたが、鍵盤ハーモニカの場合はそれほど空気の流出が観測されず、吹鳴がリードの振動へと伝達している様子がわかりました。
この結果は演奏科学に様々な知見をもたらすといえるでしょう。まず、空気流出の場所がわかることで、その演奏における奏者の吹鳴制御を知るための手がかりが得られました。楽器本体が木製の楽器では、楽器の振動状態を奏者がとらえながら演奏を行ないますが、奏者の無意識的な吹鳴制御を観測する意義が見いだされました。金管楽器のように管の形状が直線状ではなく曲がった形状の場合は、ベル部での空気流出が吹鳴制御からかけ離れているため、ベル部での空気量計測よりも音響計測や楽器の振動計測などが手がかりになると考えられます。声楽の場合では同じ発音でもわずかな音色の違いが空気流出の量や方角に関係する可能性が見いだされました。
本研究の応用として、昨今世界的な問題となっている演奏時の空気流出について考察する場合において、まずはどの楽器でどの方向に空気流がどの程度流出しているかという知見が有効に活用されるのであれば幸いです。その場合には、感染症の専門家を交えた議論が行なわれるべきであり、その際の基礎資料として本実験結果が生かされることが期待できます。
最後に、国立音楽大学では音楽家と科学者が有益な情報交換をし、演奏時の空気流出について異なる立場からの活発な意見交換が行なわれ、今回の計測結果が得られました。本学は「アンサンブルのくにたち」と言われますが、これは音楽家と音楽家によるアンサンブルだけでなく、音楽家と科学者によるアンサンブルも含んでおり、今回の結果はこのような実践から見いだされた結果につながっています。学問的な基盤と高い演奏技術の教育研究を実践する本学では、これからも音楽に関する実践的・学問的探求を続けます。
本件に関するお問い合わせ先
国立音楽大学 広報センター
TEL.042-535-9500