ら・とにか ~新1号館建設レポート~
Vol.3 新1号館の音響環境
今回は、新1号館の音響環境の話題です。
<音響実験>
普段、当たり前のように聞いている音ですが、「音とは何か」と尋ねられてもなかなか即答できないのではないでしょうか?音は物体の振動が波として空気などの物質の中を伝わってきたものです。ちなみに音の速度は約343m/秒(室温20度・湿度50% 500Hz)で、時速換算では約1200キロになります。音楽家は常に、この目に見えない敵(?)と格闘しながら演奏しています。

新1号館はハイグレードな音響空間を創ることをコンセプトにしています。音の特性を知り尽くしている建築音響のプロは、部屋の大きさ、形状、材質等あらゆる角度から予測をし、最適な音響空間となるように設計をしていきます。この部分は最も重要であり、専門的な知識と経験が不可欠なため、サントリーホールをはじめ数多くのコンサートホールの音響設計を担当された実績を持つ(株)永田音響設計さんに依頼しました。
しかし、これだけの実績とノウハウを持って設計してもなかなか設計通りにならないのが音の世界の難しいところでもあります。それならばということで、建設中の校舎内に完成時と同じ仕上げでレッスン室のモデルルームを造り、実物のピアノも搬入し音を出してみるという実験を先生や学生も参加して2010年9月に行いました。
この実験では主に、遮音性能や残響時間について演奏者の意見を聞きながら方向性を探るのが目的です。また、ソロやアンサンブルといった演奏形態の違いによって演奏者はどのような感覚を持つのかといったところも調べます。木管・金管・打楽器・声楽・ピアノ・弦楽器と6回に亘り行いました。
実験の結果は概ね良好で、校舎完成までこのモデルルームでレッスンしたいなぁーという先生も・・・
残響時間については、設計値より短めにした方が良いのでは?という意見が多くの先生方から出されました。これは、意外な結果でした。通常、良い音を聴くための環境に焦点が当たりがちで、長めの残響時間が好まれますが、「ここはレッスン室。発展途上にある学生の技術の鍛錬にはあまり上手に聞こえ過ぎない方が良い」という理由からだそうです。厳しさの中にも学生の将来のことを真剣に考えてくれる、そんな先生方がいることもくにたちが誇る自慢の一つです。
床が浮く!?

室内音響を検討する際、まずポイントとなるのは遮音性能です。最初に音は物体の振動であると説明しましたが、楽器の音や自動車の音など空気中を伝わって耳に届く音を空気伝播音といい、床や壁などの固体を伝わって聞こえる音を固体伝播音といいます。固体伝播音は、糸電話の原理と同じです。上層階の足音やトラックの振動音もこれにあたります。空気伝播音は防音扉を使い隙間をなくし、二重サッシも使用することでシャットアウトします。

固体伝播音は、壁・床・天井を躯体から浮かすことで、振動が直接伝わらないようにしています。スタジオなどでは良く行われる工法で浮床構造と呼ばれています。

さすがにここまでやると、隣の部屋の音はほとんど聞こえません。室内の静けさを示す指標としてNC値(Noise Criteria)というものがあります。この値が小さいほど室内が静かであるということを示しています。新1号館のスタジオはNC-25を設計目標にしています。これは、テレビスタジオで採用されているグレードと同等です。1号館のレッスン室がNC-30~35程度で一般の事務室と同じレベル、その上空をヘリコプターが飛来した時は最大でNC-40程度なので、新1号館がいかに静かなのかがお分かりいただけると思います。
次にテーマとなるのが残響時間です。よく「ライブ」とか「デッド」と表現されます。残響は音に豊かな響きを与えるので、音楽演奏にはライブ(残響時間が長め)の状態が好まれます。しかし、長ければ良いという訳ではありません。コンサートホールの大空間とレッスン室の残響時間が同じだったら、違和感がありますよね。使用目的と部屋の容積から最適残響時間を決定していきます。ここは、音響設計者の腕の見せ所です。スタジオは約0.7~1.2秒で設計しています。ちなみに、国立音楽大学講堂大ホールは約1.8秒(空席時)です。

音に対する感じ方は個人差があり、また楽器や演奏形態によっても最適な環境は異なるもの。なるべく多くの人の要望を叶えたいと考えたのが、吸音パネルを使って調整する方法です。写真の壁のところどころに青や紫といった色が付いた部分がご覧いただけると思います。これらが吸音パネルとなっていて、音を吸収してくれるのです。また、自由に脱着できるようになっているので、パネルの枚数や位置を変えることで、自分だけの音響空間を創ることが可能です。
この他にも様々な工夫がされています。写真ではわかりづらいかもしれませんが、壁や天井に角度がついていています。対向する面が平行かつ反射性の壁面だと音が多重反射し悪さをします。これを防ぐために行っているのです。(さすがに、床は平行にしていますのでご安心下さい。)ちなみに、この多重反射音はフラッターエコー(鳴き竜現象)といいますが、この音を体験できる場所があります。そこは、日光東照宮。竜の絵が描かれた天井の下で手をたたくと「キュイーン」と尾をひいた音が響きます。東照宮以外にも京都の相国寺、山梨の甲斐善光寺など、日本にいくつもありますので、興味のある方は訪れてみてはいかがでしょうか。
スタジオやアンサンブル室にこのようなさまざまな工夫が採用され、最適な音響空間の構築に活かされています。