■情報紙「カリヨン」 2005年Avril

物心つく前から始めたヴァイオリン。
気が付けば一生の仕事になっていました。

桜のつぼみもふくらみかけた4月初旬。新入生を迎え入れる準備に追われるキャンパスに懐かしい面々が顔を揃えた。卒業生、教員および選抜された学生など国立音大関係者で構成されるゾリステン・オーケストラ『Kunitachi
Philharmoniker』が、「基礎ゼミ」で新入生に聴かせる演奏を練習するためである。
そのヴァイオリンのメンバーのなかに2年前に卒業した田村昭博さんと松本花菜さんの姿もあった。学生時代をともに過ごし、現在は別々のオーケストラでヴァイオリン奏者として活躍中のおふたり。練習の合間を縫って、ヴァイオリンを始めたきっかけや学生時代のエピソードなど、いろいろなテーマについて語り合ってもらった。
まずは、おふたりがヴァイオリンを始めたきっかけを教えてください。
田村 中学校で音楽教師をしている父が、学生時代にヴァイオリンをやっていたんです。まずは4歳上の兄がその影響でヴァイオリンを始めて、僕はその兄の影響ですね。4歳のときに「兄ちゃんと一緒にやりたい!」と言ったらしいです。実は覚えてませんけど(笑)。
松本 うちは母がピアノを教えています。それでやっぱり高校時代にヴァイオリンを習っていたそうで、5歳の私に母が「ヴァイオリンやってみる?」って尋ねると、私が「うん!」と答えた、らしいです(笑)。
田村 お互い自分の意志といえなくもないけど……。でもきっかけなんてそんなものかもしれませんね。
松本 小学校に入ってからのことは、はっきりと覚えています。私が習っていた教室はマンツーマンで教えるというよりも、みんな大勢で合奏しましょうって感じでした。それが楽しくて毎週のレッスンが待ち遠しかったんですよね。
田村 僕も小学校までは熱心に通っていたんですけど、中学と高校の6年間は部活(テニス)に熱中していました。ヴァイオリンは気が向いたときに行くくらいで、当時はまさか音楽の道に進むとも思っていなかったし。
松本 私は中学時代は陸上部でしたけど、ヴァイオリンはしっかり続けていました。やっぱり友だちと一緒に演奏できるのが本当に楽しかったんです。それで高校ではオーケストラ部のある学校に進んで、そこでの活動が、国立音大で音楽をもっと勉強したいと考える要因になりました。ところで、その音楽の道に進む気のなかったテニス少年の田村くんが、どうして国立音大へ進んだの?
田村 大学進学となると将来の進路が大切でしょう。そう考えると中途半端にヴァイオリンと付き合うことはできなくなる。もうヴァイオリンを続けるのか捨てるのかといった問題。で、結論としてヴァイオリンを捨てられなかった……。
松本 おっ、かっこいい(笑)。
田村 というより捨てる勇気がなかったって感じかな。それでどうせやるなら本格的に音大で勉強しよう、と。この決意をさらに揺るぎないものにするために、音楽の最前線が学べるはずだと考えて、山口県の田舎から東京に出てきたわけ。
国立音楽大学での学生生活はいかがでしたか?
![]() ソロ室内楽演奏会にて (国立音大4年) |
田村 ヴァイオリンが好きで、ずっと習っていた連中が全国から集まるのですが、とにかくみんなうまかった! 正直びっくりしました。山口の田舎から、とんでもないところに来てしまったと思いました。とくに松本さんはうまかったなあ。 |
田村 他人に負けたくないって気持ちは、中高時代の体育会系で身につけたからね。ということはあの6年間もムダではなかったわけか(笑)。
松本 プロの音楽家をめざす人たちが集まる、ある意味特別な環境なので、気持ち的に弱い人だと、あきらめてしまう可能性もありますよね。自分を見失わないように、気持ちを強く持たないと。
田村 その分、国立音大には音楽を追求するために頑張れる環境があると思います。キャンパスも広いし、いろんな仲間もいるし。
松本 あとヴァイオリンはもちろんですが、それ以外の科目の先生方にも大変お世話になりました。音楽業界の第一線で活躍されている方々と出会えるのは国立音大の大きな魅力ですね。
おふたりは卒業後にオーケストラの道に進まれたわけですが、オーケストラへの
こだわりを教えてください。
松本 私の中では、小さいころから友だちと一緒にやっていた合奏が、音楽の原点なんです。だから音楽を仕事とするなら、一人ではなく、みんなで演奏するオーケストラというのは自然な流れだと感じています。
田村 僕は国立音大に入って初めてオーケストラの授業を体験して衝撃を受けました。まったく知らない世界だったので、ヴァイオリンをこんな形で楽しむことができるんだって大きな発見になりました。
松本 1年生から「オーケストラ」やいろいろな楽器間での「アンサンブル」の授業がありましたからね。
田村 ただ自分一人だけの技術を磨くだけではなく、他の人と呼吸を合わせて演奏したり、他の楽器とのアンサンブルだったり、初めての僕には大変というより楽しさが先にありました。授業の課題曲だけでは飽きたらず、仲間同士でいろいろな編成を組んで、よく空いた時間に練習しましたね。
松本 オーケストラの授業では、演奏会が年に2回あって、実際にホールでの演奏を体験できるんです。
田村 指揮者によって“演奏が変わる”ことを実感できたのも大きな経験でした。 |
![]() 就職活動にも使用していた大学時代の貴重?な1枚 |
おふたりともオーケストラで演奏する夢を叶えられましたね。
田村 松本さんとは、いくつか一緒にオーディションにも行きました。松本さんが所属している群馬交響楽団にも、実は僕も一緒に受けに行ったんです。その帰り道に松本さんの携帯が鳴って、早速楽団から合格の連絡が。僕の目の前でガッツポーズですよ。
松本 してない、してない(笑)。
田村 でも一緒に頑張ってきた仲間の夢が叶うのって、負け惜しみでなく、本当に自分のことのようにうれしく感じました。
松本 そうそう。その後、田村くんも日本フィルに入団できたし、努力は報われるんですよ。
田村 でもヴァイオリニストとして活動はしていますが、まだ胸を張って「プロです」と言える感じじゃないですね。次々と覚える曲や技術が出てきて、練習と勉強の繰り返しですから。きっとこの状態はずっとこれからも続くんじゃないかなあ。
松本 そうですね。経験を積めば積むほど求められるものも高くなりますし、プロも日々勉強ですよね。よく言われますが、現状に満足してしまうと成長もそこで止まってしまうと思います。
田村 しばらくは無理だと思うけど、もし時間ができればヨーロッパに留学して、本場のクラシックに触れてみたいですね。それが今の目標、というより夢です。
松本 私にとってはオーケストラの一員になれたことで、人生の大きなハードルをひとつ越えられたかな、と感じています。これからはこの環境のなかでどんどん腕を磨いて、自信を持って「プロです」と言えるようになりたいです。
最後に学生のみなさんにメッセージをお願いします。
田村 何事にも現状に満足せず、目標を見失わず、ひとつひとつコツコツと努力を重ねてください。その努力はきっとムダにはならないはず。そしてひとつ目標をクリアしたら、すぐに次の目標を設定して、自己を高めていきましょう!
松本 国立音大をめざす人は、音楽を本当に好きな人がほとんどだと思います。確かにレッスンとかつらいことはありますが、どんなときでも“楽しさ”を忘れないことが大切ですね。もともと音楽って楽しいものであるはず。演奏する側が追いつめられた気持ちのままだといい音楽を奏でられません。何か楽しみを感じながら音楽と向き合える、そんな環境をつくってもらいたいですね。
田村 偉そうに学生にメッセージとか言いながら、お互い自分自身に言い聞かせているみたいだね(笑)。
松本 本当(笑)。私たちも学生に負けないように、もっともっと頑張りましょう。
松本花菜 さん (まつもと・かな)
ヴァイオリニスト
MATSUMOTO Kana
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栃木県立宇都宮女子高校出身。2003年国立音楽大学音楽学部器楽学科卒業。卒業後『群馬交響楽団』に入団。群馬県内の小・中・高校をまわって子どもたちに演奏を聴かせる「移動音楽教室」をはじめ、同楽団ならではの幅広い活動においてヴァイオリン奏者として活躍している。「地域密着型の歴史のある楽団で、恐らく今の子どもたちのお父さんやお母さんも子どものころに“群響”の演奏を聴いたはずですよ」。大学時代から演奏技術には定評があり、「Kunitachi Philharmoniker」のメンバーにも在学中から参加を果たしている。 |
小さいころから友だちと一緒にやっていた合奏が、私の音楽の原点です――――松本さん
田村昭博 さん (たむら・あきひろ)
ヴァイオリニスト
TAMURA Akihiro
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山口県立防府西高校出身。2003年国立音楽大学音楽学部器楽学科卒業。卒業後『日本フィルハーモニー交響楽団』に入団。“市民とともに歩むオーケストラ”とのスローガンが掲げられた同楽団は、友好提携を結んでいる東京都杉並区を拠点として活動しながら、全国各地での定期公演も開催。田村さんの出身地山口県でも公演され、「家族や友人に見守られながらの演奏はうれしい反面、照れました」と故郷に錦を飾る。現在、同楽団でヴァイオリン奏者を務める傍ら、「Kunitachi Philharmoniker」のメンバーとしても活動している。 |
ヴァイオリンを続けるのか捨てるのか。結論としてヴァイオリンを捨てられなかった――――田村さん




