留学 座談会
感性を磨き、研究を深めたウィーンへの留学/2010年4月
プロフィール
花岡 千春 副学長(はなおか ちはる)
東京藝術大学音楽学部器楽科(ピアノ専攻)卒業後、同大学院ピアノ専攻科修了。1981年パリのエコール・ノルマルを第一等首席で修了。その後、パリでのリサイタルをはじめ、ヨーロッパ各地で演奏。多くの国際コンクールに入賞。帰国後、東京でのソロリサイタルや、室内楽、伴奏、放送など、多方面で活躍。1999年、第54回芸術祭音楽部門大賞を受賞。国立音楽大学教授。2009年より国立音楽大学副学長。
葛西 健治さん(かさい けんじ)
青森県出身。国立音楽大学音楽学部声楽学科(現・演奏学科 声楽専修)卒業。同大学院修士課程声楽専攻(ドイツ歌曲)修了。同大学音楽研究所ベートーヴェン研究部門研究員を経て、2007年より同大学院博士後期課程に在籍。
声楽を佐藤峰子、久岡昇、秋葉京子、小泉惠子、福井敬、音楽学を礒山雅の各氏に師事。2008年9月より1年間ウィーン音楽・演劇大学に留学、リート・オラトリオ科にて、Walter Moore、Claudia Viscaの両氏に師事。
和田 紘平さん(わだ こうへい)
千葉県出身。東京藝術大学音楽学部器楽科(ピアノ専攻)にて学び、2002年に東京文化会館新進音楽家オーディション室内楽部門合格。2007年東京藝術大学大学院修士課程ピアノ専攻科修了。同年より国立音楽大学大学院博士
後期課程に在籍。ピアノを安井耕一、今井顕、音楽学を藤本一子の各氏に師事。2008年9月より1年間ウィーン音楽・演劇大学に留学し、ピアノと音楽学を学ぶ。ピアノをMartin Hughes氏に師事。
インタビュー
ウィーン音楽・演劇大学との交換留学制度により、2008年9月から1年間現地で学んだ国立音楽大学大学院博士後期課程の葛西健治さんと和田紘平さん。
葛西さんは声楽、和田さんはピアノを専門としそれぞれの研究に取り組んでいる。多くの刺激を受けて帰国した2人に、花岡千春副学長が現地での話を聞いた。
文化的な刺激にあふれた現地での体験
副学長
国立音楽大学は2007年にウィーン音楽・演劇大学と交換留学協定を結びました。今回は第1回目の派遣留学生としてウィーンに渡った、大学院博士後期課程の葛西さん、和田さんに現地での生活や成果について伺いたいと思います。葛西さんは声楽、和田さんはピアノの演奏を続けながら研究に取り組んでいますが、なぜ留学を考えたのですか?
葛西
声楽を学びドイツやオーストリアの音楽に親しんでいるうちに、ベートーヴェンの歌曲に対する興味が生まれ、修士課程の頃から演奏、研究を行うようになりました。ベートーヴェンというと、重厚な交響曲やピアノソナタを思い浮かべる方が多いと思いますが、実は愛を歌った歌曲もたくさん残しています。その後研究を続けるために博士課程に進み、ベートーヴェンゆかりの地であるウィーンに留学したのは、自然の成り行きでした。
副学長
なるほど。作品の幅広さは、ベートーヴェンの一つの魅力かもしれませんね。和田さんはいかがですか?
和田
ピアノの実技を磨く過程で漠然と理解していた「演奏者の感覚」や「音楽の構造」を“言葉”で表現したいと思い、研究環境・奨学金制度が充実している国立音大の博士課程に入学しました。ウィーン音楽・演劇大学への留学を決めたのは、私が博士論文のテーマとしている、20世紀初頭にウィーンで活躍した音楽学者ハインリヒ・シェンカーの音楽理論を学べる授業があったからでした。
副学長
それはどのような授業だったのですか?
和田
シェンカーは、作品の構造を階層的に捉える独自の分析方法を展開した音楽学者として知られています。およそ70年の歴史をもつその授業では、毎回一曲を取り上げて分析し、その音楽構造について皆で議論しました。さまざまな考えをもった学生たちと高いレベルの意見交換ができた経験は大きな刺激になりました。
副学長
博士論文と合致するテーマの授業を受けるのは、なかなかできない経験かもしれませんね。葛西さんは、現地でどのような成果を得られたのですか?
葛西
僕は大学でPoetik(詩学)という授業を履修したのですが、ここではずいぶんドイツ語を鍛えられました。中世から現代まで2ゼメスターをかけてドイツ詩を学んでいくのですが、講義だけではなく、学生が毎回朗読のデモンストレーションを行うのです。ネイティヴの学生の朗読を聴くことも、また自分の朗読に対して先生やクラスメイトが感想を言ってくれることも、全てが新鮮で何度も目からウロコが落ちました。ドイツ語やドイツ詩に対する見識が深められたことは、これから演奏、研究を発展させていく上での大きな糧になったと思います。
副学長
ところで、ホームシックにはなりませんでした?
葛西
僕は全くなりませんでした。生活環境の大きな変化は、青森から東京に出てきたときに、すでに経験していたので(笑)。
和田
私は少しなりましたね。向こうに行ってから、ネット回線を通じたテレビ電話を使い、両親と頻繁に話すようになりました。
副学長
私が1980年代にパリに留学したときは、やはり寂しさを感じる時もありました。異国での孤独感はなかなか辛いものです。しかし当時と比べ今は、ヨーロッパ以外の国の音楽家がクラシックを演奏することへの偏った見方は、だいぶ薄れてきたでしょうか。この点での実感はありましたか?
和田
確かに、外国人が演奏する音楽を否定的に捉える雰囲気はありませんでしたね。むしろウィーンの人たちは、留学生が自国の音楽を学ぶことを歓迎してくれました。
葛西
それは同感です。僕は同じ大学に留学していた日本人の友人と一緒に現地でコンサートを開き、ベートーヴェンの歌曲と日本の歌を演奏したのですが、小さな会場ながら、僕たちの音楽を聴きに、たくさんのお客さんが集まってくれたことは本当にうれしかったですね。
「音楽とは何か」をあらためて考える
副学長
1年間の留学生活は、人生観や音楽観になにか影響を及ぼしたでしょうか?
葛西
僕は以前から「演奏にはその人の人間性がにじみ出る」と感じていたのですが、ウィーンで出会った先生方や、その他にも音楽に携わる様々な人たちとの触れ合いを通して、改めてその思いを深めました。もちろん立派な人間が即ち優れた音楽家とは限らないのかもしれませんが、僕はこの思いを自分の信念とし、これからも音楽との関わり合いの中でもっともっと人間性を磨いていきたいと思っています。
和田
音楽の「人と人をつなぐ力」をより強く感じるようになりました。現地では終始ドイツ語でのコミュニケーションに苦戦していたのですが、ピアノの演奏を通してウィーンの知人を喜ばせることができました。意思や気持ちをうまく人に伝えられないもどかしさを感じていただけに、知人の笑顔を見たときは本当にうれしかったですね。言語を介さなくても感動を共有できるのは、音楽の大きな特長だと思います。
副学長
私たちが音楽を追求するのは、自分を磨こうという段階で自分の限界にぶつかり、しかしその度に音楽に助けられ支えられながら自身を少しずつ深められるからです。演奏家の道にはさまざまな困難がありますが、音楽との触れ合いを幸せと思えるからこそ続けていけます。自分と音楽のかかわりを見つめ直した経験は、必ず今後に生きてくるでしょうね。
音楽を志す高校生へ。先輩からのメッセージ
副学長
最後に高校生に向けてのメッセージをお願いします。
和田
音楽の追求には孤独な闘いがともないますが、自分を磨く過程では良い先生や仲間との出会いが必ず待っています。同志と親交を深めることで、大きく視野も広がるはずです。
葛西
僕自身も長く国立音大に学んできましたが、たくさんの素晴らしい先生方や仲間たちがいつも僕を励まし、支えてくれました。これから音楽を続けていく中で辛いことがあったとしても、音楽を愛する心を忘れなければ、それは全て喜びに変わっていくと思います。どうぞ焦らずに音楽と向き合いながら、自分の成長を楽しんでいって下さい。
副学長
ありがとうございました。留学は、自己の研究を深めるとともに、たくさんの出会いによって人間の幅を広げる機会でもあります。今後この交換留学制度がさらに浸透し、多くの方が有意義な留学を経験されることを願っています。
交換留学制度
オーストリアのウィーン音楽・演劇大学との交換留学協定
2007年度、国立音楽大学はオーストリアのウィーン音楽・演劇大学との交換留学協定を結び、この制度をスタートさせました。学部学生または大学院生を、互いに交流させることを目的としたもので、本学に在籍したまま、通常1年間留学し、そこで取得した単位を本学で履修した授業科目の単位とみなすことができます。2009年度は本学から2名の学生が留学をしています。今後は提携先のさらなる拡大が検討されています。